六魔将の長の参戦

「当然だろう」


レイヴァンが憮然として答える。


「恐らくそいつは、人知れず始末され…、もはやこの世の者ではない…

そうだな? 闇魔界の者よ」

「!…」


将臣が、殺気立った目をそちらへと向けた。

父親の言うことが本当なら、スタッセン家の後継…つまり、本物のリードヴァンは、闇魔界の者に殺められたということになる。


すると、リードヴァンの名を借りた者は、目をわずかに細めることでそれを肯定した。


「…さすがに噂に違わぬ切れ者だ。その洞察力も半端なものではないようだな…

私の名はルウィンド=シレン。かのルファイアの双を成す者だ」

「!…ルファイアの…」


何故か、レイヴァンが即座に魔力を高めた。

…他でもない、相手が今だ隠しているはずの、とてつもない潜在能力を見抜いたからこそだ。


「…とすれば…、以前に俺に突っかかってきた、あいつも…」


…不意に、レイヴァンが恐ろしいほど静かに呟いた。


「ただの人間であったはずの、俺の伴侶…

神崎玲奈かんざきれいなのその血を、無くなるまで貪り吸い、いたぶり殺した…

あいつも、お前たちの血族なのか!?」


「!そうか、“神崎”… あの女が、お前の…」

「…玲奈を殺した、あの髪の長い少女… あいつは…」

「…、アクァエルのことか」


ルウィンドは、この時に初めて舌打ちをした。

しかし、それを遮るように、将臣がいつの間にか彼の背後に姿を見せていた。


ルウィンドがそれに気付くと同時、将臣は意図的にその両手を捕らえた。

…そのまま、腰が抜けて床にへたり込んだメイドには構わず、手首の骨そのものを砕かんばかりの力を込め、その一部を声に変えて問う。


「…“アクァエル”…、そいつが母を殺めたと?

