最後のひとり

…数分後。


二人の幼なじみの唐突な訪問の意味を理解した凛は、立ち話も何だからと、自らの家へ二人を招き入れた。


そのまま凛の部屋に通された二人は、座るようにと勧められた豪華な作りの椅子に腰を落ち着かせるや否や、食ってかかるような勢いで凛に話しかけた。


真っ先に口を開いたのは恭一だった。


「──凛、聞いてくれ! 今まで累世が…あいつがずっと気にかけていた、累世の父親のことが分かったんだ!」

「!…」


持ちかけてくる話に何となく見当がついていたとはいえ、内容が内容なだけに、凛の体は凍りついた。


…興味はある。

聞きたいのは山々だ──

だが聞いてしまったら、その時点で、今まで得ていた何かを失ってしまうような気がしてならない。


…望んでも到底得られない、大事な…、大切な何かを。


すると、そんな凛の顔色を読んだのか、夏紀が心配そうに話しかけてきた。


「大丈夫か? 凛…」

「!えっ…」


覗き込まれるように顔色を窺われ、凛は思わず夏紀から顔を反らしてしまった。

そんな凛の稀な反応に、奇妙な違和感を覚えた恭一が呟く。


「凛、お前…何か知っているのか?」

「!」


凛は、自分でも顔の血の気が引いたのが分かった。

そして同時に…気付いた。


このやり取りが裏付けるものは、互いが互いの知らぬ、何らかの情報を知っているということ。

そしてそれは少なからず、知らぬ相手を驚愕させるであろう“真実”に他ならないこと──


「…うん。実は…さっき、累世が家に…」

「何だって!? 累世がお前に会いに来たのか!?」


焦りがどうしても先走るあまり、夏紀は凛の言葉先を遮るように叫ぶ。

それを傍らで同調し、同じように問いただしたくなる気持ちをやっとのことで堪えた恭一は、そんな逸る雰囲気を払拭させるべく、凛に告げた。


「…実はな、凛。俺たちも、ついさっきまで累世と会っていたんだ」

「!累世と…?」

「ああ」


ここで恭一は、少なからず自らが招いた事実そのものを呪うかのように、深く溜め息をついた。


「…だけど…俺と夏紀は、あいつに対して、二度と顔向け出来ないような真似をしちまった…!

累世の母親…唯香さんに、父親のことを訊いてみろだなんて、軽率に話を持ちかけて…」

「累世の…お父様のことを!?」

「…ああ。笑ってくれていいぜ、凛」


そう呟いて寂しそうに笑んだ恭一の表情には、自責の念に囚われた者の憂いが見てとれた。


「俺たちが唯香さんからその話を聞いている間にな…、その当の累世の父親が、偶然…家に来たんだ」

「…えっ!?」


驚く凛に、恭一は…

それから累世の家で何があったのか、そして自分たちが釈然としないままに帰され、その疑問を消化出来ぬままに自然と足が向いた、共通の幼なじみである凛の家を訪れた…

それら全ての経緯を、その総ての真実を…詳細に凛に話して聞かせた。


話を聞き続ける凛の表情は、事実の重さに比例して青ざめていく。

既に先程からのショックで、凛の顔色は死人のように変化していた。


…凛の脳裏に、累世の去り際の姿が蘇る。

累世は確か、あの時…こう言っていた。


今まで会えなかった家族に、ようやく逢えるという、そんな幸福かつ歓喜にも等しい状況下だったはずなのに…


まるでそれを望むような反応もせず、


ただその現実だけを享受したように、



──【望みもしない家庭訪問だ】…と。



「──それで、凛。累世はお前の所に来たんだろう?

様子がおかしかったとか…何か言ってたとか…あるか?」

「えっ!?」


重苦しい表情で考え込んでいた凛は、恭一の再度の問いに、弾かれたように顔をあげた。

それに恭一は、仕方ないと思いつつも、それでもなだめるように凛に言って聞かせる。


「…なぁ凛、俺らもこのままじゃまずいってことくらいは分かってるんだ。

頼むから、お前の知っていること…何でもいいから教えてくれないか?」


『──それは、私の方から御話ししますよ』


…その静かな声は、不意に部屋の片隅から響いてきた。


「!…誰だっ」


恭一が警戒心も露に、反射的にそちらを向くと、そこにはいつの間に入って来たのか、金髪緋眼の、見目麗しい青年が立っていた。


「!…」


その、あまりの線の細さに、夏紀が唖然となる。

青年は芸術家タイプといった痩躯で、いかにも大人しめといった感じがぴったりだったからだ。


しかし、外見がどうあろうと、この青年が立派な不法侵入者であることには違いない。

瞬時にそう判断した恭一は、警戒をあからさまに見せた瞳を、なお鋭くした。


「…おい、来るところを間違えてやしないか?」


恭一の睨みに、青年は臆することもなく、軽く肩を竦めた。


「いいえ、間違えてはおりませんよ。貴方がたはルイセ様のご友人なのでしょう?」


そう呟いて、青年は恭一の視線に自らの緋をぶつける。

どこか自信ありげなその様子に、反して恭一たちは、警戒するという精神の余裕の一端を、一瞬にして失った。


「!な…、何でお前が累世のことを!?」

「…ふふっ…、不思議なようですね。

その前に名乗らせて下さい。…私の名はユリアス=レオン。ルイセ様のご一族に仕えるが故、知己な者ですよ」


淡々と挨拶した青年は、優しくもにっこりと微笑んで見せる。

それに思わず引き込まれそうになって、やっとのことで歯止めをかけた夏紀が追撃に出た。


「そのユリアスさんとやらが、何故、累世のことを知っている?

…あなたは一体、何者なんだ?」

「強いて尋ねずとも、薄々は気付いておられるのでしょう?」


さも愚問だと言わんばかりに、ユリアスが目を細める。


「あなた方は、既にカミュ様にお会いになっている…

ならば存じているはずです」

「!…」


恭一と夏紀の体が、揃ってぎしりと強張った。


…あの時、自分たちが目にしたものは…

冷酷な目をし、こちらが本能的に怯えるような、強烈な威圧感を持った…

累世に良く似た、銀髪紫眼の青年。


…その、人を人とも思わぬ侮蔑を含んだ、印象深い瞳が忘れられない。

だが、考えてみればそれもそのはず、彼は今まで公の場には一度たりとも姿を見せなかった、累世の父親でもあり、更に唯香の言うところによると、ひとつの世界の皇子だと言うのだから…!


「……」


何と答えてよいか分からず、恭一が沈黙すると、ユリアスはふと、浮かべていた笑みを崩した。


「私は、皇家の者を守護する役割を担う、側近・六魔将のうちのひとりです」

「……」


恭一同様、返答もままならず、夏紀と凛が不安げに顔を見合わせる。

その現状を一瞥したユリアスは、三人にとっては酷となる言葉を、いとも容易く口にした。


「私に課された命令は、この世界でお育ちになられた皇子・ルイセ様の、この世界での全ての未練を断ち切ることです。

申し訳ないですが、その為に、ルイセ様のご友人であるあなた方には、少し協力して頂きますよ」

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