強者の血統

憂えるように累世を見上げたその瞳は、以前のような朱銀ではなく、ヴァルディアスに良く似た、蒼銀のものへと変化していた。


…だが、累世が驚いたのはそれだけではない。

その髪の色もさることながら、自らの両手にすんなりと収まるほどにか弱くなったヴェイルスの容姿は──

何と、母である唯香に瓜二つだった。


「──こ…、これは…!」


あまりに信じがたいものを見た累世は、思わず自分の目を疑った。

錯覚ではなく、体の動きが──その脳の働きが、錆び付いたように凍りつく。


「何ら驚くことはないだろう? …ヴェイルスは元々が人工生命体だ…

この程度の調整は容易い」

「!…調整…だと…?」


累世は、ヴァルディアスのこの一言に、言いようのない怒りを覚え、その言葉を繰り返したように声を洩らした。


「調整だなどと、こいつを物みたいに口にするな!」

「…ふっ…、ヴェイルスに対して、随分と思慮と理解が深いようだな、皇子。

だが、その感情は真にヴェイルスに宛てられたものか?」

「!何だと…」

「皇子は…ヴェイルスを通して、そこに自らをも垣間見ているのだろう?」

「!…そんな…ことは…」

「…図星か」


ヴァルディアスが冷たく嘲笑う中、その恐ろしいまでの威圧感に屈することもなく、その傍らで事の詳細を窺っていた唯香が、やり場のない、絶望的な口調で呟いた。


「…このままじゃ、累世は確実にあたしの二の舞になる…!」


…それが分かっていても、抵抗すらままならない。

どうにかしなければと思ってはいても、逸るのは気ばかりだ。

こんな状態の時に、累世がヴェイルスに呑まれ、取り込まれてしまったら、ひとたまりもない…!


「……」


唯香は悔しさのあまり、きつく唇を噛み締めた。

諦めたら、それで全てが終わりだと知れてはいても──

どのような策を弄しようとも、もはや自分たちだけでは、この状況はどうにもならない。


例え、人数的には2対2であっても。


「…止められない…」


絶望から足の力が抜けたのか、唯香はその場にへたりこんだ。

そんな唯香の肩に、壊れ物に触れるかのような柔らかさで、そっとヴァルディアスの手が置かれた。


「…諦めろ。今は俺の魔力を緩和しているがため、ルイセは辛うじてあの状態で止まっている…」

「……」

「俺が再び、ルイセを魔力で制御すれば、奴は一転してあの状況を受け入れるだろう…

その先は、唯香…、お前自身が身をもって知っているはずだ」

「!…」


ヴァルディアスの言葉通りなだけに、唯香の体のみならず、その心すらも…音を立てて軋む。


「闇と魔の、強力な血統同士の融合──

それこそが俺の望んだことだ…!」

「…そんな恐ろしい魔力を持った存在なんて…

そんな存在なんて、絶対に認める訳にはいかないわ!」


一転、唯香は伏せ気味になっていた顔をあげ、累世に向かって鋭く呼びかけた。


「──累世! いつまでヴァルディアスの魔力に縛られているの!?

あなたはそんなに弱くない…、あなたの力は、そんなものじゃない!」

「!…ゆい…か…?」


何かを確信したような母の言葉に、累世が朧気な目つきで唯香を見る。

それに気付いたヴァルディアスが、剣呑に目を細めても、唯香は構わず先を続けた。


「分かるでしょう、累世! あなたはカミュの──精の黒瞑界の、皇子の息子なのよ!

カミュの血を引いているあなたが、その血を脅かすものになど負けないで!」

「!唯香っ…」

「あなたがヴァルディアスの魔力に負けるということは、自分の存在にも負けるということなのよ!?

累世…あなたには分かるはずよ! あなたはそんなにやわじゃない!」

「!…」


母親に叱責された累世は、はっと気付いたように大きく目を見開き…

次には、その両の腕に力を込めていた。


…累世の内部で、目に見えない、強大な魔力が渦を巻く。


「!? これは──」


怪訝そうにその様を見たヴァルディアスは、累世の内部から、自らが課した闇の刻印の効力が、じわじわと押し出されていくのを感じていた。


「!馬鹿な…、自らの意思で、ろくに魔力も扱えないような者が…」

「…そう、見下しているからだろう?」


不敵に、笑みすら浮かべて呟いた累世の額の薔薇は、禍々しい漆黒ではなく、今は美しい真紅へと変化していた。

それが役目を終えたかのように、累世の額から跡形もなく消えた頃には…

累世は完全に、元の自分を取り戻していた。


一時、目を伏せ、すぐに真っ直ぐにその目を、眼前の敵へと向ける。


「…さて──反撃開始だ」





→TO BE CONTINUED…

NEXT:†終焉の足音†

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