第19話 【嵐の前】
アイツがこの町を出て行って一月ほど経っただろうか。
あれから変わったことと言えば、町の周りのザコ魔物が少し増えたくらい。
ハンターギルドのやつらは口々に『ザコ狩りが居なくなってくれたおかげだ』と言って、戦闘経験を積ませるために新人を送り込んでいた。
しかし、最初の頃はユーリスが狩らなくなった分のザコ魔物を相手にして帰ってきていた彼らが、ある日から帰ってこないという話を聞くようになった。
どうやらザコ魔物が増えたダンジョン近くの森の中に、ザコ魔物以外にCランク以上の魔物が時折現れるようになったらしい。
パーティメンバーを置いて命からがら逃げてきた新人ハンターの報告を受けて、ハンターギルドは急遽大規模討伐を行った。
結果、Cランク魔物のマウンテンボアやイビルスネーク。
驚いたことにBランク魔物のハイオークまで森の中に潜んでいたというのだ。
とは言っても二組のAランクパーティを含めたハンターギルドの討伐隊には敵では無く。
彼らは思わぬ大物の収穫に沸き立っていた。
なんせBランク以上の魔物の素材は高く売れる。
犠牲になった新人ハンターのことも忘れ、彼らは降って湧いた幸運だと騒いでいた。
そして口々に言うのだ。
『疫病神のザコ狩りが居なくなったおかげだな』
と。
俺はそんな話を酒場で大声で話すハンターと幾度も喧嘩になった。
おかげで今じゃ町の酒場は、フェリスの店を除いてほとんど出入り禁止になった。
でも後悔はしてねぇ。
俺は『友達の悪口』を黙って聞いていられるほど馬鹿じゃ無いからだ。
ただそれでも俺はこの町を守る兵士の一人だ。
仕事中は唇をかみしめ、拳を握り我慢する必要があることくらいはわかっている。
「いらっしゃい」
俺は今日も癒やしを求めてフェリスの店へやって来た。
店に入るとフェリスの可愛らしい声と笑顔に出迎えられる。
それだけで俺の心の中のモヤモヤがゆっくり晴れていく。
結局俺も友情より愛情を取るのかと思わなくも無いが、それはそれこれはこれというやつだ。
なんせ俺はその友人と『フェリスとの結婚式に呼ぶ』と約束をしてしまったのだから。
俺は少し浮れつつ、最近の俺の指定席であるカウンターへ向かう。
少し前まではこの時間になるとかなりの席が埋まっていた店内。
だが今日は俺しか客はいなかった。
なぜならフェリスのオヤジさんが、店内でユーリスのことを悪く言ってるやつを見つけては、片っ端から外へ放り出し続けていたからだ。
おかげで今はこの店の味を心底愛する常連客と、何も知らない若手ハンターくらいしかやってこなくなっていた。
融通の気か無さは俺とどっこいどっこいだなと前に親父さんと笑い合ったこともある。
「フェリスちゃんの顔を見ないと一日が終わらないからな」
俺はカウンターに着くと「いつもの」と告げ、厨房に入っていくフェリスの尻を見ながら溜息をつく。
あの日、ユーリスに『告白する』と言ってから、結局俺は今になっても彼女に告白することが出来ないで居たからだ。
「はぁ……勇気が欲しい」
ガチャッ。
ちりーん。
そんな溜息をついていた俺の耳にドアベルの音が聞こえ、新たな来客を知らせた。
今、この店にやってくるのはほとんどが顔見知りだ。
だから俺はいつものように挨拶をしようと振り返った。
「……お前……」
だが、そこにいた男は俺が最近会いたくない奴のうちの一人で。
「お前は門兵の――。そうか、お前はユーリスと仲が良かったからな」
「何か用か? ハンターギルドの人間ならこの店がどういう店か知ってるはずだよな?」
「……」
その男は筋肉質な巨躯を揺らして俺の側まで歩いてきて、そして何故か俺の横に座った。
「おい、見ての通り店の中はお前らのおかげでガラッガラなんだぜ。こんな所じゃ無く好きな所に座れよ」
「……」
「なんとか言えよ」
俺は横を向き、カウンターに拳を叩き付けた。
ドンッ!
「な、何かあったのギリウス!?」
「またもめ事か?」
その男に驚いたのか、奥からフェリスとオヤジさんが顔を出し、そしてカウンターを見て固まった。
「あんた……バゴン」
そう。
今俺の横で俯いたまま筋肉質な巨体で小さなカウンターの椅子に座ってるその男。
ハンターギルド所属【青竜の鱗】のパーティリーダーであるバゴンは、ゆっくりと顔をあげ――――
「……すまなかった……」
そう口にしてもう一度俺たちに頭を下げたのだった。
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