新たな血縁者

──だが、その時。

不意に部屋の扉が勢い良く開いたかと思うと、そこから6~7歳くらいの女の子が姿を見せた。


途端に、何故か将臣の顔が引きつる。

そのまま将臣は、すぐに手にしていた煙草を、魔力によって消失させた。


しかし、女の子はそれを見逃してはいなかった。

ライセがまるで眼中にないかのように、その女の子は、まだ幼さの残る足取りで、つかつかと将臣の側まで歩み寄り、憤然と腰に手を当てる。


「…父様! あれほど煙草はやめてって言ったのに、また吸ってたでしょう!」

「……」


煩いのが来た、と言わんばかりに、将臣は軽く頭を掻いた。

…この一連のやり取りを見たライセが、傍らで硬直し、唖然となっているのは言うまでもない。


その時、ライセのその蒼の瞳は、当然、将臣を父様と呼んだ女の子に釘付けになっていた。


将臣によく似た蒼い髪、そして紫の瞳を持った、可愛らしい女の子だ。

だが、その性格は…今の将臣とのやり取りを見る限りでは、なかなかに強烈なようだった。


「…、“聖花せいか”、気付いているだろうが、今は取り込み中でな…」


激しい精神の疲れを覚えたのか、溜め息混じりに将臣が呟く。

それに、聖花と呼ばれた女の子は、更に目くじらを立てた。


「もう! 父様ってば、いつもそうやってはぐらかすんだから!」


今度は、腰に当てていた手を組み、頬を膨らます聖花を、ライセはいよいよ唖然として見ていた。

すると、ようやくその視線に気付いたのか、聖花がかちりとライセに視線を合わせる。


…途端に聖花は、色を失った。


「!って…、ま、まさか…お客様っ!?」

「…ああ」


半ば何かを諦めたように、将臣は呟かざるを得なかった。

同時に、聖花が泡を食って将臣の陰に隠れる。


「!ご、ごめんなさい…失礼しました!」


謝罪しながら、将臣の陰から怖ず怖ずとこちらを窺う女の子──聖花に、ライセは…いつの間にか苦笑していた。


「気にするな。別に構わない」

「!あ…、有難うございます…」


言われてようやく、聖花は将臣の陰から姿を見せた。

それを見ていた将臣が、聖花に瞳を落とし、告げる。


「そうだな、いい機会だから紹介しておこう」

「え…?」


紹介と聞いて、ぴくりと反応した聖花に、将臣は殊更静かに告げた。


「…聖花、彼はお前の従兄弟にあたる、この精の黒瞑界の皇子…

ライセ=ブラインだ」

「!…お、皇子様…!?」


あまりの驚きで、将臣の陰から飛び出した聖花の肩を、そっとその手で押さえ、将臣は更に先を続けた。


「ライセ、この子の名は神崎聖花かんざきせいか

…俺の娘で、お前の従姉妹だ」

「!…そう…ですか…」


ライセは、聖花が将臣を【父様】と呼んでいた時から、ある程度の予測は立てていたが、やはり直接自分との関係を口にされると、何だか複雑な心境だった。


…聖花の、まだ幼さの残る綺麗な紫の瞳が、自分に釘付けになる。

その様は、唐突に目の前に現れた従兄弟を認め、早く受け入れようと観察しているふうでもあった。


その視線に気付いたライセは、怯えられないように、そっと聖花の側まで歩を進めた。

…柔らかい物腰で静かに膝を折り、告げる。


「初めまして、聖花」

「えっ!? あ、はい…、は、初めまして…!」


聖花は、しどろもどろになり、慌てふためきながらもようやく返答する。

しかし、そんなライセの言動を見ていた将臣は、ライセに対して奇妙な違和感を覚えていた。



(…何だ──?)



