カミュ=ブライン

サリアは、一瞬視線を唯香へ送ると、そのまま魔力を用いて姿を消した。

カイネルは、サリアの存在がその場から失せたことを確認すると、改めて唯香の方へ向き直った。


「…で、六魔将の何を知りたいと?」

「!えーっと…、じゃあまず確認するけど、六魔将って、そっちの世界の皇族の人たちを守る役目があるんでしょ?」

「ああ」

「六魔将って、その名前からすると、全部で六人いるの?」

「…“六人”か」


ここで何故か、カイネルは言葉を濁した。

が、まるでそれを悟らせまいとするかのように、表情も変えずに呟く。


「…順を追って話した方が良さそうだな。

そう…、六魔将は全部で六人。カミュ様と共に戻った先程の二人も、それに含まれる」

「…ってことは、カイネルと、サリア? と…

さっきの二人は?」

「お前と似た年格好の方がシン、俺と同年齢くらいだった奴がフェンネルだ」

「分かった。それで四人として、あと二人は…」

「レイヴァンとユリアスのことか?」


カイネルが、上目づかいに唯香を見る。


「ユリアスは向こうの世界に控えているが…

レイヴァンは行方不明だ」

「え、行方不明って…」

「レイヴァンのことが気になるのか?」

「…うん」


唯香は、先程カイネルに指摘されたはずの、興味本意な部位を露にしながらも、とにかく向こうの世界の情報を集めることに必死だった。

半ば条件反射に近い状態で頷きつつも、頭の中では、それまでに得た知識を何度も反復し、無理にでも理解するように仕向けていた。


そうすることによって、現在のカミュの心境を、少しでも理解できるのではと思ったからだ。


例えそれが傲りであっても、今の唯香にはそれしか…

とにかく、自分に出来うる限りの“何か”をすることしか考えられなかった。


「レイヴァンはかつて、六魔将一の実力を誇った男だ。その凄まじいまでの能力は、あのカミュ様とも匹敵する…!」

「…、ただの人間のあたしには、カミュの魔力がどの位なのかなんて、全然分からないけど…

カイネルがそう言うんだから、レイヴァンって人の能力は、かなり凄いんだろうね…!」

「…ああ。レイヴァンが抜けていることで、次に強い力を持つフェンネルが、今の六魔将を纏めているが…

レイヴァンが戻れば、その能力はあのフェンネルよりも上だ…!」


カイネルはここで言葉を切り、ふと、空を見上げた。

…その空の向こうに、レイヴァンの影が見えた気がした。


「そうなれば、あのルファイアとの戦いも、我々六魔将のみで、互角に持ち込むことが出来るはずだ」

「その、レイヴァンの行方について、何か手掛かりはないの?」

「……」


カイネルは黙ったまま、視線を落とした。

それによって伏せ気味になった瞳に、言いようのないやりきれなさが混じる。


「レイヴァン本人が、魔力を使って巧妙に隠しているため、現在位置は特定出来ないが、生きていることは間違いない。だが、それ以外の手掛かりは、何も…」

「…そう…」


唯香は、さも残念そうに俯いた。

レイヴァンがいれば、こちらの事態が確実に好転するであろうだけに悔やまれる。


…そう考えた唯香が、わずかに唇を噛み締めた、その時。


「! …カミュ様?」


不意にカイネルが視線を上げ、唯香の左隣の空間に反応した。

どうやら、魔力による空間移動の存在を、そこに認めたらしい。

すると、ゆるゆるとその空間が開かれたかと思うと、そこから、カミュが姿を現した。


「…随分と饒舌なようだな? カイネル…」


…その、冷たい美貌に、更に冷たい笑みを浮かべて…

カミュが、ぞっとするほど低い声で呟いた。

そのあまりの変わりように、唯香の躯が竦み、各所に鳥肌が立つ。


「…カ…ミュ…?」


唯香は気付いていた。

…自分は怯えている。

そして恐れている。

あのカミュを…!



こわい。


怖い。


体の震えが止まらない。


…あの…カミュに…!



