五人目の六魔将

その一方で、精の黒瞑界でも名門中の名門で名高い、ゼファイル家を訪れたリヴァンとマリィは、そのあまりの規模に言葉もなかった。


皇族を補佐し、その右翼を担うスタッセン家の後継と、その皇族であるマリィが驚くほどなのだ。

ゼファイル家がどのような家柄であるかは、既にその屋敷の外観が物語っていた。


高い、立派な門と塀が、これまた広大な屋敷を取り囲むように建築されている。

門の中から辛うじて見える庭の様子は、これが私有地だとは思えないほど広々としており、その手入れには一部の無駄もなかった。


リヴァンとマリィの二人が、門を前にして屋敷を見上げて固まっていると、その様を見た将臣が苦笑した。


「何だその顔は。お前たちにしてみれば、この程度、さほど珍しくもないだろう?」

「め…、珍しくないとかいう規模じゃない…!」


リヴァンが率直な感想を口にする。…家柄ではともかく、財では完全に負けを認めるしかない。

すると、その表情を読み取った将臣は、笑みを消すと、門の近くにある、獅子を模したレリーフに左手を当てた。


その瞬間、レリーフが将臣の魔力に反応し、蒼く輝いた。


《──お帰りなさいませ。将臣様》


レリーフそのものから、くぐもったような声が響いたかと思うと、固く閉じられていた門が、音もなく開いた。

それに二人は、二度びっくりした様子で将臣を見る。


将臣は今度はそれには構わず、黙ったまま屋敷の方へと歩き出した。

二人も、慌ててその後に続く。


屋敷の入り口にある、先程と似た獅子のレリーフの前で、将臣は、今度は右手をそれに当てた。

すると、これまた入り口が静かに開く。


その入り口の先にいたのは、両端にずらりと並び、頭を垂れている複数のメイド。

そして、その中央には、将臣の歳を10ほど上にしたような、将臣によく似た人物が立っていた。


「!? まさか…」


何かに気付いたリヴァンが、その気付きを懸念すると同時、将臣がその傍らで、当然のように呟いた。


「…親父…」

「親父!? ってことはやっぱり…、レイヴァン=ゼファイル!?」


驚きの連発で、リヴァンはそのまま絶句した。

一方のマリィも、将臣によく似た人物が現れたことで、ひどく驚き、声を発することすら躊躇っていた。


そんな不意の来客を、将臣と同じ蒼の瞳で一瞥しながらも、レイヴァンは静かに口を開いた。


「…戻ったか、将臣」

「ああ」


将臣は頷くと、ちらりとマリィとリヴァンに目をやった。

するとそれを見越したのか、レイヴァンがその蒼の目をわずかに細める。


「隠された皇女と、スタッセン家の末裔か。錚々たる顔ぶれだな」

「…やはりお見通しか」


さして驚きもせず、将臣は淡々と答えた。

しかし、これに対して驚きを隠せなかったのは、言うまでもなくリヴァンだ。


「…あ…、貴方がレイヴァン…!? レイヴァンは現在、行方不明のはずじゃ…」

「それは世間での見解だ。実際にはここで過ごしている。…まあ、魔力でその所在は知れないようにはしてあるがな」


レイヴァンは意外なほど簡潔に種明かしをすると、息子である将臣を見やった。


「唯香はやはり、カミュ様に囚われたようだな」

「…それもお見通しか」


恐れをなしながら呟いた将臣の額には、うっすらと汗が滲んでいた。


「それで、親父はどう動くつもりだ?」

「何か勘違いをしてはいないか? 将臣」

「どういう意味だ?」

「お前らしからぬ愚鈍な問いだな。訊くまでもないだろう。…そのままの意味合いだ。今、俺が動かねばならない理由はない」

「!な…、何をふざけたことを!」


とうとう将臣が、父親に面と向かって反抗した。


「いいか、俺は既にサヴァイス様の目論見は看破している! だが、俺はともかく、唯香までもを巻き込んでいい道理はない!」

「ほう…、ひよっこが…言うようになったな」

「!いつまでも子供扱いするな!」


将臣が珍しく、激しく声を荒げる。その様は、普段の将臣とはまるで別人のようだ。

やはり、どれだけ大人びていても、父親には敵わないものなのだろう。

…その父親が、より力がある者なら尚更だ。


「とにかく、俺は唯香やカミュと話をしなければならない。…六魔将に属する親父なら知っているだろう? あの城へ入り込む方法を」

「無論、知っている」


レイヴァンはすぐに答えてきた。


「だが、それを聞いてどうする? まさかお前ごとき駆け出しが、我らが主であるサヴァイス様を出し抜けるなどとは…よもや思うまい?」

「では聞くが、親父…、何故そんなに事を曖昧にする?」

「曖昧だと…?」


レイヴァンが、ほんの少しだけ驚いたような表情をする。その感情の緩みをついて、将臣は先を続けた。


「俺が気付かないとでも思うか? …親父は言葉を濁すことで、故意に、俺たちに知られては都合の悪い事実を隠蔽している。そしてそれは、唯香とカミュに関することに違いない。

…とすれば、その全ての情報源は…、皇族であるサヴァイス様以外にはない」

「……」


レイヴァンは、一言も話さず、息子の言い分を聞いていた。

それを肯定と受け取り、将臣は更に先を続ける。


「…親父が動く必要がないということは、逆を言えば、“動かなくとも良い”。つまり、事はもう済んでしまっていると言うことだな?」


…将臣が油断なく父親を見据える。これにレイヴァンは、口元に満足げな笑みを貼り付けた。


「…よくもそこまで利口に育ったものだ…

些細な会話から、そこまで読むとはな」


さも嬉しそうに、それでいて呟くように言い捨てたレイヴァンは、対と言っても過言ではない蒼の瞳で、三人を見つめた。

…至宝のサファイアのようなその蒼が、ますます透明なものとなる。


「全てお前の言う通りだ…将臣」

「やはりそうか。ならば、親父は今、唯香がどういう状況にあるかも分かるはずだな?」

「…ああ」


レイヴァンは目を伏せると、まるで独り言のように静かに呟いた。


「…、唯香には…、子が出来たらしい」

「!? …な…に…!?」


全く予想もしていなかった返答に、将臣が思わず声を洩らした。


「…こ…、子供っ…!? まさか、カミュの…」

「そうだ」


レイヴァンが極めて冷静に答えたことで、将臣も辛うじて怒の感情を抑えると、誰にともなく問うた。


「だが、幾ら何でも…」

「お前は知っているだろう? 力ある者の子は、それに比例して成長が早い。…我々がこのような他愛ない話をしているうちにも、産まれることだろう」

「…親父とサヴァイス様の道楽に唯香を付き合わせたのか?」

「そう来るか。だが、その言い方は心外だ。…全ては始めから定められていたことに過ぎない」


淡々とした、父・レイヴァンの答えに、将臣はどこかうんざりしながらも呟いた。


「…全てはただ、皇家のために…か。それに翻弄された唯香やカミュは、あまりにも哀れだ…!」

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