自分が聞いていたライセ=ブラインのイメージとは、まるで違う。

…累世の存在を知らぬ、この世界唯一のカミュの後継であったはずのライセは、そんなカミュによく似た、冷酷で冷淡な存在であったはずだ。


それが、いくら従姉妹にとはいえ、この世界の皇子という、稀なる高貴な地位に属する者が…

このような幼子に、何の躊躇いもなく膝を折るとは──


(…解せないな)


将臣は注意深くライセを見やった。

すると、すぐにその視線に気付いたらしいライセが、布ずれの音のみを残して立ち上がる。


そのままライセは、将臣の方に目を向けた。

…唯香譲りのその蒼の瞳は、事の、そして自らの全てを見透かしているような色を湛えている。


「…俺の、今の言動が…

そんなに意外ですか? 将臣さん」

「…ああ」


将臣は正直に答えた。

…既に見透かされているのでは、隠し事など何の役にも立たない。


「累世ならやりかねない言動を、何故お前の方が取るのか…

気にはなるな」

「…悟っただけですよ」


ライセは伏せ目がちに答えた。


「悟った…?」


将臣が反復する。


「力に頼り、身分を誇示するのは…醜悪以外の何物でもないと。

…そう悟っただけです」

「…そうか。しかし、それには何か…きっかけというか、何らかの理由があるんだろう?」

「……」


将臣の的確な問いに、ライセは思わず顔を曇らせた。

伏し目がちに顔を曇らせたことで、そこには一層の憂いが見て取れた。


「将臣さん…、ヴァルディアスという人物を知っていますか?」

「…闇魔界の皇帝か…、まあ、噂程度にはな。

だが、奴がどうした?」

「…ルイセが…、彼に、魔力による呪印を施されて…」

「!…何だと…!?」


将臣の顔色が、目に見えて青ざめた。

しかし、それはヴァルディアスの力に恐れをなしたからではない。

…あくまで、累世の身を案じた為だ。


そのままライセは、ヴァルディアスと対峙してから今までのことを、包み隠さず、全てを将臣に話して聞かせた。


「……」


話を聞き終えた将臣は、いつになく厳しい表情で黙り込んだ。

そんな父親を、聖花は物怖じしながら見つめている。


「…ヴァルディアスが…累世を取り込み、唯香を手に入れようとしている…か」

「…はい。それで俺は、ルイセに…」


不意にライセは、いたたまれなくなって俯いた。

しかし、言葉は途中ではあったものの、将臣にはライセの言いたいことは充分に伝わったらしく、彼はそのまま頷いた。


「…成る程な。それで、ライセ。お前は一体どう動くつもりだ?」

「…えっ?」

「弟を、助けたいか?」

「……」


他者から改めてそう問われて、ライセは考え込んだ。



…ルイセを…助ける?



ルイセがヴァルディアスの魔力に、ああも容易く支配されたのは、油断をしていたこともあるが、何よりも未熟であったからだ。

己の始末も自分で出来ない…そんな弟を、助ける義務は、自分にはない。

義務は…ないが…


ルイセがいなければ、支配されていたのは…

もしかしたら自分であったかも知れない。


だから…他人事ではない。

…そう、それだけが…

それのみが、理由だ…!


「…俺はルイセに借りがあります。その借りは、ルイセを救うことで返そうかと…」

「…“救う”…か」


…将臣の瞳の奥が、暗く光る。


「…それは、場合によっては殺すのだと…、そう肯定しても構わないんだな?」

「勿論です」


ライセは躊躇いもせず、即答する。


「いつまでもヴァルディアスに支配されるのは、ルイセにとっても不本意なはず…

かといって、あの魔力を打ち破ることは難しい。

いざとなれば、兄である“俺の手で殺すこと”、そのものが、ルイセにとっての救いとなるのかも知れないと…」

「…そうだな。支配され続けて、累世の自我が失われるよりは…」


…呪印を用いた相手は、誰あろう…闇魔界の皇帝なのだから。


自らの意志に反して支配され続け、数多なる者を殺め、狂い、堕ちるところまで堕ち、魂が悲鳴をあげる、その前に──


「…助けてやらなければ…な。いい答えを出したな、ライセ」

「いえ、これで互いの貸し借りは無しですから」

「そんなものに拘るお前か?」

「!」


将臣の言葉は、ライセの心境を全て見透かしていた。

図星を突かれたライセは、仕方なく自らの本音をさらけ出す。


「…ルイセを…、弟を、あのままにしておくのは…」



“………”。



…その後のライセの呟きは、その場の空気に溶けて消え失せた。

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