第35話 迷惑な押しかけ謝罪と愛妻弁当
スタンピードから数日。
町はかなりの落ち着きを取り戻し、復旧も進んでいた。
物的被害は塀の外や塀の上、町中で空中からやって来た魔物の攻撃でそれなりに大きかったものの、人的被害は規模の割に少なく済んだ。
といっても魔物と戦ったハンターや兵士以外にも町人の被害が皆無な訳では無かった。
ユーリスが到着した時、既に命を失っていた者は
だが町は、そんな一部の悲しみを覆い隠すように生き残った喜びに包み込まれていた。
世界の厳しさを誰もが知っている。
そして、唐突に人は死ぬ。
それを許容しないと生きていけない世界だ。
そしてそれに押しつぶされた存在が【青竜の鱗】であった。
「だから、もういいって言ってるでしょうが!」
「いや、しかしケジメとしてだな」
そして今、その【青竜の鱗】のパーティーメンバーは、町の復興のために振る舞われるギルドや王国軍からの注文にてんやわんやなフェリスの店の客席で土下座をしていた。
ベテランのハンターで、それぞれがそれなりに屈強な者たちが床に土下座をしているというのは非常に邪魔で迷惑である。
「ケジメったって、俺はお金も要らないし名誉とかも色々邪魔になりそうだから要らないし」
俺はカウンターの椅子に座り、肘をつきながら溜息をつきつつ告げる。
「ましてやバゴンさんの首とか要らないんで」
「で、ではどうすれば許してくれるのだ」
「だから、もう許した……というか町への出入りさえ許可してもらえればそれだけで十分だって何度言ったら――」
俺はフェリスが出してくれた、キンキンに冷えた甘い香りのするフレーバーウォーターに口を付ける。
口の中に広がる甘さはその実を持たないが、疲れた気持ちを落ち着かせてくれる。
厨房の中ではそんなフェリスとオヤジさんが額に汗を浮かべ、大量の料理を作っているのが見え。
「フェリス、手伝おうか?」
俺は【青竜の鱗】を無視してそう声を掛けた。
「そうね。もう少ししたらあたし配達に出るからその間変わってくれるかしら?」
その問いかけにフェリスからは何故か少し浮ついたような声で返事が帰ってくる。
それを聞いて突然土下座していた【青竜の鱗】のメンバーが立ち上がって寄ってきた。
「な、なんだよ」
「是非我々にも手伝いをさせてくれないか?」
「お願いだよ。何でもするよ」
「許すと言われても、自分たちが自分を許せないんだ。だから何か命令してくれ」
「……命をかけて頑張る所存」
五人のベテラン冒険者の圧に押されながらも俺はきっぱりと告げる。
「料理できそうな人居なさそうで邪魔だし必要ない」
「で、では配達をしよう。そうすればフェリス嬢も休めるのでは?」
俺は大きく溜息をつくと、厨房に聞こえないように声を潜め五人にだけ聞こえるように話す。
「それこそ空気読めって話だよ。さっきのあのフェリスの声聞いたろ」
「聞いたが何か?」
「ったく。配達に出かけるってのに嬉しそうな声だったじゃないか。あれは――」
その話に、五人はやっと俺が言ったことを理解して女聖魔法使いのカボースはにやにやとした笑みを浮かべて「若いってのはいいね」と呟いていた。
他のオッサンどもも一様に理解してくれたらしく「それなら我々が手を出すのは止めるべきだな」と言うと「それなら他にすることは無いか?」と尋ねてくる。
「今あんたらの力が必要なのはこの店じゃ無いでしょ」
俺は呆れつつカウンターから下りる。
そして体内で魔力を動かしながら告げた。
「俺の頼みを何でも聞くってんなら、今すぐこの店を出て町の復旧に全力を出してこい!」
その言葉と同時、俺は用意していた
スイングドアを壊さないように先に開けておくことも忘れない。
「うわっ」
「ぎゃっ」
「きゃあっ」
「なんとっ」
「……うふぉっ」
五人のハンターが突然店の前に転がる様に出て来たことで、前の道を復興のために走り回っている人たちが「なんだなんだ」と目を向けた。
俺は【青竜の鱗】を追う様にゆっくりと店の外に出ると「とりあえずギルマスに指示を聞きに行けばいい」と告げると店に戻ろうと踵を返す。
そして背中越しに言葉を続ける。
「あ、あとギルマスにも言っといて。謝罪は要らないって」
「ああ、わかった」
「それと――」
「伝えておくことがあったら言ってくれ」
俺はもう一度振り返ると仏頂面を少し緩めてこう言った。
「途中でギリウスを見かけたら、もうすぐ愛しのフェリスちゃんの愛妻弁当が届くって伝えて置いてくれないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます