第31話 ダンジョンコア
「ユーリス本当にすまなかった……」
そう謝罪を口にして深々と頭を下げるバゴン。
たしかにあの時は哀しかったし悔しさもあった。
だけど今の俺は、新しい町の魚という新たな食材を楽しむことに夢中で、すっかりそんなことは忘れていたのだ。
なので――
「そういうの良いんで。それより、さっさとここから逃げてくれない?」
「は?」
「いや、だから。俺はもう別に怒っても何もないんで。それより今はこのスタンピードを収めることの方が大事だろ?」
「それはそうだが」
「わかったら早く荷物を拾って逃げる準備を。十数えたら
俺は物わかりの悪い大人に言い聞かせるように告げる。
「あ、一つだけ注意があるんだけど」
「な、なんだ」
「全員に掛けた
「は?」
「それじゃあ、じゅーう、きゅーう、はぁーち――」
変な走り方っていったい何のことだと尋ねる【青竜の鱗】を無視してカウントダウンを始める。
一々全部を説明していては時間の無駄だし、さっさと済ませて巨大魚を食べたいのだ。
せっかく船を犠牲にしてまで釣り上げたというのに。
「――ろぉーく、ごぉお、よぉん――」
「お、おい。ユーリスの奴本気だぞ」
「全員持てる荷物だけ拾え!」
「急いで逃げないと
やっと【青竜の鱗】が現状を理解したのか慌てて逃げる準備を始める。
全員に
「――にーい、いーち――」
全員がオークエンペラーのいる方向と逆の
「ゼロ!! 行けっ!」
「走れみんな!」
「うぉぉぉぉっ」
「きゃああああっ」
ドドーン!
逃げ出した【青竜の鱗】の背後で激しい音が鳴り響いた。
それは
「
解放と同時に、上空へ飛び上がった俺の
広範囲魔法だと、逃げる途中の【青竜の鱗】を巻き込む可能性もあった。
なので、もう少し範囲を絞った上で複数に向けて同じ魔法を放つことにしたのである。
グギャアアッ。
ガオォォン。
ゴガァァァッ。
一瞬で眼下のオークエンペラーは氷の彫像と化す。
先ほど慌てて力加減を間違ったブルードラゴンと違って、半生状態で【冷凍】出来たはずだ。
「これなら素材回収も問題ないだろう」
俺は三体のオークエンペラーが完全に事切れているのを確認してから森の奥に目を向ける。
何年もの間、俺の狩り場だった森は無残に踏み荒らされて無残な姿を晒していた。
「この先にダンジョンがあったはずだから、そこがスタンピードの火元だろうな」
すでに魔物の波はほとんど収まって、その方向から来る魔物の姿はほとんど無くなっていた。
多分この地の魔素はほぼ消費されてしまったのだろう。
だが、一度暴走したダンジョンのコアは何度もスタンピードを起すと聞いた。
ならその元凶は潰しておいた方が良い。
「ギリウスがフェリスと幸せに安心して暮らしていける町にしておかないとな」
俺は誰に言うでも無くそう呟くと、目的のダンジョンに向けて飛んだ。
ダンジョンは山の中腹にある。
途中、バゴンたちと共にキメラと戦った大岩の上空を通った。
あの時俺は本当はどうしたらよかったのだろうか。
彼らを見殺しにすることは出来なかった。
だけど、いつも一人でやっている時のように、彼らが必死に戦っていた魔物を一瞬で倒したのも間違いだった。
以前の町での経験でそのことを知っていたはずなのに。
「はぁ、やっぱり人付き合いって難しすぎるよ爺ちゃん……」
そう呟いて山の中腹に降り立つ。
あの日、キメラさえ現れなければ俺が【青竜の鱗】と共にやってくるはずだったダンジョンは、入り口が大きく裂けたような状態でそこに存在していた。
「魔物の気配は……無いか。本当に全部吐き出したんだな」
俺は
大量の魔物によって踏み固められた地面は、思ったより歩きやすい。
その上魔物は一体も姿を現さない。
途中で
スタンピードはそのダンジョンコアが過剰な魔力を溜め込んで放出したせいで起こると言われている。
ダンジョンの中で一番謎なその場所は、他とは違い何故か人工的な祭壇が作られ、その上に菱形のダンジョンコアが安置されていた。
そう、安置だ。
「それにしてもダンジョンコアっていつ誰が作ったかわからないって言われてるらしいけど、自然物じゃ無いっていうのがこの部屋見たらわかるよな」
完全に四角く切り出された石の様なもので作られた部屋は、どうみても人工物にしか見えない。
世界各地にあるダンジョンと呼ばれる場所は、そのほとんどに同じような部屋とダンジョンコアと呼ばれる魔力源が存在していると聞く。
