動き出した別世界

…件の、精の黒瞑界で、このような認知騒ぎが起こっている頃…


それまで鳴りを潜めていた、闇魔界側も動きを見せていた。


薄暗い城の中の、とある一室。

そこに存在する、ひとりの青年。


その青年は、精の黒瞑界側に密かに放った者からの報告を、身じろぎすることもなく聞いていた。


…ひと通りの報告を聞くと、やがて青年は薄ら笑いを浮かべた。

楽しくて仕方がないといった、その先を見通すような表情は、ゲームを楽しむ時の戦略家のものと酷似していた。



流れるような金髪。

その全てが美しい、美貌の青年。

闇に反映されたそれは、それ自体でもって、周囲の闇を退かせるような威圧感を見る者に与える。



青年は口元に笑みを張り付けたまま、静かに口を開いた。


「…聞いたか、ルファイア」

「ああ」


青年の言葉に応えるように、闇の中から、ルファイアが姿を見せた。

彼もまた、精の黒瞑界側の者たちと同様、17年という年月をまるで感じさせないような、若々しい外見を保っている。


「…ライセ皇子は双子…

ルイセという名の、弟皇子がいたとは…」

「…サヴァイスが意図的にその存在を隠していたのだろう。奴の考えそうなことだ」


呟いた青年は、報告を済ませた者に、退くようにと命じる。

その者はそれに従い、とけ込むように闇の中へと姿を消した。


「興味を示したか? ヴァルディアス」


ルファイアが皮肉混じりに問うと、名を呼ばれた青年…

ヴァルディアスは、僅かに笑み、答えた。


「俺が興味を持ったのは、あのカミュの妃とされる、“神崎唯香”…

レイヴァンの娘の存在だ」

「…レイヴァンの娘…」

「ああ。…お前の元にいる、玲奈の娘だ。報告を聞いていただろう? レイヴァンの娘ということは、父親譲りの、時を操る力を持っているということだ」


瞬時に、その言葉が示す先にあるものを察し、ルファイアはヴァルディアスが何を言いたいのかを理解した。


躊躇うことなく、静かにそれを口にする。


「…唯香を、カミュから奪えばいいのだな」

「さすがに聡明だな」


ヴァルディアスは屈託なく笑う。

すると、そんな彼をルファイアが窘めた。


「だがなヴァルディアス… お前は、この闇魔界の皇帝だ。それは分かっているのだろう?」

「…今更何だ?」


くっ、と軽く喉を鳴らして、ヴァルディアスが問うた。

下から見上げるような形となったことで、彼の瞳の色が露わになる。

それは紛れもなく、至上の宝石などよりも、遥かに美しい…蒼銀だった。


「問うことで、俺に自覚を持たせようとでも言うのか?」

「いや。何のことはない…俺の杞憂だ」


ルファイアは目を閉じ、首を横に振る。

そして再びその目を見開いた時には、力と美しさを当然のように保持したヴァルディアスが、精の黒瞑界に戦いを仕掛けるべく、戦闘準備を整えていた。


「皇族と六魔将は俺が引き受けよう。

お前はその間に、それに乗じ…レイヴァンの娘・唯香を捕らえろ」

「…ヴァルディアス…、何故、そこまでカミュの女などに拘る?」


解せない、という表情をあからさまに見せながら、ルファイアが整った眉を顰める。

それに、ヴァルディアスはただ、儚いほど静かに…美しく笑む。


「誰の女であろうと関係ない。…欲しくなれば奪うだけだ」

「そうか…、ならばもう何も言うまい。

…我々はただ、闇魔界の皇帝たる、お前の意志に従うだけだ…!」

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