第30話 安全靴と最強の盾


「もう一度言う! 今すぐ魔物から出来るだけ離れろっ!!!」


 拡声魔法ラウンドスピークで増幅された俺の声が、辺りに響いた。


「どうやら聞こえたようだな」


 俺が、全方位に聞こえる拡声魔法ラウンドスピークを使ったのには二つの理由があった。

 一つは確実にバゴンに俺の意図を伝え、魔法の範囲内から出て行って貰うため。

 そしてもう一つは、オークエンペラーの注意を引きつけて、その脱出を助けるためである。


 それについては俺の方を一瞬見て目を丸くし、慌てて仲間に指示を出しながらけが人を引きずるようにして慌てて逃げて行くバゴンを見て、ちゃんと声が伝わったことを確認した。


 そして、もう一つの目的であるオークエンペラーの動きを確認しようと目を向けたが――


「なっ!?」


 三体のうち二体のオークエンペラーは、計画通り俺に気がついてこちらへ向かってきていた。

 だが、残りの一体はどうやら俺のことよりも目の前のバゴンたちの動き方が気になって、こちらを見向きもしてなかった。


 そして、その一体は少し腰をかがめたかと思うと地面に転がる大木を拾い大きく腕を振り上げて、逃げて行く【青竜の鱗】へ向けて大木を投げつけたのである。


「やばっ」


 ここから魔法の杖マジックワンドで威力を強めた火魔法ブレシングティンダーを放てば打ち落とせるだろう。

 だが最悪の場合、近くに居る【青竜の鱗】を巻き込みかねない。

 青竜の防具の力がどれほどのものかわからないけれど、試して見るには博打すぎる。


「間に合えっ! 風魔法ブレシングウィンド!!」


 俺は魔法の杖マジックワンドで増幅していた魔法を切り替え、高速で【青竜の鱗】の居る場所目指して飛んだ。

 途中、向かってきていたオークエンペラーの片耳を、周りに造り出された風の刃で引き千切ったのは偶然だ。


 そのオークエンペラーの悲鳴すら置き去りに、俺は更に加速する。


 弾丸のように飛びながら次の魔法を準備した俺は、唖然とするバゴンの前に着陸というより墜落すると同時に魔法を放った。


物理防御フィジカルシールド!」


 詠唱と共に広がる見えない壁が、俺と【青竜の鱗】を包み込んだ。

 その次の瞬間。


 ドガアアッ!!


 激しく物理防御フィジカルシールドに大木が直撃する。

 だが、音も振動も完全に物理防御フィジカルシールドによって吸収され、中にいる俺たちには伝わってこない。


「ふぅ、間に合った。ちょっと油断して余裕かましすぎたな」

「ユーリス……お前どうしてここに」


 バゴンが、俺の埋まった穴を覗き込みながら言った。

 かなりの速度で突っ込んだせいで、身長の倍くらいの穴を地面に開けてしまっていたのだ。


「ギリウスに呼ばれたんでね。あ、ちょっと顔をどけてくれない?」


 俺は手をひらひらさせバゴンを待避させると、土魔法ブレシングアースで足下の土を盛り上げ、穴を埋めるようにしながら地上へ戻った。


「こんなこともあろうかと【安全靴】を履いていて良かった」

「安全靴って、お前……そんなものでどうにかなる勢いじゃ無かったぞ」

「俺もアンタも、これのおかげでどうにかなったから助かったんだけどな」


 俺は安全靴の先で地面を突きながら応える。

 といってもこの安全靴も普通に鉄板を仕込んだものというわけでは無い。


 足下からの攻撃を防ぐため、魔法陣が組み込まれた立派な【魔道具】なのだ。

 でなければあの速度で地面に突っ込んで俺も周りもこんな程度の被害で済むわけがない。

 だが、そんなことを一々説明している暇は無い。


「俺はお前に謝らないといけない……」

「私も……」

「僕もだ」

「……」


 深刻な表情で突然謝罪会を始めようとした【青竜の鱗】に、俺は呆れた声で言った。


「その話は後でゆっくり聞かせてもらう。まぁ、俺はもうどうでもいいんだけどギリウスに頼まれたしな」


 そうして次に――


「でもその前にこのデカブツどもを倒すのが先だ」


 と魔法の杖マジックワンドで【青竜の鱗】の頭の上を指し示した。

 何事かと振り返った彼らは、それを見て悲鳴を上げる。


「キャアッ」

「なっ!?」

「馬鹿な……」


 俺が指さしたのは物理防御フィジカルシールドの外だ。

 そこでは先ほどから三体のオークエンペラーが、何度も近くに倒れている木や自らの拳で物理防御フィジカルシールドを殴り続けていたのである。


「おいおい、いくらなんでも出鱈目すぎるだろ」

「私の知ってる物理防御フィジカルシールドだったら、あんな攻撃を食らえば一瞬で消えるはずだぞ」

「相手はオークエンペラーなんだぞ。それが三体で殴りかかっているのに、全く気がつかなかった」

「あり得ないわ」


 物理防御フィジカルシールドの外で暴れ続け、少し疲労の色が見えてきたオークエンペラーを見上げながら【青竜の鱗】のメンバーは口々に呟いた。

 だが俺としては彼らを助ける仕事は終わったので、そろそろ元凶を壊しに行きたい。


「まだやることがあるんで、さっさと彼奴らを倒したいんだけど」


 俺は魔法の杖マジックワンドを掲げて回復魔法ヒーリング加速魔法クイックを【青竜の鱗】に掛けてやる。


「傷が……」

「今の一瞬でパーティ全員だと」

「あの時もとんでもない強さだって思ったけど、全然本気を出してなかったのね」

「あはははっ、こんなのに嫉妬とかしてたのか……我ながら身の程知らず過ぎるな」


 【青竜の鱗】は回復魔法ヒーリングの効果を確かめるために体を動かしたあと、僅かばかり何か話し合ってから俺の方を向く。


 そして一斉に俺に向かって全員が頭を下げたのだった。


 そういうのはあとにしろって言ったのに――


 俺は呆れつつ、一つ大きな溜息をつくのだった。

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