目覚めの刻《とき》

「──貴様、これは何の真似だ!」


…そこに存在するほんの僅かな明かりが周囲を照らすことにより、辛うじて状況が判別できる、薄暗い城の地下で──


例の、ヴァルディアスの息子であるヴェイルスの手によって、何故か…いきなり牢獄に幽閉された累世は、牢の外側にいるヴェイルスに向かって、まさに噛みつかんばかりの勢いで食ってかかっていた。


だがヴェイルスは、その父親似の端正な表情を崩すこともなく、素っ気なく答える。


「煩い。文句を言うな。…これは父上の命令だ」

「!何だと…ヴァルディアスの…!?」


思いがけない名を聞いた累世が愕然となる。

それに追い討ちをかけるかのように、ヴェイルスが更なる真実を告げた。


「父上から聞いた処によると、皇子はヴァンパイア・クォーターだそうだな。

だが、その事実を、単に事実として飲み込むには…皇子はあまりにも未成熟すぎる」

「!? 俺が──!?」



「…その閉ざされた牢の中で、“ルイセ”──皇子が本当に何を欲しているのか、知るがいい…」



静かにそう言い捨てたヴェイルスは、そのまま視線を逸らし、その場から姿を消した。

もはや届かないと知りながらも、累世は激しくヴェイルスに呼びかけた。


「待て、ヴェイルス! ヴァルディアスは、どうして俺を──」


…訳が分からなかった。


人知れずこんな所に幽閉される…

累世はそのような所業をした覚えも、したこともなかった。


それでも、拘束されるとすれば…!


「!くそっ…」


累世は、固めた拳を牢に叩きつけた。

それによって、金属特有の、軋むような音が辺りに響いた…が、それだけで、現実にはその牢は、頑なに累世の力を拒み、びくともしない。


「…ヴァルディアスは…あいつは一体、何を考えている…!?

俺をこんな場所に閉じ込めて…これで奴に何か、有利になることでもあるのか…!?」


…今までの言動からも、いくら首を捻っても、累世には分からなかった。



だが、累世はそれを、やがて最悪の形で知ることになる。



「! …力で…、筋力で無理なら、魔力ならどうだ?」


ふと思い立った累世は、右手に祖父・レイヴァン譲りの蒼の魔力を込めると、前置きもなくいきなりそれを放った。


…しかしそれは、累世の目の前で、無情にも霧散する。


飛んだ火花によって、僅かに周囲が焦げただけのその様を、累世は歯を軋ませながら、食い入るように見つめていた。


「…魔力すらも効かない…か。では、やはり…」


自分は永遠に閉じ込められたまま。

下手をすれば、死ぬまでここで…“独り”。


「!…いやだ…」


このままでは、間違いなくいつかはそれに辿りつくと気付いた累世は、いつの間にか自分の躯が、途方もない恐怖に震えているのを感じていた。


…感じたからこそ、その言いようのない恐怖は、周囲の闇も手伝って、更に膨れ上がる。


「…こんな…所で…」


累世の体が、わなわなと震える。

そのまま累世は、感情に任せて、頑なに目の前を閉ざし続ける牢に、己の持ち得る、ありったけの筋力と魔力をぶつけた。



…後先のことなど、考えてはいなかった。



ただ、ここから出たいというその一心で…

累世はがむしゃらに、攻撃を繰り返していた。


「…はっ…、はあ…っ、くっ…、何なんだこの牢は…!

これだけの強力な攻撃を加え続けても、びくともしないとは…!」


その言葉通り、先程から攻撃を加え続けているにも関わらず、一向に牢が破れないのだ。


同時に、限りがあるはずの筋力と魔力を、惜しみなく使い続けたツケが来たのか、すっかり息づかいも荒く、累世が呟く。


「…何故、これ程までに手こずる…」


忌々しげに毒づいた累世は、その時ふと、軽い喉の渇きを覚えた。


「──何だ…?」


さして気にも止めずに、累世は再び眼前を閉ざす金属へと向き直った。


…だが。


次の瞬間、累世はその比ではない、異様な喉の渇きを覚えた。

…その箇所はまるっきり潤いもなく、干ばつ化した土地のようにからからに干上がっていた。


「…あ…?」


累世は、やっとのことでその疑問系の声のみを絞り出すと、茫然と喉を押さえた。


(…な…ぜ? どうして…こんなに…)


考えても、答えが出るわけもなく、累世は無意識のうちに水を求めた。

その喉は渇きすぎて粘膜が尖り、互いに張り付いているのではないかと思えるほどの、酷い錯覚をおこさせた。


…しかし、そんなことを気にかけている余裕はない。

とにかく、喉を潤したかった。


牢に水などないのは分かっていても…

それでも累世は、ただひたすらに、水を乞うた。


(…水…、水…が…

──水が…欲しい…!)


…自らがそれを望んでも得られないと知ると、ヒトとはますます、それを欲しがるものだ。

累世はついに、剰りにも酷い喉の渇きに耐えられなくなり、その場にがくりと膝をついた。


そうしているうちにも、渇きは容赦なく喉を浸食し、支配していく。


累世は今や、脱水に限りなく近い症状を起こしかけていた。

朦朧とした意識の中で、死を連想し、それに流されそうになる自分の意識に、必死に鞭をくれる。


…そんな折り、不意に、牢の外側から、複数の人の気配がした。


(!? …誰だ──?)


膝をついていたが為、どこか俯き加減になっていた累世は、喉を押さえたまま、やっとのことで顔をあげた。


しかし、そこにいる人物を確認したその目が…

次には、驚きで大きく見開かれた。


…その、喉を押さえていた手すらも、驚きで滑り落ちたが、今はそんなことを意図的に認識する余裕もなかった。


(!…ヴァルディアス… それに、…唯…香…!?)


「! …累世!」


驚いたのは、唯香の方も同じだった。


…あの後、何とかして逃げようと試みた自分は、あっさりとヴァルディアスに捕まり…

彼に捕らえられたまま、半ば引き立てるように、この場に連れて来られたのだ。


ここまで来る途中の、周囲の様子や、自分が直接、ヴァルディアスに反抗したことから、唯香はてっきり、自らが牢に入れられるものだとばかり思っていた。


…自分が拘束されるものだとばかり思っていたのだ。


だが、そう予測していたはずの牢の中に、実際に居たのは──


「…累世! …な、何でこんな所に…!?」

(…ゆい…か…)


母親の名を呼びたくとも…どんなにその名を叫びたくとも、もはやその声は出てこない。

しかし、そこはさすがに母親…

唯香の方がすぐに、息子の異変に気が付いた。


「…!? …どうしたの、累世! …まさか…声が出ないの!?」

(…ああ…)


累世は深く頷くことで、何とか母親とのコミュニケーションを取ろうとした。

すると、その背後でヴァルディアスが、魔よりも美しく、笑う。


「唯香…、息子の様子が気になるか?」

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