「聞いてたけど本当に真っ黒になるんだ」
俺は祭壇に近づくと、周りの光を全て吸い込んだかのような漆黒のダンジョンコアをまじまじと見た。
そして本当にその暗黒に吸い込まれるような気がして――
「っと、こんなことをしてる場合じゃ無い。さっさと
我に返った俺は祭壇の周りに持っていた魔石を四個並べていく。
この魔石は今から張る
一度暴走したダンジョンコアは何度も暴走をする。
それはなぜかというと、スタンピードで魔力を一気に放出したダンジョンコアは、暫くして地上やこのダンジョンの空間に魔素が復活したころ今度は逆に魔素を一気に吸収し始めるという性質があるからだ。
結果、急激に吸収した魔素は安定性を失ってしまう。
その結果、再度魔力暴走――スタンピードが発生してしまうのである。
「まぁ、そのうち吸収した魔素が安定して治まるらしいけど危ないしね」
その魔素の急激な吸収を和らげるのがこの
本当はダンジョンコアを破壊してしまえば永久的に安全になるのだが、その代わりダンジョンという資源を失うことになる。
俺を追い出した町とは言っても、そんなことになればギリウスたちまで職を失いかねない。
それに。
「爺ちゃんたちも『もしお前が将来ダンジョンに潜るとしても絶対にダンジョンコアは壊しちゃ駄目じゃぞ。絶対にじゃぞ』と何度も念押しされたしな」
何故壊してはいけないのか、結局誰も教えてはくれなかったけど。
「さて、それじゃあさっさと
俺は
「!?」
だが俺の
「なんだ、お前は……」
突然俺とダンジョンコアの間の空間が縦に裂け、中から俺の背丈を超える長身の、全身真っ黒な服を着た人物が突然あらわれたのである。
そして人物は同じく漆黒のマントを翻しながら祭壇に近づくと、その上に乗ったダンジョンコアをつかみ取ると、自らの目の高さまで持ち上げた。
『ふむ、いい出来だ』
くぐもった声から男のようだ。
「おいっ!」
男は俺の呼びかけを無視してダンジョンコアを色々な角度から見つめると、そのままそれを自らのマントの中に仕舞い込んだ。
「お前、それをどうするつもりだ!」
『ん? 君は誰だ……ハンターかな?』
そこでやっと俺の存在に気がついたのだろう。
男が振り返る。
その顔は真っ白な牛の骨のような仮面に覆われた異様な姿をしていた。
「それを持って行かれたらここら辺のハンターが困るんだよ。
『なるほどそういうことか。それなら安心してくれたまえ』
男がそう言いながら懐に突っ込んだ手を引き抜くと、その手には紫色の光を放つダンジョンコアが握られていた。
『これはスタンピードを起こさない安定したダンジョンコアだよ。これを代わりに設置していくから問題ないだろう?』
そして男はその新しいダンジョンコアを祭壇の上に置いた。
途端に部屋の中に魔素が広がっていくのを感じた俺は慌てて
「お前、いったい何者だ」
『私かい? そうだな、ダンジョンマスター……とでも呼んでくれたまえ』
「ダンジョンマスター? お前が世界中のダンジョンを作ったのか?」
俺は体内の魔力を集めながら問いかける。
『さぁ、どうだったかな。私自身にもわからないな』
「とぼけるな。だったらもう一つ聞かせて貰うけど、さっきの黒いダンジョンコアはどうするつもりだ」
『……あれは不安定なものだからね。この新しく設置したダンジョンコアのように【修理】するのさ』
男はそう答えると、現れた時と同じように何も無い空間に裂け目を作る。
その奥は漆黒で、何も見えない。
「逃げるのか?」
『逃げる? ああ、そうだね。なんだか君は私を殺そうとしてるみたいだし』
「別に殺しはしない。ただ胡散臭いから捕まえてハンターギルドで話を聞かせて貰おうと思っただけだ」
『ふむ。話をするのも楽しいかもしれないね。でも、私はそんなに暇じゃ無いのでご遠慮させて貰おうかな』
男はそう言うと空間の裂け目を広げ、中に入ろうと一歩踏み出した。
「
俺はその体を拘束するために魔法を放つ。
だが――
「魔法が……発動しない!?」
不思議なことに魔力を集めて放った
『それでは。またどこかで会えるかもしれないけれど、その時はいきなり襲わないでくれたまえよ』
戸惑う俺を尻目に、男はそう言って空間の裂け目に飛び込んでいったのだった。
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