留める為には

…その頃、精の黒瞑界に孤高にそびえる城では…


血族の、自らを拘束するような言葉を拒絶し、激しく暴れる累世を、カミュが羽交い締めという形で押さえつけていた。


「!はなせ…離せっ!」

「離して欲しいのなら、そう暴れるな!」


カミュが、累世の背後から怒声を浴びせる。

先程から逆らいっ放しの累世は、思いあまって、この場から姿を消そうとしたのだ。

母を捜したいのも念頭にあってか、累世は自らがいきなり置かれた苦境の立場に、相当に混乱していた。


そんな累世に、始めは冷静に接していたカミュも、徐々に苛立ちを見せ始めていた。

魔力で従わせることは簡単だが、カミュは出来れば累世には、自らの意志で血族に与して貰いたかった。

何よりも、今は真実、自分の息子であると分かった累世を、傷つけたくはない。

カミュは…ひたすらに、そう考えていた。


…それなのに。


「!嫌だ、俺は…こんな所には残らない!

帰せ…、俺を元の世界へ帰してくれ!」

「分かっているだろう。…それは出来ない」


カミュが苛々と答える。

彼は、言うことを聞かない息子に、明らかに手を焼いていた。


「!…何で…

今まで、俺を放っておいたんだろう!?」


…ああ。


「俺は、必要なかったんだろう!?」


…そうだな。


「…なのに…何で今更…

どうして、連れ戻されなければならない!?」


…お前が、本当の…

俺の息子だからだ。


「ここは、俺の住む場所じゃない…!

…もう、帰りたい…!」


…それは叶わない。

お前は、ここにいるべき後継。

戻ることは許されない。


…漠然とそんなことを考えながらも、カミュは一方で、どうすれば累世が従うか考えた。


答えは、すぐに出た。



累世の母親である、唯香の記憶を戻した上で、唯香の方から説得させればいい。



累世があの世界に拘るのは、慣れ親しんだ者が居るというだけではなく、明らかに今後も、母親とあの世界で過ごしたいからだ。


だからこそ、恥も外聞もなく、嘆き、暴れる。

人間界に住まう者として、そこに住む良さを知ってしまっているから。



(人間界での、ルイセの記憶を奪うことは簡単だが…)



それでは、魔力が覚醒した時に、その容量は半減する。

記憶を失っている時に、相応の魔力しか使えないことは、自分が身をもって体験している。

…その方法は取れない。

だが、母親を盾にすること自体は…!


「ルイセ、お前が望むのなら、唯香も皇族へと迎え入れよう。

…俺の妃として」

「!?…」


父親から不意にかけられた優しい言葉に、暴れていた累世の体の動きが、ぴたりと止まった。


(さすがに母親のこととなると…効果覿面か…!)


カミュはそう思ったが、おくびにも出さずに先を続ける。


「だが、人間界への接触や滞在は、もはや許されない。

お前は“人外の者”…

そのくらい分かっているだろう?」

「!…」


これを聞いた累世の体から、全ての力が抜けた。


自分を支える力

血族に抗う力…そして

闇をも拒む力まで…!


「…、学校は…」

「退学しろ」

「…友達は?」

「遠見の紫水晶で、姿を見るくらいなら許してやろう」

「…家は…」

「あれは元々はレイヴァンのものだろう。とすれば、材質は魔力そのもの…

こちらでも構成は可能だ。作れと言うのなら、全く同じものを作ってやる」


カミュの、すらすらと淀みのない答えに、累世は虚ろな瞳を宙へ向けた。



父親であるカミュの、

有り余る財

持て余す力…

その全てが、自分に介入し、壊していく。



「…俺は…一生、ここに囚われるのか?

