将臣とサヴァイス
…その頃、将臣とマリィは、唯香とカミュに会うために、精の黒瞑界の中央にそびえ立つ城へ入り込もうと、目下、画策していた。
正面からまともに入ったのでは、入り口を固めている門番達のみならず、ひいてはカミュの父親・サヴァイスにその存在を知られるところとなってしまう。
カミュがあの状態な今、更に厄介な敵を増やすことだけは、将臣はどうしても避けたかった。
…しかし、そうなれば使える策は極端に限られてくる。
少なくとも、こちらの正体の露見を避けるためには、今の段階で、マリィを前面に押し出して突破するわけにはいかない。
「……」
どうしたものかと、将臣が思わず考え込むと、それを察したのか、マリィが将臣の顔を覗き込んだ。
「…大丈夫? 将臣…」
「ああ…、マリィ。大丈夫だ」
珍しく、無理やりに吹っ切って見せようとする将臣に、マリィはひどく不安げな様子を見せた。
「でも、将臣…、顔色が悪いみたいだけど…」
「…平気だ。お前がそんなことを気にするな」
「!…だって、それってマリィが足手纏いだからじゃないの!?」
将臣の体を心配するが故に、マリィが思わず声を荒げる。
…そんなマリィの、いつもと違う感情をいきなりぶつけられた将臣は、扱いに困って、黙ったままマリィを見つめた。
その、深い蒼の瞳に飲み込まれるように、怒りに近い焦りが引いたことを理解したマリィは、はっと気づいたように将臣に謝罪した。
「!ご…、ごめんなさい将臣…!」
「…いや」
将臣はそれだけを告げると、いつの間にか握りしめていたらしい拳に、力を込めた。
「お前が心配してくれているのは分かっている。…だが、策がうまく練れないことで、俺は我知らず焦っていたようだ…」
「…将臣…!」
マリィが、ぱあっと顔を輝かせる。それに将臣が微笑むことによって、マリィの気持ちに応えようとした…、その時。
「! この魔力は…」
将臣が背後に、何者かの強力な魔力を感じて振り返った。
将臣とマリィ、二人は城の前に居たので、振り返ると自然、城を背にする形になる。
今までが前方に城があったため、前方から敵が来ることがあっても、まさか後方からいきなり敵が現れるとは、思ってもみなかったのだ。
将臣が警戒したのはそれだけではない。
その魔力の、桁違いとも呼べる規模だ…!
…総毛立つほどに強く感じられる魔力の容量は、確実にあのカミュよりも上だ。
瞬時にそこまで考えた将臣が、敵の様子を探ろうとしたのとほぼ同時、同じく振り返ったマリィが、ほとんど悲鳴に近い声をあげた。
「!ち…、父上!?」
「!?」
将臣は、それを聞いた途端に、その警戒を強固なものとした。
自分とマリィの目の前にいるのは、黒髪紫眼の、美しい青年だ。
その青年は、漆黒の長い髪を風に靡かせながら、それを厭うこともなく、ただこちらを見据えている。
その様はひどく孤高であり、それでいて皇帝の名に相応しく、毅然としたものだった。
…その整った唇から、天上の音楽に近しい程の、美しい声が発せられる。
「…戻ったか…、マリィよ」
「!はっ…、はいっ、父上!」
マリィが慌てて返事をする。この会話さえなければ、この皇帝に子供がいるなどという事実は、到底信じられたものではない。
…しかし、その当のマリィがこの場にいるからといって、この皇帝相手に油断はできない。
すると、将臣のそんな考えを読み取ったかのように、皇帝…サヴァイスが将臣に、その紫眼を向けた。
「…レイヴァンの子か」
「!」
この些細な一言で、将臣はサヴァイスが何もかもを見通していることを理解した。
…サヴァイスのこの言葉には、間接的に、嘘をついても…欺こうとしても無駄なのだという布石も込められている。
将臣は、それをも同時に把握した。
将臣は、黙ったまま頷いた。
それによって相手の出方を判断しようとしたのだが、サヴァイスはそれを見越したように、再び将臣に話しかけた。
「お前とは以前に数度、会ったことがあるな…
そうであろう? 将臣」
「…、ええ。サヴァイス皇帝陛下」
将臣は諦めたように答えたのだが、これに、本当に肝を潰しかねないほど驚いたのは、他でもないマリィだった。
「…え!? 将臣、どうして父上を…」
マリィの当然の問いに、将臣は居たたまれずに目を伏せた。
「…俺は幼い頃、この精の黒瞑界に住んでいた…
その時、父親に連れられて、サヴァイス様に謁見したこともある」
「!…じゃあ、将臣が違和感なくマリィや兄上を受け入れたのは…」
「…始めからこの世界の存在を知っていたからだ」
