異邦人

★☆★☆★


…その頃。

カミュが姿を消したのを見計らって、ライセは再びルファイアへと向き直っていた。


勝てる自信などは端から無く、むしろ負けてしまう要素の方が大きいのは分かっている。

それでも、己の存在価値を知るには、これしか方法がないのも確かで…

何よりも、感情的には全てから逃げたかったのも確かだった。


だが、既に自分は覚悟を決めた。

“自分が相手を殺めなければ殺される”。

その図式は、ルイセと対峙した際、数度は経験済みなはずだ。


逃げれば自分の居場所を失うことは、とうに父親に示唆されている。

全てを守ることなど、独りでは到底出来はしない。

出来るなどと過信してはならない。

そんなものは只の自惚れでしかないのだから。


だから何よりもまずは、自分の為に。


そう、現実から、目の前の事実から…

全てにおいて、“逃げる訳にはいかない”。


そう決心したライセの表情には、明らかに今までにはない緊張感が漂っていた。

蒼の瞳が刃のように、その切れ味を反映するかのように、ルファイアへと向けられる。


すると、その双眸に含まれる殺気が心地よいのか、ルファイアは、彼には珍しく、満足そうに笑んだ。


「…どうやら、追い詰められると化けるタイプのようだな。

先程の眼力は、まだなまくらの域だったが、今の殺気は、お前の父親・カミュに勝るとも劣らない」

「殺気だけで勝てる相手なら、苦労はいらないだろう」


それ自体が極めて珍しいと思われるルファイアの賛辞を、いともあっさりと切り捨てたライセは、そのまま意図的に、右手に紫の魔力を集中させた。


「殺し合いの前に、批評など無意味だ」

「…、確かにそのようだ。ならば、相応に相手をすることにしよう」


ルファイアは笑みを消すと、代わりにその開いていた手を拳へと変えた。

再びそれが上に向けて開かれると、そこには見た目にも強力な威力の、複数の紅蓮の炎が出現した。


──前置きもなく、それに更に魔力を注ぎ込み、放つ。


「!」


ライセは瞬間、その速さに、僅かに歯を軋ませると、その左手に魔力の盾ともいえる障壁を作り出した。


ルファイアの放ったそれを、その障壁で辛くも受け止めると同時、続いて右手に構成した魔力で、ルファイアの脇腹を狙った攻撃を仕掛ける。


しかしそれは見抜かれていたようで、ルファイアはライセの右の手首を掴み、すかさず天へと向けた。


行き場を無くしたライセの魔力が、引かれるように空へと放たれる。


それはほんの一瞬、その場の音という音全てを奪ったかのように、何の反応もなかったが…

次の瞬間、目もくらむような眩い光と共に、その場に天から轟音が降ってきた。


…それはさながら、人間の世界でいう、核爆発でも起こしたかのようで。


凄まじい地鳴りがその場を揺るがし、そこに居る者全ての平行感覚を一時、失わせた。

それを瞬時に察したライセとルファイアは、この不利な状況を打破すべく、魔力でもって、すぐさま自らの体を宙に浮かせる。


傍らで観戦を余儀なくされた将臣も、同様にそれに倣った時には、戦いの最中にいる二人は、既に行動を起こし、互いの魔力をそれぞれ高めながらぶつかり合っていた。


…普通の人間なら、到底目で追うことなど叶わないであろう、そのあまりの速さ。


しかし、さすがに将臣は戦いに長けていた。

この、瞬間移動と見紛うばかりのスピードを、肉眼で捉えることが可能らしく、それでもその両目を、せわしなくあちこちに向けている。


「…、成程、かなり速いな」


将臣は感嘆混じりに呟いた。

ついていけない速さではない…、そして目で追えない早さでもない。


だが、これがルファイアの上限とは限らない。

これでもし、ライセの方がトップスピードであったなら…


「ライセのあれが最速だというのなら…負けは必至だ」


…そう、何よりも、速さで相手に勝らなければ勝ち目はない。

どんなに強力な魔力であっても、当てる前に避けられたのでは、意味を成さないからだ。


戦いにおいて有利なのは、何よりも速さ。

速さで上回らなければ、攻撃はおろか、防御すらままならない…!