死ぬまでずっと…ここに拘束されるのか…!?」

「…何を悲観する。お前は兄であるライセと共に育つはずだった。本来ならば、それで当然なはずだ」


カミュの、窘めにも批判にも近い言葉に、累世はゆっくりと首を振った。


「…違う。俺は人間界が好きなんだ。

あの世界の良さは、俺が誰よりも知っている。

俺を育んでくれた、あの暖かい世界に、感謝すらしているんだ…

だから俺は…ライセとは違って、この世界を優先させることは出来ない」

「…ルイセ」

「頼む、解ってくれ…」


累世は、いつの間にか、俯き加減になっていた顔をあげた。

カミュの方へ、何かを訴えるような視線を向け、はっきりと告げる。


「…“父さん”」


「!ルイセ…」


思いもかけないこの一言に、カミュは思わず、累世を拘束していた手を離した。

累世は逃げもせず、カミュの方へと体を向ける。


「父さん、頼む… 俺を、もう…解放してくれ…!」

「!ルイ…セ…」


カミュは、明らかに動揺していた。

…人間界で初めて会った時の息子は、自分に逆らい、拒み、疎んでいた。


自らが息子に向ける感情と、全く同様に。


…しかし、今はどうだ?

息子は、あれほど忌み嫌っていたはずの自分を、父親と呼んでいる…!

つまり、逆説的にいえば…それ程までに人間界が大事だということだ。


…だが。

更に驚くのは、父親と呼ばれて動揺している自分がいること。

以前までは、拒み続けていたはずなのに。

…ルイセを息子だと、認めることは無かったはずなのに。


一体いつから、どこから…こんな甘さが出てきたのか…!


「…カミュよ」


不意に、今まで静寂を伴って傍観していたサヴァイスに声をかけられて、カミュはぎくりとしながらも、そちらへ目をやった。


「何でしょうか、父上」

「あまり強行するな。いきなりそう言われたところで、今のように、混乱し暴れるのが関の山というもの…

少し時を置き、自らの在り方を、自身に考えさせるがいい」

「…了承しました」


カミュが、深く息をつきながら答えた。

…カミュは疲れていた。

こういった感情のやり取りには、彼は慣れていなかったのだ。


しかし、そんなカミュの精神的な疲労に追い打ちをかけるかのように、ライセが突然、その場に姿を見せた。

ルイセは反射的に身を強張らせ、サヴァイスは黙ったまま、そちらに視線を走らせた。

そして、カミュは…


「ライセ…どこへ行っていた?」


いきなり詰問していた。

するとライセは、そんなことには構ってはいられないといったふうに、激しく首を振った。


「父上、それどころではありません! 実は…」


言いかけたライセは、その時になってようやく、累世がその場にいることに気付いた。


「!な…、何故…貴様がここに居る…!」


戒めすらもなく、そこに当然のように存在している累世に、ライセはあからさまな敵意を叩きつけた。

すると、それを窘めるのはサヴァイスかと思いきや、意外にも、カミュが止めに入った。


「やめろ、ライセ。…双子の弟に対して、その口の利き方は何だ?」

「!? 父…上…?」


以前までの態度を一変させた父親に、ライセは困惑し、それ以上は応対出来ずに眉を顰めた。


「まあいい。…それで、何があった」

「!あ、はい、実は…」


ライセは、父親の累世に対する反応が変化したことに、多少引っかかるものを覚えながらも、ヴァルディアスの告げたことを、その場にいる者に報告した。

…それを聞いていたカミュの表情に、徐々に…以前のような冷酷さが混じる。


「…あのヴァルディアス自らが、この世界に姿を見せた上、そんなことを言ってくるとは…」

「どうなさいますか、父上」


ライセの問いに、カミュは冷たくも即答した。


「唯香は渡さない。…ライセ、既に奴らを迎撃する覚悟は出来ているだろうな?」

「勿論です」


こちらも、父親の言葉を予測してか、すぐさまきっぱりと答える。

するとその間を縫って、サヴァイスが累世に声をかけた。


「ルイセ、お前はどうする?」

「…え!?」


まさか自分に話を振られるとは思わなかった累世が驚く。

それに、ライセは相変わらずの蔑んだ瞳を見せたが、サヴァイスがそれを制した。


「幾ら魔力が覚醒していないとはいえ、ルイセ…お前もカミュの子だ。

命を狙われる可能性は、充分にあるが… 戦う気はあるか?」

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