闇魔界において
…深遠なる闇が誘うその世界は、未だその世界を知らずに生きてきた累世に、死にも近い安らぎへの誘惑を思わせた。
自らが支配するはずの、その場──
闇魔界に、累世を伴って姿を見せたヴァルディアスは、少しでも情報を得ようと鋭い目を走らせる累世を、興味深げな瞳で見据えていた。
そんな視線に気付き、累世が顔を上げると、ヴァルディアスはその視線のみで累世を促した。
「俺は先に城へ戻る。お前はひと通り、この世界を見て回った上で帰還するがいい」
「別に、そんな行動は不要だが…?」
累世が目に見えて不機嫌になる。
そんな累世を、ヴァルディアスは言い聞かせることで宥めた。
「まあ、そう言うな。地形や空間を把握していれば、自ずと戦いは有利になるものだ。
地の利という言葉を、お前は知らないか?」
「…、成る程な。それも一理あるか…」
累世は多少の疑問を残しながらも、それでもヴァルディアスの言うことに納得し、それに従った。
「だが、お前が城に帰るというのなら、俺に…この闇魔界で、独りで右往左往しろというのか?」
「案ずるな。そうは言っていない」
「では、どうしろと?」
累世が訝しげに問うと、ヴァルディアスは、周囲のとある一点に視線を向けた。
「そこに居るのだろう? ヴェイルス…」
「…“ヴェイルス”?」
何かを察した累世が、そちらに警戒を帯びた目を向けると同時、近くにあった樹の陰から、金髪の少年が姿を見せた。
年齢は累世より、やや上くらいだろうか。
痩躯に、高貴でいて動きやすそうな漆黒の衣服を身に付け、その美しい朱銀の双眸を、ただじっとこちらへと向けている。
…だが。
「…!?」
少年を見た累世は、自分の動きが瞬時に凍りついたのが分かった。
何故なら、ヴェイルスと呼ばれたその少年は…
ヴァルディアスにとても良く似ていたからだ。
「名前も似ているな…、まさかとは思うが…」
その体に潜む魔が、眼に表れ、累世の瞳がより深い蒼へと変化する。
それを見たヴァルディアスは、即座に累世を窘めた。
「やめろ、ルイセ」
「!だが、ヴァルディアス…」
「見れば分かるだろう。…ヴェイルスは俺の息子だ。故に、今のお前と敵対することはない」
「……」
累世は不承不承、自らの感情を抑えた。
「分かった。では彼がこの世界の案内役ということだな?」
「そういうことだ。…後は任せたぞ、ヴェイルス」
「了承しました、父上」
ヴェイルスが頭を下げたのを確認すると、ヴァルディアスは魔力を用いて姿を消した。
後に残された累世は、そのカミュ譲りの目をヴェイルスに走らせる。
するとヴェイルスは、先程までとは打って変わって、不敵な笑みを浮かべた。
「…何だ? 皇子」
「…、お前も皇子なんだろう。取って付けたようにそう呼ぶことはない」
素っ気なく言い放った累世は、不意にヴェイルスに背を向けた。
「ヴァルディアスの言うことだから聞くが…
本来なら、お前と行動を共にするなど御免だ」
「奇遇だな。…俺もだ」
突っかかった累世に、これ以上ない毒舌でやり返して、ヴェイルスは今度は挑戦的に笑んだ。
…だが、こうなればさすがに累世の方も黙ってはいない。
「…ふん、お前はヴァルディアスの血を引いているらしいが、あいつには似ても似つかない毒舌を持っているようだな?」
「当然だ。…俺はただ、父上の血を引いているだけだからな」
「…!? どういう意味だ…」
累世は、そこに何か引っかかるものを覚え、きつく眉根を寄せた。
…ただ、父親の血を引いているだけ…
どこかで置かれた現状ではなかったか?
そこまで考えた累世の声は、自然、荒いものへと変化していた。
「答えろ、ヴェイルス! それは…どういう意味だ!?」
「…おかしな奴だな。何故、お前が興奮するんだ?」
問いかけながらヴェイルスは、それこそが、累世がヴァルディアスに付け入れられる隙を与えた、ひとつの原因なのではないかと考えていた。
…初めて見た時から気付いていた。
彼の額に巣くう呪印…、これは、かけられた者の心の闇に反応し、効力を増す。
そんなものをかけられているくらいだ…
この皇子は少なからず、脆さを背負っているのだろう。
「…俺は、父上の血を用いて造り出された、人工生命体だ」
「!…な…に…?」
累世の瞳が大きく見開かれる。
「人工生命体だと…? まさか、そんな…」
「本当だ。信じる信じないは勝手だが、俺は父上の…ヴァルディアスの血と魔力でもって生み出された。…だから、あの方を父上と呼んでいる」
「じゃあ、母親は…」
「そんなものはいない」
ヴェイルスが素っ気なく即答する。
「父上は、だからこそ…お前の母を望んだのかも知れない」
「…唯香を?」
「そう。…いずれ、俺の母にもなる人を…だ」
ヴェイルスが、初めてその瞳に柔らかさを持たせる。
一方の累世は、もし操られていなければ、即座に食ってかかって潰していたであろうヴェイルスの発言を、ただ黙って自らの中に取り入れ、暗黙の了解として、静かに沈黙している。
そんな累世を見て、ヴェイルスは再びその口を開いた。
「…さて、父上の命令もある。この世界を少し案内してやろう」
「お前は、それでいいのか?」
「ん…?」
ヴェイルスは、累世の質問の意図が読めず、その朱銀を流すように累世の方へと向けた。
「まるで俺が道具か駒のような言い方だな」
「違うのか?」
「お前も同類だろう? そんなものに甘んじているのだから」
言うなりヴェイルスは、累世の額の例の印を指摘した。
これには、さしもの累世も引かざるを得ない。
「…ああ…、そうだな」
「…俺もお前も、父上の持ち駒のひとつ…
それだけのことだ」
何の感情もなく呟いたヴェイルスは、つと、累世を促した。
しかし、この段階では、累世の気持ちの整理は出来ていなかった。
【ただ、血を引いているだけ】──
この言葉が何故、こうも引っかかるのか…
気になるのかが分からない。
「…皇子、行くぞ」
「!」
ヴェイルスに声をかけられた累世は、その時初めて我に返った。
いつの間にか…からからに乾いていたらしい喉の奥から、辛うじて声を出す。
「あ、ああ。だが、その皇子という呼び方はやめろ。俺のことは呼び捨てでいい」
「…というと、ルイセ…でいいのか?」
「そうだ」
恐らくはヴァルディアスとの会話から得たらしい自分の名を、当然のように出したヴェイルスに、累世は複雑な感情を持っていた。
…親近感、焦燥感、信頼感、嫌悪感、憧憬感等…
本来なら相反するはずの感情まで、自らの心中を占めている。
…累世はそれを振り切るように一時、きつく目を閉じると、そのままそれを見開き、ヴェイルスの促す先へと進んだ。
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