第21話 【刺し身と急報】
「今更だな」
バゴンの告白は結局彼ら自身が自らの侵した罪を聞いて欲しいというだけのことだ。
そもそも、その話を聞いて、許すか許さないかを決める男はもうこの町には居ない。
「フェリス。俺とこいつの分の一番強い奴をくれないか」
「……わかった」
暫くして、少し落ち着きを取り戻した俺は、フェリスに頼んでバゴンの分と二つ、少し強めの酒を出して貰った。
喉を焼けるような熱さが通り抜ける度、何かが一緒に流れ落ちていくようで。
無言で酒を飲む。
こいつらがしたことは許せない。
だけど、多分人との付き合いを嫌っていたユーリスのことだ、いずれ同じような結果になっていたかも知れない。
ユーリスが追放される前にも、門兵である俺は出入りするハンターの愚痴を何度も聞いていた。
誰とも連まず、たった一人で延々とザコ狩りを続けるハンター。
本来ハンターなんていう危険な職業に就く者たちは、誰も彼もが上を目指す。
Aランクを超え、Sランクまで到達したハンターともなれば一生遊んで暮らせるだけの金と名誉を手に入れることが出来るチャンスが与えられる。
バゴンたち【青竜の鱗】も、何年か前にこの国の南部にある大河で暴れていた若いブルードラゴン討伐の依頼を受け――
その戦いの中で8人居たメンバーのうちの3人を失い、代わりにブルードラゴンの鱗を報酬として授かったのだった。
予想外の死闘と、メンバーを失ったことに打ちのめされたバゴンたちだったが、彼らはハンター以外の生き方を知らなかった。
幸いブルードラゴン討伐で得た報酬はかなりのもので、地方都市なら十分に一生暮らせるだけのものはあった。
なので彼らはパーティーネームを【青竜の鱗】に変え、この辺境の町でハンター人生の余生を送ることにしたという。
結局彼らはそこでも【挑戦すること】ではなく【逃げること】を選んでしまっていたわけだ。
「アンタ、ユーリスが今何してるか知ってるかい?」
「いや……何も聞いてないな。俺に聞く権利もないだろうしな」
「聞きたくなかっただけだろ。アンタたちは【弱い】もんな」
俺は酒臭い息を大きく吐き出すと、フェリスに「例の奴、届いてるんだろう? こいつに出してやってくれ」と告げた。
フェリスは無言で頷くとオヤジさんとともに奥の厨房に入っていき、暫くして皿をふたつ持ってきた。
「はいよ。今朝届いたばかりのやつだよ」
「これは一体なんだ……」
バゴンは目の前に置かれた皿の上にある、見たことも無いものを指さし尋ねた。
たしかに見た目だけじゃこれが何かはわからないだろう。
なんせ、この辺りじゃこんなものをこんなふうにして食べる風習なんて無いのだから。
「これはな。お前が追い出したユーリスが送ってきたもんだよ」
「ユーリスが?」
「ああ。刺身って言ってな。海の魚を生のまま、身を小さく切ったもんだ」
「刺身? それでこれをどうするんだ。一枚一枚焼くのか?」
「いや、これはな――」
俺はフェリスから小さな皿を受け取る。
その中には真っ黒な液体が注がれていた。
俺は一旦小皿をカウンターに置くと、フォークを使って刺身を一枚突き刺して小皿の液体に少し浸ける。
「こうやって、この醤油とかいうやつに浸けて喰うんだ」
そして一気に口の中に放り込んだ。
始めてこれを口にした時は『ユーリスのやろう、おかしなものを喰わせやがって!』と思ったものだが、今では酒と一緒に食べるのが楽しみになっていた。
「焼かなくて大丈夫なのか。川の魚は生で食うとあとで死ぬほど後悔するくらい腹が痛くなると聞いたぞ」
「ああ大丈夫だ。これは【海の魚】だからな」
「海……海だと」
「そうだ、海だ」
「しかし海なんてこの町から一番近い漁港でも一月以上掛かる距離だぞ。干物とかいう乾かした魚しか持って来れないはずでは……」
驚くバゴンの目の前に、俺は懐から小さな袋を取り出して置く。
「これだよ」
「小袋?」
「これはな。あんたたちが追い出したユーリスが作った
「なん……だと……これが
「そうだよ。まぁ、これは一回こっきりしか使えない使い捨て
ユーリスはこの使い捨て
その中身は様々だったが、いつも一つは彼が作った魚料理が入っているのである。
なので今では俺やフェリス親子はそれを楽しみにするようになっていた。
俺はあの日、ユーリスから聞いた話をバゴンにしてやる。
話を聞いている間、くるくると変わるバゴンの表情に俺は思わず吹き出してしまい、なかなか話が進まなかったが。
「まさかアイツがそこまでの男だったなんて……俺は……俺たちは……」
俺はそのバゴンの姿を少しだけ哀れに思った。
だから、つい慰めになるようなことを言ってしまった。
「まぁ、それでユーリスは今、その遠い海の町で――」
もう一口、刺身を口に放り込んだ俺は、バゴスにユーリスが今何をしているのかを教えてやることにした。
だが、その続きを俺は口にすることが出来なかった。
なぜなら突然フェリスの店の扉が壊れそうな勢いで開かれたからである。
「なんだ!?」
「お前たち……そんな血相を変えて、何があった!」
振り返った俺とバゴンの前に現れたのは四人の男女――【青竜の鱗】のメンバーだったのである。
そして彼らは口々に叫ぶようにバゴンに向けて予想外の言葉を放った。
「バゴン、大変だ!! スタンピードが起こりやがった!!!」
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