サヴァイスが、その瑞々しい唇の端をわずかに動かし、笑む。
それにマリィは、驚きで目を丸くした。
…父親は、滅多なことではその笑み自体、見せないというのに。
将臣の前ではそれを簡単に見せ、親しげに話しかけすらしている。
それから考えても、よほど将臣のことを気に入っているのだろう。
将臣も、サヴァイスの応対から、何となくそれは理解できた。
しかしそれでも、警戒を解かずに話しかける。
「──サヴァイス様、俺が何故ここへ来たのかはご存知ですね」
「……」
サヴァイスは答えなかった。だが、その表情は、はっきりと肯定であると物語っている。
それを踏まえて、将臣は先を続けた。
「妹とカミュは、今、この城のどこにいるのですか?」
「…それを知ってどうする?」
サヴァイスが、この時、暗に言葉を濁したことによって、将臣は、唯香の身に何が起こったのか、あれから何があったのか…
それらをあらかた察することが可能となった。
が、それは知らずに済むものなら、いっそ知らぬままの方が良い内容だった。
「貴方様なら、カミュを制することは可能だったのではないですか?」
将臣が手酷く指摘する。それに、サヴァイスは意味ありげに目を閉じた。
「…聡明なお前らしからぬ問いよな。カミュを制止する必要も、意味もないはずだ…」
「…、やはり、目的は父の… レイヴァンの血統ですか…!」
将臣がその瞳によって、真正面からサヴァイスを捉えた。
その、意志の強さを表す視線に、心の片隅で心地良さすら感じながらも、サヴァイスはなおも返答する。
「…皇族に弱体化は有り得ない。しかし、更なる高みを目指すことは必要だ…」
「…そのためにあえて、レイヴァンの血統を利用すると?」
「!将臣っ」
怖い者知らず、かつストレートなまでの将臣の問いに、マリィの表情が強張った。
しかしサヴァイスはそれを自ら制すと、その端正な顔に表れていたわずかな笑みを消し去った。
「…お前には分かるはずだ。レイヴァンの子と、我の子らの行く末が…」
「時を費やしてまで…狡猾な策を弄したものですね」
サヴァイスの意図を瞬時に理解し、それに沿った考えを張り巡らせた将臣の表情は、まさに渋面そのものだった。
──カミュが人間界に落ちたこと自体は、全くの偶然なのだろうが、それから唯香と出会い、自分と面識が出来るなどの一連の事象は、もはや偶然の一言では片付けられない。
…恐らくはどこかの部位から、サヴァイスが起こり得る現実を歪めていたに違いない。
結果として、出る言葉も決まりきっている。
「しかし、そうと知れて乗るほど、俺は愚かではありませんよ」
「そうであろうな」
「…妹は不本意ながら、すっかり乗せられた形になったようですがね」
将臣が珍しく半眼で切り返し、マリィを促した。
「妹がそちらにいるなら、マリィはこのまま預からせて貰います」
「ああ、構わぬ。マリィのことは、好きなように扱うがいい…」
静かに呟いて、サヴァイスは唐突に、魔力を用いて姿を消した。
すると、今だ表情が固まったままのマリィは、ようやく我に返ったように将臣に近寄り、しがみつく。
「ま、将臣…、どういうこと? 何故、父上とあんな会話を…?」
「…お前はまだ知らなくていいことだ。そんな事実など、知らなくていいんだ…!」
将臣は、切なげな視線を落とすと、そっとマリィを抱きしめた。
思いがけない将臣の行動に、マリィの目は再び大きく見開かれ、その頬は紅潮する。
「ま…、まさ…おみ?」
「心配するな。サヴァイス様はああ仰ったが…、お前が気にするようなことじゃない」
…言いながらマリィを離した将臣のその瞳には、何かを思いついたような強い光が浮かんでいた。
それはぞっとするほど残酷で、冷たい瞳だった。
「…ま…さ…おみ…?」
マリィが、そんな将臣に怯えると、将臣は一転してその様相を解き、屈託なく笑った。
「どうした? マリィ」
その極端な変化に、マリィは先程見たものは錯覚であったのかと、思わず目を擦る。
将臣は、そんなマリィを慈しむように見ると、先にマリィを促すと、吸血鬼たちの住む街に向かって歩き始めた。
…だが。
先に立って歩いていたマリィは気付かなかった。
自分の父親であり、この世界の皇帝であるサヴァイスと、レイヴァンの息子である将臣が、このタイミングで接触した事実…
それ自体が、将臣の感情に、とある重大な変化をもたらしてしまったことを…!
→TO BE CONTINUED…
NEXT:†血の盟約†
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