その全てが…
甘美に嘲笑ったルファイアが、瞬間、右手の指先に、地獄の業火を思わせるような、強大な緋の魔力を凝縮させる。
それにすぐさま気付いたライセは、ヴァルディアスに向けて翳していたはずの魔力を、ルファイア宛へと切り換えた。
「貴様…、おばあ様だけでは飽き足らず、よもや母上まで…!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、激しい怒りを帯びたライセの魔力が、龍の如き唸りをあげて放たれる。
そんなライセの激昂を見て、ルファイアは心の奥底から沸々と湧き上がる、ひとつの感情を抑えられなかった。
…彼の闘争本能は、かつてのカミュに酷似した、その息子のライセによって、明らかに刺激されていた。
──更なる快楽を求めるため、ルファイアが更にライセの感情を煽る。
「レイヴァンの伴侶は、普通の人間だと言うが…
思ったより悪くはないぞ…人間もな」
残酷にそう告げて、ルファイアはライセの魔力を両手で受け止めた。
そのまま同威力の魔力をもって、それを綺麗に相殺させる。
これにライセが再び声を荒げる前に、将臣がライセを庇うようにその前へと立った。
「闇魔界の公爵だという割には、やることが随分と下賤だな」
「…あれに関しては最上の誉め言葉だな。
その目… 色こそ違うが、玲奈によく似ている」
「!“ルファイア”…」
これによって、ルファイアが、自らを通して違う者を見ているのを理解した将臣は、これが挑発であると分かっていても、苛立ちと嫌悪感を拭えなかった。
…だが、そんな折り。
「…この世界で何をしている? ルファイア…」
冷たい、水の調べのような声が周囲に響いた。
その、澄んだ美しい声の主を知っている、精の黒瞑界側の二人が、瞬間的にそちらに目をやる。
そこにいたのは、二人が想像していた通りの人物だった。
「父上!」
代表したようにライセが声をあげる。
しかしカミュは、そんな息子にすらも、厳しい瞳を向けた。
「これは何の騒ぎだ、ライセ」
「!…も、申し訳ありません、父上…」
「…カミュ」
こう見えて累世びいきの将臣は、いつの間にか、その累世に瓜二つの兄・ライセにも同じ情を抱いていた。
そんなライセが対応に困っているのを見て、将臣は甥可愛さから、つい、口を挟んだ。
「ライセには非はない。全てはこいつが…」
将臣はそう言葉によって指し示したのだが、それに対してカミュは、剣呑に瞳を尖らせた。
その、鋭利な硝子の破片のような切っ先が、容赦なく将臣の身を強張らせる。
「…貴様、よくも平然と俺の前に姿を見せられたものだな」
…カミュの指摘は、17年前の、あの忌まわしい事件に基づいていた。
これに将臣は、事実を持ち出されたことから、然したる反論も出来ずに、術もなく黙り込む。
この場合、カミュに何を言っても火に油であることは、目に見えていた。
だから、黙るしかなかったのだが…
同時に将臣は、自らの非をも認めていた。
あの時、事を興したのは自分の父親…
しかし、自分もそれに間違いなく噛み、便乗し、双子たちの運命を少なからず歪めてしまったことは、払拭しようのない事実だ。
「…反論もままならないとはな」
カミュが、その性格を反映したかのように、冷たく突き放す。
それに些かの異を唱えようとした、息子であるライセを、カミュはそれ以上に冷酷に蔑んだ。
「他人事だと思うな。お前も同様だ」
「!えっ…」
何かを察し、不安を露わにしたライセに、カミュはより一層の冷徹な視線をぶつけた。
「あの忌々しい副人格の息子が…
闇魔界の者による、この城内部への侵入までもを阻止できないとはな。
“ライセ”…、お前には失望したぞ」
「!…父上っ…」
ライセの、縋るような呼び掛けにも、カミュはそう言ったきり口を噤み、頑として耳を貸さなかった。
そのまま、その瞳の紫に、ぞっとするような…魔にも等しい殺気を漂わせ、将臣に向き直る。
「唯香はどうした…?」
「…予測はついているだろう? その、闇魔界の皇帝に連れ去られた」
「それを指をくわえて見ていたのか?」
鋭い、皮肉にも似た指摘に、将臣が思わず言葉に詰まると、カミュは不意に笑った。
「ふ…、滑稽だな、貴様ら。揃いも揃って踊らされるとは」
厳しく言い放ちながら、カミュはルファイアの方へとその目を向けた。
ルファイアは、カミュがこの場に現れた…、その事実のみで、既に臨戦態勢に入っているらしく、目立った動揺などはまるで見せずに、静かにカミュと対峙した。
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