第32話 大胆な告白と新たな船出と
「おっ、帰ってきたか」
俺が町に戻ると、門の前でギリウスが似合わない防具を身につけて立っていた。
ギリウスの周りには俺が置いていったポーションが置かれていて、時折ハンターや兵士がやって来ては持って行く。
どうやら今は生き残っている低ランクの魔物、いわゆるザコ魔物の掃討をしているらしい。
すでにCランク以上の魔物は魔素切れで倒れたり、上級ランクのハンターたちに倒されたようだ。
「お前のポーションと装備、大活躍だぞ」
たしかに見える範囲でも何人もの兵士やハンターが、俺が作った装備を付けて戦っている。
といってもザコ魔物相手だ。
普通に店で売ってる最低ランクの装備でも十分だろうし、あとで評価を聞いても意味は無さそうで少し残念でならない。
「ポーションで治らないけが人がいたら俺が治すぞ」
「大丈夫、今のところそういう報告は無いからな。最初にお前が使った
「だったらいいけど。そういえば【青竜の鱗】の連中は戻ったか?」
「あいつらなら、帰ってきて早々まだ強めの魔物が残っているらしい森の方へ向かっていったが」
どうやら無事に逃げられたようで少しホッとする。
そんな俺にギリウスが僅かに困ったような声で話しかけてきた。
「ところでさ、この門のことなんだが」
「完全に壊れてるから、直すのは大変そうだな」
「そうなんだよ。まぁスタンピードのあとは暫く魔物もザコ魔物しか出なくなるらしいから仮設の壁でもつくるとしてだ」
ギリウスは自分の後ろに有る壊れた門を指さし言った。
「お前が封鎖したこの門、開けてくれないか?」
「このまま封鎖して置いた方が安全だろ?」
「馬鹿言うな。それじゃあ俺の仕事が無くなっちまうだろうがよ」
俺はギリウスとお互いの顔を見て笑い合うと、目の前の門を塞いでいた石の壁を
それから
途中で近寄ってきたハンターに何人も謝られ、その度に手が止まってしまったのが不満だった。
その中の一人が恥ずかしそうに「ザコ専なんて言って悪かった。お前のおかげで俺たちはずいぶんと助かっていたんだな」という言葉には苦笑いしか出なかった。
別にスタンピードを抑えるためにザコ狩りをしていたわけじゃなく、他に俺が受けられる依頼が無かったからなのはみんなも知っているだろうに。
そしてそいつは最後に
「今日は俺たちにザコ狩りは任せてくれ」
と、言い残して去って行った。
それからも何人もの人々に謝罪や感謝の言葉を浴びせられ、さすがに辟易とした俺はさっさと修理を切り上げるとギリウスがポーション配りをしている門の前に戻る。
すると、そこには魔物狩りを終え、帰ってきた【青竜の鱗】が揃ってギリウスと何かを話していた。
「おーい、ユーリス。こっち来いよ」
「あまり行きなくない雰囲気なんだが……」
また謝罪されるんじゃないだろうなとげんなりしながら歩み寄っていくと、【青竜の鱗】の陰で見えなかったがフェリスと彼女のオヤジさんが大きなお盆を持って何かを配っているのが目に入った。
そしてその足下をちょこまかとシショウが走り回っている。
口元からは涎がだらだらと流れ出していて、撫でようと近寄ってきた人々が嫌そうな顔をしているのがわかる。
「ユリウス、お帰り」
「どうしたんだそれ」
「みんなに差し入れしようと思って、町の人たちと一緒に一杯サンドパンを作ったんだよ」
サンドパンか。
そういえばマヨソースを手に入れた時、色々作ったレシピをフェリスに教えたけど、その中にサンドパンもあったな。
「はい。これ、ユーリスの分。あなたが作ったものにはまだ及ばないけど」
「ありがとう。正直少し腹が減ってたんだ」
なんせせっかくつり上げた巨大魚で魚料理を作る前に突然呼び出されたのだ。
その前はずっと船で釣りをしていたから、結局朝を早めに食べてからは何も口にしていない。
俺は受け取ったサンドパンを囓る。
口の中に広がる濃厚な卵とベーコン、そしてマヨソースの酸味に目を細める。
俺が作るものよりそれぞれの素材がバランス良く使われていて、これはこれで十分な出来だ。
『ゴシュジン! シショウにモ! シショウにモ』
「忘れてた。フェリス、シショウにも一つあげて良いか?」
「犬が食べても大丈夫な食材ばかりだから大丈夫かな。はいどうぞシショウ」
フェリスがしゃがみ込んで差し出したサンドパンにシショウは勢いよく飛びついた。
こいつも俺と同じくずいぶんと飯を食っていなかったのだから当然か。
「ユーリス……」
二つ目のサンドパンに手を出そうとした時、後ろから聞き覚えのある野太い声が俺を呼んだ。
「何のようだ?」
俺は振り返らずに背後の声の主――ギルドマスターのグリンガルにそう尋ねた。
別にもう俺は怒っているわけではない。
すでに新しい町での生活を満喫しているし、むしろ追い出してくれたおかげで新しい料理を覚えることも出来てむしろ感謝している……かも知れない。
「ユーリスさん。ギルマスの話を聞いてあげてくれませんか?」
続いたその声はギルドで唯一俺に良くしてくれた受付嬢のシャーリーのもので。
しかたなく俺は振り返って話を聞くことにした。
ちなみに手に取ったサンドパンは、その瞬間にシショウに奪われてしまったがどうせ食べている場合ではない。
「ユーリス、あの日の俺の判断をお前は許してはくれないだろう……だが、それでも俺はお前に謝りたいと思ってここに来た」
