第22話 フィッシュハンター・ユーリス

「きたきたきたきたーっ!」


 ざぱーん。


 船が揺れ、少し高い波が船体を打つ。

 俺は今、大海原で一本の竿を武器に、海の魚と戦っていた。


『ゴシュジン! あまり力入れすぎるト、また逃げられル』

「わかってる! シショウこそ、今度はしくじらないでくれよ」

『まかせロ、ゴシュジン。シショウ、同じ過ちハ繰り返さなイ』


 俺は力加減と、目の前でしなる竿の曲線の大きさに注意しながらゆっくりとリールを回し、糸をたぐり寄せていく。

 さっきはつい力んで、魚がまだ弱る前に引き寄せすぎて、シショウが掬(すく)い損ねて逃がしてしまった。


 今度は慎重に、ゆっくりと魚との戦いを楽しむように竿を動かしていく。


『見えタ! ゴシュジン、見えタ!』

「こいつはデカいぞ」


 ゆっくりと近づいてくる魚影は、見えるだけでもシショウと同じくらいの大きさで。

 先ほど逃がした魚のことなんて忘れるほどのその大物に、俺たちは二人大興奮だ。


「そろそろいいかな」

『だいぶ弱っているゾ、ゴシュジン。これなら掬えル』


 今まで逃げようと必死に暴れていた魚が、今はゆったりとしたものになっている。

 俺はシショウと頷き合うと、竿を両手で持つ。


「いくぞ」

『ガッテン!』

「いち! にぃ! さんっ!! フィーーーーーーーーーーーーーッシュ!!!」


 俺はかけ声と共に一気に海中から巨大魚をつり上げた。


 ざっっぱーん!


 大きな音をたて、その巨体が遂に俺たちの目の前に現れた。


『で、デカすぎるぞゴシュジン!!』


 船の上で大きめの網を持って右往左往するシショウ。

 確かにシショウの持っている網では、その魚は到底掬えそうに無い。


「ちぃっ、こうなったら!!」


 空中高く放り上げられた巨大魚からは、既に針が外れていて。

 このまま海に落ちれば逃げられてしまうことは確実だった。


「今日の晩飯っ!」

『ゴシュジンッ!』

「逃がすかあっ!! 氷魔法ブレシングフリーズッッ!!!!!」


 俺は竿を放り出すと、目の前の海に向けて氷魔法ブレシングフリーズを放った。


 バキッ。

  バキバキバキッ。


 けたたましい音をたて、船の周りの海面が一気に凍り付いていく。

 しかもかなり離れた場所まで凍り付かせたせいで、周りの気温が一気に急降下する。


「慌てて手加減するの忘れたけど周りに誰も居ないから良し!」


 なるべく他の漁船が来ない場所を選んで置いて本当に良かったと思いつつ俺は空を見上げ――


「あ」

『あ』


 凍った水面ごと船が波に押されて少し移動していたことに俺たちは気がついていなかった。

 上空高く放り投げた魚が、俺たちの真上に落ちてきたのである。


「逃げろっ」

『海に飛び込ムッ』


 バキィッ。


 凍った水面に慌てて飛び降りた直後、背後の船はその船の半分以上もある魚の巨体によって粉々に砕かれてしまった。


「ああっ、せっかく高い金だして買った俺のエリーゼちゃんがぁぁ」

『ゴシュジン……エリーゼは死んだ。もう居なイ』


 氷の上に残ったのは無残な木片と化したエリーゼ(船)と、空高くからそれに叩き付けられ、完全に動かなくなった巨大魚だけであった。


『ゴシュジン、港にもどろウ』

「……そうだな。一応この魚とエリーゼは収納魔道具マジックバッグに仕舞っておこう。帰ったら修理する」


 巨大魚と船の残骸を収納した俺は、シショウと共にかなりの範囲を氷にしてしまった海面を歩いた。

 そしてその端まで歩くと、もう一度氷魔法ブレシングフリーズを海面に向けて放つ。


『何をする気ダ、ゴシュジン』

「船が壊れたからな。とりあえず陸までいける代わりのものを作ろうと思って」


 今度は力加減を間違わないぞと意識を集中させ、俺は海面に氷魔法ブレシングフリーズを使って氷の小舟を作り上げた。

 陽の光を反射して光る船は思ったより綺麗で、適当に作った不格好さは別として、なかなか上手く出来たと思う。


『凄いなゴシュジン。これなら船とか直さなくて良いんじゃナいカ?』

「そう思うだろ……でもな」


 俺はヒョイッと氷の船に乗り込んでシショウに手を差し出す。

 シショウの肉球が差し出されたのを掴むと、そのまま船の上に引き上げた。

 途端――


『つ、冷たイゾ、ゴシュジン!』

「だろ」

『それに寒イ』

「氷だからな。あと、急がないと溶ける」


 俺は水魔法ブレシングウォーターを使って水を操って船を岸に向けて走らせながらそう告げた。

 寒い地方であればそれなりに持つだろうが、どちらかと言えば陽が降り注ぐ温暖なこの地域では水温も高くそう長くは氷の船は持たないのだ。


「ほら見て見ろ。さっき俺が固めた水面もずいぶん溶けてしまっているだろ」

『笑ってる場合じゃないゾ、ゴシュジン! シショウ、泳げなイ』


 そう震える声で抱きついてきたシショウを抱き上げる。

 可哀相に足の肉球はかなり冷たくなっていた。


 その肉球を温めるようにぷにぷにしながら俺は呟く。


「やっぱり靴くらいは作ってやらないとな」


 そんなことを考えながらも水魔法ブレシングウォーターを何度か発動させ、急いで船を走らせた。

 向かう先は、今俺たちが住んでいる漁師町『ナーント』。


 そして俺は今、その町でハンターを――魚を狙うハンターである漁師をしていたのであった。


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