「…何だ、人間…」


カミュが、氷よりも冷たく問う。

全てにおいて冷酷なその様は、唯香のそれまでの感情を払拭させ、凍てつかせるには充分だった。


「!…あ…」


唯香は、知らぬ間に後退りしていた。

…カミュに言いたいことは、たくさんあったはずだった。


だが…

言うどころではない。

体が…、本能が彼を恐れている。


感情とは裏腹に、拒んでしまうくらいに。


…カミュは、そんな唯香を蔑むように見ると、次いで、いわくありげな警戒を固めているカイネルに目を走らせた。


「カイネル、貴様… 人間ごときに何を話した?」

「…俺たちの、つまらない身の上話ですよ」


カイネルは、慎重に返事を選びながらも、あっさりと答えた。

この状況で事実を偽っても、それが発覚した際には、倍の報復が来る。

だからこその答えだったのだが、カミュはまるでそれを見越していたかのように嘲笑った。


「…ふん、相変わらず気に入った物には肩入れするようだな。

まあいい…、人間ごときが六魔将の実態を知ったところで、どうにか出来るものではない」

「ところで、カミュ様は…何故、また人間界に?」

「!」


カイネルの何気ないこの問いは、意図せず、カミュの逆鱗に触れた。


「このような薄汚い世界…、重要な用件でもなければ、誰が来るものか!

カイネル、俺の妹とかいう少女は何処にいる!?」

「!え…」


言われてカイネルは、すぐさまマリィの魔力を探った。

…その魔力は、今は抑えられているため、その存在が何処にあるかは分からない。

だからこその皇子の問いなのだろうが…

その前にカイネルには、引っかかったことがあった。


「待って下さい、カミュ様。…先に訊ねても構いませんか?」

「…何だ」


カミュが、好戦的に応対する。その思惑に垣間見えた鋭さは、見事なまでにカイネルを威圧した。


…これには、さすがのカイネルも、いよいよ慎重に事を進めざるを得なかった。


答えを導き出すべく、一瞬だけ目を伏せ、考え、それによって出た答えを応用するため、次にはすかさずその碧眼でカミュを捉える。


「…カミュ様は、マリィ様と会って、一体…どうなさるおつもりなのですか?」


この時点で、カイネルの口調には、言葉にならない懸念が混じっていた。

それに、カミュはただ、戯れに答えを返す。


「まずは、この刻印の効力を失墜させる。これさえ失せれば、妹などは、もはや用済みだ…

後は…殺すだけだ」

「!…え…」


躊躇いもなく言い捨てたカミュに、唯香の全身の血が凍りついた。

僅かに震える体を無理に押さえ、湧き上がる感情を、必死で言葉に直す。


「──ま…、マリィちゃんを…、…自分の妹を…、殺すの…!?」

「いけないか?」


カミュはまた、戯れに尋ねた。

…返ってくる答えなどは分かりきっている。



人間は、肉親には甘い、馬鹿げた種族だ。


…冗談ではない。


肉親こそは他でもない、“内なる敵”。

一番、油断のならない存在のはずだ。


そして、そんな簡単な事すらも理解し得ない、厄介な種族…

それが【人間】だ。



「お前は、要らない物を捨てたことはないのか?

不必要な物は排除する。…当然のことだろう?」

「!…っ、…だからって…、妹…を、殺していい…なんてことには…!」

「俺に意見ひとつ言うにも震える女が、何を戯言を… 笑わせるな」


眉一つ動かさず、カミュは冷酷に言ってのけた。


「!…っ」


その、あまりにも冷徹な…突き放されるような答えに、唯香は一瞬、言葉を失った。



…違う。


以前のカミュとは、似ても似つかない。


…違いすぎる。


“この人は…、違う、カミュなんかじゃない!”



…突き落とされるような絶望の後に湧いたのは、ただひたすらの、目の前の【彼】に対しての、底知れぬ怒り…

そして、いなくなってしまった【彼】への、身を切るような贖罪の気持ち…!


そんな二つの激しい感情が、せめぎ合うように唯香の理性を支配した。


唯香は、自らの感情が訴えるまま、先程までの怯えは何処へやら、目の前にいるかつての知人…

今はすっかり別人と化してしまったカミュに、激しく食ってかかった。


「──あなた、一体誰なの!?」

「…何だと…?」


見下していたはずの相手が、一度は失いかけたはずの怒りの感情を盛り返して来たことで、カミュの目には、警戒の色がまざまざと見受けられた。


しかし、そんなことにはまるでお構いなしで、唯香は自らのやり場のない感情を、全て彼にぶつける。


「あなたは誰!?

カミュは、そんな言い方はしなかった!

確かに最初は拒んでいたけど、最終的にはきちんと妹の…、マリィちゃんの名を呼んだもの!

…妹の名前を一度として呼ばないあなたなんて…

妹を…、マリィちゃんを平然と殺すとか言うあなたなんて…

絶対にあのカミュなんかじゃない!」


怒りの中にも、悲痛さが溶け込み、それは瞳から涙となって溢れ出す。

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