小瓶の中身の正体
自分が父親に劣っていようといまいと、そんなことは今の累世にはどうでも良かった。
…先程は過剰反応をしたが、そもそも、自分をあの父親と比べる方が間違いだ。
父親の方が魔力が強かろうと、頭脳的に勝っていようと…
父親と自分は、“あくまで個々”。決して同じものではないのだから──
しかし、唯香は一方のヴァルディアスとヴェイルスの繋がりを否定した。
それはやはり、ヴェイルスが母の血を持たぬ人工生命体であることと、何らかの関係があるのだろう。
…そう考えた上での問い詰めだった。
するとヴァルディアスは、そんな累世に対して、挑戦的な笑みを見せると、手にしていた小瓶を、徐にヴェイルスに渡した。
その小瓶の中身に、そしてその鮮やかなまでに魅せられる紫の構成物に疑問を持ったヴェイルスが、僅かながらも、不審そうに小瓶に目をやる。
「? ──父上、これは一体…」
「それを口にするがいい、ヴェイルス。…その中のものは、お前に秘められた能力を最大限に引き出す恩恵を与えるだろう」
「!…し、しかし…」
絶対に父親には逆らわないだろうと思われたヴェイルスが、ここにきて初めて躊躇いを見せた。
「どうした、ヴェイルス。…何を躊躇う?」
「ルイセの…、皇子の先程の言葉が真実であるなら、これは…」
何故か、以前まで余裕に満ちていたはずの、闇魔界の皇子の姿は陰もなく…
そこにはただ、何かに怯えるように小刻みに体を震わせ、その心境を無情にも己に反映させた、青ざめた顔の少年がひとり居るだけだった。
「…これは…」
唇を震わせ、もはや蒼白となったヴェイルスの様を、累世はいつしか唖然として見つめていた。
…あれほど自分に皮肉げな態度をとった彼と、目の前の人物が同じであるとは、累世にはどうしても思えなかったからだ。
それより何より気にかかるのは、ヴェイルスがそうまでして、件の小瓶の中身を恐れる理由だ。
──そう、恐らくヴェイルスは、それを口にした後の結果を知っている。
だからこそ恐れ、躊躇う…が、こちらは相も変わらず、予測を巡らすことすら叶わない。
またも後手に回ったことを痛感しながらも、それでも累世は、操られているとは思えない程の迫力で、ヴェイルスへと叫んだ。
「ヴェイルス! そんなに嫌なら飲まなければいい! そうだろう!?」
「!──ルイセ…」
瞬時、まるで稲妻にでも撃たれたかのように、ヴェイルスがびくりと身を強張らせる。
しかし、そんなヴェイルスの迷いを払拭させるかの如く、ヴァルディアスは静かながらも、冷酷に言い放った。
「そのような言に耳を貸す必要はない。
お前は俺の命令が聞けないというのか? ヴェイルス…」
「!…っ」
その声の余りの冷静さに、反してヴェイルスは、まともに罵声を浴びても、これ程までには臆さないであろうと思えるほどに、酷く狼狽した。
…その頬を、彼の心境をそのまま反映したような、文字通りの冷たい汗が、ゆっくりと伝う。
今や彼の目は、これ以上無いほどに手にした小瓶に釘づけになっていた。
それでもまだ足掻いたように躊躇いを見せる様子は、傍目から見ても間違いなくもどかしいものだった。
しかし、ヴァルディアスに睨まれている今、もはや逃げられなく、事を避けられもしないのは、当のヴェイルスが一番良く分かっていた。
「──…」
その小瓶を、狂おしくも、そして呪うように見つめながらも…
ヴェイルスはついに、全てを振り切ったように小瓶の蓋に手をかけた。
「!やめろ…それを飲むなっ!」
刹那のうちに声をあげたはずの累世の制止は、その場の空気に虚しく溶けて消え失せた。
その時には既に、ヴェイルスは中の構成物を、全て飲み干してしまっていた。
「──ヴェイルス!」
たまらずに累世が声をあげる。それに、張り詰めた糸が切れたかのように、ヴェイルスはその場にがくんと膝をついた。
「!ヴェイルス…どうしたんだ!? 返事をしろ! ヴェイルスっ!」
牢の中から、必死に累世が呼びかける。
その時、この一部始終を、傍らで、青ざめた表情で呆然と見ていた唯香は、その視線を累世からヴァルディアスへと向けた。
…そこには美しい薔薇に反して付いているような、鋭く尖った一片の棘が浮かんでいた。
「──ヴァルディアス…、あなた、この子を…」
「お前の考え通りだとしたらどうする? …お前が、俺を殺めるか?」
「…粋狂なことを。あたしがそんなことをして、何になるって言うの…!」
…そう厳しくも真正面から答えた、唯香の瞳の奥底に揺れるのは、父親・レイヴァン譲りの…
そしてカミュによって更に磨かれた、何者にも屈しない、“強い意思”──
…その、たかだかヴァンパイア・ハーフごときが持つ、稀なる威圧的な…
それでいて女性特有のものともいえるその甘美な眼力に、さすがの闇魔界の皇帝も、ほんのわずかな一瞬、虜となった。
…同時にヴァルディアスは、唯香の本当の内面というものがどのようなものであったのかを、改めて認識させられた。
…この娘は、強い。
その精神力にせよ、意思にせよ──
凡そそのヴァンパイア・ハーフごときが持ち得るものではない。
…これが血統のみに止まるわけもない。
そこには明らかに、環境が介入したであろう痕跡が残されている。
「──ヴェイルスっ…!」
そこまで漠然と考えていたヴァルディアスは、累世のそんな必死な呼びかけに、ふと、我に返った。
声のした方に目をやると、累世が牢の隙間から手を突き出し、ヴェイルスを得るべく、行動を興していた所だった。
しかし、その当のヴェイルスは、膝をついたまま、身悶えるように体を震わせている。
そうこうしているうちに、彼はついに弱々しく自らの身を抱えたまま、その場に力無く崩れ落ちた。
「──どうした…? 大丈夫なのか!?」
累世が、焦るあまり血相を変えて、なおもヴェイルスに呼びかけると、ヴェイルスはその声に応えてか、わずかに呻いた。
それに安堵したのも束の間、その一瞬の隙をついて、ヴァルディアスが、唯香とヴェイルスのそれぞれの位置関係を、魔力で移動させる。
…結果、当然、唯香はヴァルディアスの手に渡り、ヴェイルスは累世の足元に、静かに転がる形となった。
さすがにこうなれば黙ってはいない累世が、ヴァルディアスを正面から睨む。
「…これは何のつもりだ? ヴァルディアス…」
「お前にそんなことを訊く暇など、あると思うか?」
「…!?」
ヴァルディアスの言葉に、何か異様な胸騒ぎを感じた累世は、反射的にヴェイルスへと目をやった。
刹那、その美しい蒼の目は、例えようもない恐怖と、絶望にも近い戸惑いに彩られた。
「…お…前…、お前…まさか…、ヴェイ…ルス!?」
…累世はただひたすらに驚いて、その場に硬直した。
──ヴェイルスの体は、以前よりもひと回り小さくなり、遥かに華奢になり…
髪も、金髪から蒼髪へと変化し、さらさらと美しく、長く伸び──
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