「…ライセの心意気は汲んだつもりだが…

カミュに何と言われようと、やはり俺が奴の相手をするべきだったか…」


ライセの言葉を、ひいては実力を信じていない訳ではない。

だが、万一、手出しをしなかった自分の目の前で、ライセがみすみす殺されるようなことになれば…

自分の妹であり、ライセの母である唯香に、合わせる顔がないではないか。


「!そう…だな、今からでも遅くはない…

ルファイアの相手は、俺が…!」


将臣がそう決心し、考えていたが為、うつむき加減になっていた顔を、上空の二人へと向けようとした、ちょうどその時。


「…!?」


将臣は、言いようのない者の気配を感じて、ふと、そのまま顔を上げた。


すると、戦っていたライセとルファイアを、ちょうど遮るような形で、その場に人間界から移動してきた、凛とフェンネルが現れる。

凛はフェンネルの魔力によって浮かされているのか、人間でありながら、まるで平然と空へと浮いていた。


すると、六魔将という上位にいるが故、状況判断能力に秀でているフェンネルは、即座に、自らの現れた場所、そしてその場で何が起きているのかを的確に把握した。


次には隣にいた凛を抱え、瞬時にライセの傍へと立つという、一連の行動を、これ以上ないほどに機敏に起こす。

…その表情は不本意とはいえ、人間(凛)を抱えていることから、微妙に不快なものへと変化してはいたが。


「ライセ様、これは…」

「詳しい事情は後で話す」


ライセは、あれだけ激しく攻防を繰り返していながらも、息ひとつ乱してはいなかった。

…その当のルファイアから目を反らすこともなく、油断なく答える。


しかしその蒼の瞳は、それでもほんの刹那、まだ己の知らぬ凛へと向けられた。


「それよりもフェンネル、それは誰だ?」

「…、累世様と懇意にしているらしい、人間の少女です」


フェンネルは忠実に答える。果たしてその端的な答えに、ライセは僅かに眉をひそめた。

しかしそれでも、その表情には以前の、累世を相手にした時のような、特有の過剰反応は見られない。


自らの出生の秘密を知ったことで、ライセの中では確実に何かが変わって来ていた。


そして、一方の凛も、その緋眼で、初対面のライセの容姿を上から下まで眺めて、言うまでもなく驚愕していた。


「!…累世…!?」


…その目に宿る光は、その鋭さは確かに累世と違ってはいたけれど。


その外見。その仕草。その声に至るまで──

まるで全てが累世そのもの。


…それもそのはず、相手は累世の双子の兄。確か名は、ライセと言ったはずだが…


まさか、これ程までに、鏡に映したかのように、あるいは累世自身が眼前に居るかのように、ここまで瓜二つだとは…!


「…あ、あなた…は」

「……」


ライセは凛の問いには答えずに、再びルファイアへと視線を尖らせた。


完全に横槍が入ったが、今の段階では、能力的にはほぼ互角で、拮抗している。

負ける要素は今のところ見つからない。かといって勝てる要素も見当たらないが…


状況が現状維持が可能であるなら、勝ちにゆく方法は後から幾らでも捻り出せばいい。


ライセが漠然と、そんなことを考えていると、何を思ったか、ルファイアが突然、戦闘体勢を解除し、先程までの戦いに際して落ちたらしい前髪を、苛々とした様子で掻き上げた。


「邪魔が入るとはな。興ざめしたぞ」

「なに?」


ライセが、ぴくりと反応する。

その言い回しは暗に、戦闘放棄を示していたからだ。


案の定、次にはルファイアは、静かにライセに背を向けた。

その体勢のまま、半ば忠告まがいに、低く告げる。


「…ライセ皇子、気付いてはいないようだが…お前の潜在能力は、俺などよりも遥かに高い」

「…!?」

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