第20話 【嫉妬と後悔の懺悔、そして】

「どういう意味だ?」


 突然頭を下げ、謝罪を口にしたバゴンに俺たちは当然のごとく困惑した。


「ユーリスのことだ。俺はアイツを守れなかった」


 ガタッ!


「何ふざけたこと言ってんだお前っ!」


 バゴンの言葉に、俺は思わずそう叫んで椅子から降りるとその胸ぐらを掴んだ。


「そもそもお前がユーリスのことをクビにしなけりゃあんなことにはならなかっただろうが!」

「店に来てた連中も、ユーリスがアンタに迷惑を掛けたから追放されて当然だって言ってたね」


 追い打ちを掛けるフェリスの言葉に、バゴンはゆっくりと口を開く。


「……俺は……嫉妬してしまったんだ……」

「嫉妬?」

「ああ。あのユーリスという、誰もがFランクから昇格も出来ないザコ専だと馬鹿にしていた男にだ」


 バゴンは苦渋に満ちた表情で告白する。

 それはこの町のハンターギルドで一番信頼を置かれている男の、本音だった。


「あの日、俺たち【青竜の鱗】はギルマスの頼みもあってあの男にパーティを組んでの仕事の仕方を教えることになった


 同じように新人教育を任されることは今まで何度かあった。

 なのでバゴンも気軽にその話を受けた。

 受けてしまった。


 たとえ万年Fランクでソロプレイしかしてこなかったハンターでも、一端に育てることが出来ると自負していた。

 それは彼も、彼のパーティメンバーも同じで。


 その時もいつものように、数日泊まりがけでそれほど難易度の高くない森から山、そしてダンジョン上層部を巡るコースを選んだという。


 最初こそ順調に進んでいた彼らだったが、問題が起きたのは三日目のことだった。

 その日、森より少し高ランクの魔物が出現する山を、翌日に入る予定のダンジョンへ向けて進んでいた時だ。


「ユーリスが突然俺たちに向けて『ここから先はもう少し慎重に進んだ方が良い』って言ったんだ」


 もちろんバゴンたちはFランクのザコ専の言葉なんてまともに取り合わなかった。

 それでも何かあるといけないと気を引き締め直し、警戒だけは強めたのは彼らがベテランであるがゆえだったのだろう。


「本来なら居てもDランクの魔物程度の場所でな。奇襲を受けても俺たち【青竜の鱗】なら簡単に対処出来ると思っていた」


 だがユーリスの言葉は当たっていた。

 その道を暫く先に進むと大きな岩がある場所があり、ハンターたちはその場所を休憩所にすることが多かった。

 それはその近くは見通しが良く、魔素も比較的薄いために高ランクの魔物がほとんど寄りつかない場所だからでもある。


「いつもの休憩場所にたどり着くってことで油断したんだろうな」


 知らずに少し足を速めた【青竜の鱗】が大岩にたどり着こうとしたその時だった。

 突然、大岩の陰からこんな所に居るはずの無いAランクの魔物であるキメラが現れたのだという。


 キメラにはいくつかの種類があるが、その時現れたキメラは獅子の体に翼が生え、尾が蛇となった化け物だった。

 突然岩の上から躍り出たキメラの初撃を、それでも防ぐことが出来たのは【青竜の鱗】が熟練のハンター集団だったからだろう。


「最初こそ混乱したが、俺たちも何度も修羅場を乗り越えてきた仲間だ。時間は掛かるし負傷もするだろうが、キメラと戦った経験も何度かある」


 だからユーリスというFランクの役立たずのお荷物を守りながらでも対処出来ると、その時の彼らは思ったらしい。

 だが、現実はそう簡単にいかなかった。


「岩の陰からもう1匹現れやがったんだよ……キメラが。多分ツガイだったんだと思うが」


 さすがの【青竜の鱗】でも、二体のキメラ相手にユーリスを守りながら戦う余裕は無かった。

 バゴンはとっさの判断でユーリスに向け『命令だ、逃げろ! 逃げて応援を呼んでくるんだ!』と叫んだ。


 もちろん今からハンターギルドに応援を呼びに行っても無駄なことは承知している。

 それでも役立たずを気遣いながら戦うよりはまだ勝算があると思ったのだ。


 それでもAランク魔物二体と同時に戦うのは、Aランクパーティの【青竜の鱗】であろうとも命がけだ。

 彼らはその【青竜の鱗】という名前の由来である青竜の鱗から取った素材をつかった盾で必死に守りながらカウンターを狙う戦いを続けた。


 しかし、それでもどんどん失われていく体力と魔力。

 代わりに増えていく傷と疲労に、次第に劣勢になっていく。


 一同の中に諦めの空気が漂った瞬間、突然飛び上がったキメラの一体が、前衛の二人を飛び越えて後衛の三人に襲いかかったのだ。


「その時だよ。いきなり後ろから見たことが無い位の馬鹿でかい火の玉が飛んできたのは」


 飛び上がり、襲いかかろうとしたキメラは油断していたのだろう。

 突然自分めがけて飛んできたその火球の直撃を喰らってしまう。


「キメラって魔物は魔法耐性がべらぼうに高い。だから俺たちも魔法はほとんど補助にしか使えなかった。なのに――」


 驚いて後ろを振り返った彼らが見たのは、燃えながら火を消そうと地面を転がるキメラに向かって、もう一度火魔法ブレシングティンダーを放とうとしている、逃がしたはずのユーリスの姿だった。


 そこからの戦いは一方的だった。

 二発の火魔法ブレシングティンダーを受けて絶命した仲間の姿を見たもう一体のキメラは、戦いで傷ついていたこともあるのだろう。

 慌てて岩場に飛び乗ると、その岩を盾にして逃げていってしまった。


「あの時、俺は……俺たちは間違った選択をしちまったんだ」

「何を間違ったんだよ」

「本当なら素直にユーリスにみんなでお礼を言うべきだったんだ。だが、俺たちはユーリスを何故命令を聞かなかったんだと叱ってしまった」


 自分たちだけでもキメラは倒せたというプライドもあった。

 だがそれ以上に、本来なら自分たちが守るはずのFランクハンターに逆に助けられたという負い目の方が大きかった。


「そのあとは知っての通り、俺たちは早々に町へ戻ることにした。その間、アイツは一言も喋らなかった。そして俺たちもだ」


 みんなわかっていた。

 ユーリスに助けられたことも、そんな彼に醜い嫉妬をぶつけてしまったことも。


「本当ならその全てをギルドの皆に伝えるべきだったんだ。なのに俺は……俺たちは自分たちのみみっちいプライドを守るために何も言えなかった」


 それどころかユーリスが一方的に悪いという空気を造り出してしまい、結果ギルドに溜まっていた鬱憤が爆発してユーリスの追放が決議されてしまった。


 前日の会議では、一番の被害者と思われていたバゴンが唯一追放反対派に廻ったが時既に遅し。

 そして今日までずっと彼ら【青竜の鱗】は後悔と懺悔の日々を送ってきたらしい。


「最近のギルドの雰囲気は知っている……そしてそのせいでこの店やギリウスに苦しい思いをさせていることも」

「だから謝りに来たってか。今更だな」


 俺はそう吐き捨てると、もう一度カウンターの椅子に座り直す。

 そして呟いた。


「やっぱりアイツは――俺の友達はトンデモねぇ奴だったんだな」


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