やっぱり謝罪か。
俺はげんなりしながら、次の言葉を言いかけたグリンガルにかぶせて先にこう言ってやった。
「そしてもしお前が望むのであれば俺の命を――」
「許すよ」
「……今、なんと?」
「許すって言ってるの。それにギルマスの命なんて貰っても困るだけだし」
本当にこの人は責任を取って死ぬつもりだったのだろうか。
これから町を復興させないといけないって時に何を考えているのだか。
「いや、しかし。それでは俺もギルドのやつらも――」
「じゃあ一つだけお願いを聞いてくれ。それでチャラにするよ」
「一つと言わずに何個でも出来る限りかなえるつもりだ」
「めんどうだから一つでいいよ」
俺は頭を掻いてから町の方を指さし言う。
「さっきは緊急避難的に入っちゃったけどさ。俺、今あの町には入ることも禁止されてたよね」
「あ、ああ。たしかに」
「だからそれを解除して入町許可証を出して欲しいんだ。俺の頼みはそれだけ」
「そんなことで良いのか?」
俺はぽかんとした顔をした周りの連中から目を反らし、フェリスからサンドパンを受け取って鼻の下を伸ばしているギリウスに向けて声を掛けた。
「おい、ギリウス」
「なんだ? 何か用か?」
サンドパンを囓りながら近寄ってきたギリウスの肩に俺は手を回す。
そしてグリンガルに向けて理由を告げた。
「だって入町許可証が無いと、親友の結婚式に不法侵入して出席しなきゃならないからさ」
「えっ……ちょっ! ユーリスお前何言って」
突然俺の手の中で暴れ始めたギリウスを不思議に思いながら、俺は言葉を続ける。
「それでギリウス、結婚式の日取りがもうすぐ決まるって手紙に書いてあったけど何時だよ」
「そ、それは……だなぁ」
チラチラと後ろを気にしながら口ごもるギリウスの様子に俺はピンと来た。
「フェリスもこっち来てくれ」
「えっ? あたし?」
『わんっ』
「シショウは来なくていいからパン食べてろ」
『クーン』
何故か必死に逃げようとするギリウスの首に腕を回し押さえ込みながら俺は近寄ってきたフェリスに同じことを尋ねた。
「こいつが何故か教えてくれないんだけどさ。フェリスとギリウスの結婚式の日取りを教えて欲しいんだが」
「ええええっ!! あ、あたしとギリウッ……ええっ!!」
何故だろう。
フェリスが思いっきり驚いた顔をしている。
それだけではなく、周りの人たちも何故か俺に首根っこを抱え込まれているギリウスに生暖かい視線を送り出した。
俺はその空気の意味をやっと察して、ギリウスの頭を絞める腕に力を込めた。
「いててててっ! はーなーせー」
「離すかっ。お前、まさかまだ告白もしてなかったのかよ!」
手紙には毎回あれだけフェリスと自分がどれだけ愛し合っているかという惚気話をこれでもかと書いてきていたのにである。
「せっかくだからみんなにも聞いて貰おうか? お前が俺に送ってきた手紙の内容を!」
「それだけはっ、それだけは止めてくれ、俺の心が死んでしまうっ」
「ちょっと、手紙の内容ってなんのことよ。教えなさいよユーリス」
「フェリス、聞かないでくれ。後生だ」
ギリウスは無理やり俺の腕から頭を引き抜くと、そのままの勢いで近くに居たフェリスの両肩を掴む。
そして大きく息を吸うと、意を決し大声で叫んだのである。
「フェリス! 俺はお前が好きだ!! け、結婚を前提に付き合ってくださいっっっ!!!!」
「っっ!」
周りの時間が止まる。
誰もが息をすることさえ忘れ、あのシショウですら加えたサンドパンを飲み込むこともせず。
それはほんの僅かの空白だったが、その場にいたみんなには長い時間のあと、フェリスがゆっくりと口を開いた。
「ばかーっ!!!」
バゴンッ!
あまりの恥ずかしさのせいか、フェリスは持っていたお盆でギリウスの頭を殴りつけたのであった。
同時に辺り一面に笑い声が広がっていく。
「あっはっは、ざまぁねぇなギリウス」
「こんな所でそんな大声で告白されちゃフェリスちゃんが可哀相だ」
「脈ありだと思ってたんだけど違ったんだな」
「泣くなよギリウス。この町にも他にいい女は一杯いるさ」
口々にそんな言葉が地面に倒れ込んだまま動かないギリウスに掛けられる。
だが、どれもこれも本気でギリウスを馬鹿にしたような色は含まれていない。
「ちょっと、大丈夫?」
そして、その事件の主犯であるフェリスは――
「あんたがこんな所であんなこというからつい殴っちゃったじゃない」
そう照れたようにそっぽを向きながらギリウスの手を引っ張って彼を立ち上がらせた。
そして、一度強く目をつぶってからギリウスの顔を見上げ。
「あたしも……あんたのこと嫌いじゃ無い……むしろ好き……なんだと思う」
「えっ」
「で、でもいきなり結婚とか、そんなこと言われても困るからっ」
フェリスはお盆を大事そうに抱きかかえギリウスに背を向ける。
そして――
「とりあえずお付き合いならしても……いいよ」
震える声で彼の告白に、今度こそきちんとした本当の返事を返したのだった。
二人が町中の人々から盛大に歓迎された結婚式を挙げたのはそれから百日後。
俺が海の町からまた別の町へ旅立つ数日前のことである。
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