…あの優しかった母を、あんな変わり果てた姿に変えたと…

そう言うのか!?」


血の涙を流すように綴る…その想いが力に反映され、ルウィンドの両手が音を立てて軋んだ。

しかしルウィンドは、そのような状況下に陥っても、顔色ひとつ変えることなく、むしろ、余裕に満ちた笑みすらも見せていた。


「…成る程な。こちらではそう認識しているか。道理でアクァエルを敵視するわけだな」

「お前の身内の不始末だ。それはお前自身に贖って貰う」

「威勢がいいな、レイヴァンの子よ。だが、意気がれるのは…そこまでだ」


「!?…」


将臣が目に見えて眉を顰めた。

この敵の目的はおろか、言葉に潜めているはずの裏の意味までもを測りかねたからだ。


…先程のルウィンドの、“こちらではそう認識している”…という、この言い回し。

これが引っかかる。


…頭を冷やしてよくよく考えてみれば、出てくる答えは、たったひとつしかない。


今まで、こちらがそうであると認識してきた【見解】と、実際に起きた現実で、相手が既に知っている【事実】が、まるで異なっているということだ。


そして、それは同時に、幾つかの可能性をも示唆する。


「!まさか…」


明らかに顔色が変わった将臣に対して、ルウィンドは見下すように吐き捨てた。


「父親ほどではないようだが、なかなかどうしてお前も侮れないようだ…

そう、あの時の死体は、精巧に作られた、ただのダミーだ。お前の母親は生きている…

ただし、あれが生きていると言える状態なのであればな…!」


ルウィンドは、さも楽しそうに哄笑した。

それに将臣が腹を立てるより早く、レイヴァンがいきなりルウィンドに攻撃を仕掛けた。

…膨大な規模の魔力が、その手に集結する。


しかし、それが発動するより早く、ルウィンドがその魔力を、同威力の魔力をもって抑えにかかった。

自然、力と力の拮抗が、そこには生まれる。

次には、電気が空気にさらされた時のような音と共に、両者の魔力が弾かれた。

それをまるで気にも止めず、レイヴァンは引き続き、ルウィンドに攻撃を仕掛けようとする。

…先程のものから、更に一段階あげたような強力な魔力が、瞬時に彼の右手を覆った。


「貴様…、玲奈に何をした!? 返答次第によっては、骨も残さず粉々に消し飛ばしてやる…!」

「俺は何もしてはいない。お前の伴侶に手を出しているのは、兄の方だ…

お前の伴侶と知った上でな」

「!」


これを聞いたレイヴァンは、右手に更に魔力を注ぎ込んだ。

電気が空中で爆ぜ、走るような、鋭い音が周囲に響く。


「やはり闇魔界の者など…生かしておく価値はない!」


レイヴァンのその美しい蒼の瞳が、殺気を帯びてなお深い蒼になったのを見た将臣は、何かに気付いたように父親を制止した。


「!待て…、気持ちは分かるが、堪えろ…親父。

こいつを殺してしまったら、母さんのことが何ひとつ聞き出せなくなる」

「屍から聞き出す方法など、幾らでもある。それが分かったら、お前は引っ込んでいろ」

「親父っ…!」


将臣の呼びかけは、もはやレイヴァンの耳には届いていないようだった。

普段は冷静沈着なレイヴァンが、文字通り、目の色を変えるほどに怒っている…

その力ある者の怒りは、それより力なき者には…到底抑えられるはずもない。


すると、傍らで期を窺っていたマリィが、ここでようやく動いた。

レイヴァンに負けず劣らずの紫色の魔力を、その幼さの残る両手に収束させると、忠告さながらに叫ぶ。


「あなたの知っていることを全て、ここで話して。

でないと、マリィがすぐにでもあなたを攻撃するから!」

「…、精の黒瞑界の姫君に、そんな真似が出来るか?」

「…あなたは、レイヴァンと将臣を傷つけた」

「単に事実を話したまでだ」


しれっとして答えるルウィンドに、レイヴァンはたまりかねて魔力を放った。

慌てて、マリィもそれに倣う。

それにルウィンドは、全く焦ることもなく魔力を用い、姿を消した。

…今だへたり込んでいるメイドの頭上を掠めるようにして、2つの魔力が壁に直撃する。


レイヴァンとマリィ、二人の力に耐えきれなかったそれは、鈍い音を立てて大破した。

そのまま腰を抜かしたメイドを、別のメイドに連れていくように、また別のメイドには、床に零れた飲み物を片付けるように、手際良く命じると、レイヴァンは話を切り替えた。


「とんだ邪魔が入ったな。先程の続きだが…」

「…親父、もういい」

「もういいだと?」


その真意が掴めず、レイヴァンは将臣を…息子を見る。


「お前はここに、情報収集に来たのではなかったのか?」

「ああ」


将臣ははっきりと頷く。


「ひいては親父にも協力して貰おうとは思っていた。…だが、親父は動く気はないんだろう?」


将臣の責めるような問いに、レイヴァンはほんの一時、目を伏せたが、すぐに否定した。


「いや。事が玲奈まで及べば話は別だ。奴らを生かしておいては、後々までこの世界の仇となるだろう。

…どうやらこの一件、サヴァイス様に進言する必要があるようだ。

将臣、六魔将の俺と一緒なら、城へ入り込むことは容易いが…、ついて来るか?」

「当然だ。…既にそれがサヴァイス様に見抜かれていようと、俺は行かなければならない」


将臣の頼もしい答えに、レイヴァンは満足したような、それでいて悪戯を仕掛けて満足した子供のような表情を見せた。


「人間の世界で、感情面は随分と鍛えられたようだな。先程の、ひよっこという言葉は撤回してやろう」

「…、子供扱いするなと言っただろう」


将臣が珍しくやりこめられる。

レイヴァンはそんな息子の様を見て、ふとその頭に手を置いた。

それに戸惑った将臣が、困惑した顔で父親を見る。


「何だ? 親父…」

「…俺がいない間、よく唯香を見ていてくれた。自覚はないようだが、お前は俺にとっては、出来過ぎた息子だ」

「!…っ」


将臣は顔を紅潮させて、頭上のレイヴァンの手を掴み、そのまま下げた。


「…そんなことはない。俺は、親父から見れば、確かにまだまだ至らないひよっこそのものだ。だが、誉められたのは素直に嬉しいと…そう思う」

「…将臣…」


レイヴァンが親の感情を笑顔に変えてみせると、傍らではマリィが羨ましそうに将臣を見ていた。

それに気付いたレイヴァンは、マリィの頭もそっと撫でてやる。


「!…レイヴァン…」

「“マリィ”…、子とは親に甘えるものだ」

「えっ?」


マリィがその身長差から、上目遣いにレイヴァンを見ると、レイヴァンはマリィの頭から手を離した。


「以前のサヴァイス様は、周囲に気を配られる方ではなかった。それが変わったのは、ライザ様を見初められてからだ」

「…母上を…?」

「ああ。サヴァイス様は一見、自他共に厳しいようだが、自らの血を引く者にこだわる感情は、我々の比ではない。…それは分かるだろう?」

「うん」


マリィは、深く頷いた。


「…親が子にしてやれることは、上辺や見せかけだけで満足できる愛情ではない。サヴァイス様を見ていれば、それは良く分かるはずだ…!」


レイヴァンはそこまでを呟くと、次には身を翻した。


「話が長くなったな。行くぞ、将臣、マリィ」

「!…ああ」


歩き始めたレイヴァンの後を、将臣とマリィは急いで追った。

…そんな中、マリィは、実の父親であるサヴァイスに頭を撫でられたような安堵感を覚えていた。


…将臣の父親であり、六魔将中、最強の実力を持つ、レイヴァン。

彼が父・サヴァイスの傍にいることが、何よりも…誰よりも頼もしく思えた。

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