第18話 それぞれの一歩

「そろそろ行くわ」

「おう……寂しくなるな」


 門の外まで見送りに来てくれたギリウスは「一度くらいはフェリスの店で一緒に飲みたかったぜ」と言った。


「俺もだよ。本当は近いうちに誘うつもりだったんだが……その……友達として」

「何照れてんだよ」

「い、いや。友達とか勝手に言っちゃったからさ」

「は?」


 可笑しなことを聞いたと言わんばかりの表情のギリウスに、俺はやはり友達なんてこっちの勝手な思い込みだよなと後悔した。

 だが、そんな俺の肩にギリウスは突然腕を回して引き寄せると――


「何言ってんだよ。俺たちはとっくに友達じゃねーか」


 そう言って笑った。


「えっ……いいのか?」

「いいも何も。もしかして嫌なのか?」

「嫌なわけ無い……けど」

「けど?」

「俺、今まで人の友達って一人も居なかったから。よくわからなくて」


 目線を合わすことも出来ず、地面を見つめながらそう答えた俺の背中を、ギリウスはドンッと力一杯叩いた。


「げほっ。痛いじゃ無いか」

「人付き合いが下手だ下手だと思ってたけど、そこまで下手だとはさすがに思わなかったぜ」

「しかたないだろ……生まれも育ちも爺さん婆さんしか居ない山奥の村だったんだから」

「でももう出て来て五年だろ。ここに来る前にも別の所で二年暮らしてたんだから人との付き合いも少しは……」


 ギリウスはそこまで言いかけて、いったん口を閉じた。

 俺の表情から何かを察してくれたのだろう。

 この男はガサツで大雑把に見えるが、本当はとても人の心を察することが出来るのを俺はよく知っている。

 だから生まれて初めて友達になれると思ったのだ。


「まぁ、いいや。とりあえずユーリス。お前時々で良いから手紙をくれよ」

「手紙? そんなもの書いたことないぞ」

「いいんだよ。こことは違う町についた時とかさ。新しく住む場所が出来たら教えてくれるだけでもかまわねぇ」


 ギリウスは自分への宛先を書いた紙を俺の手に握り混ませる。


「お前への連絡先さえわかってれば、俺とフェリスちゃんの結婚が決まったら教えられるだろ」


 そう笑いながら言った。


「告白もまだなくせに」

「こ、これからするんだよ。俺の感触だと100%オッケーもらえると思うんだよね」

「たいした自信だな。でも、うん……わかった。新しく住む場所が決まったら手紙送るよ」

「おう。その時は返事にフェリスちゃんとのラブラブな様子を書いてやっからな」

「それは要らない」


 不満そうな顔をするギリウスに、俺は笑いながら小さな袋を手渡した。


「これは?」

「ああ、結婚の前祝い」

「意味わかんねぇ。中に何が入ってるんだ」


 ギリウスは袋の蓋を開けようとする。

 俺は慌てて彼の手を押さえて止めると、その袋がなんなのか説明することにした。


「それは一回だけ出し入れ出来る使い捨ての収納魔道具マジックバッグだ」

「これもお前が作ったのか?」

「ああ。普通の収納魔道具マジックバッグだと強盗に常に狙われる可能性があるだろ? だけどこれなら一回こっきりだから、盗んでも使い道が無いから盗まれにくいと思ってさ。あと見ての通り小さいから目立たない」


 俺は自分の肩に掛かっている収納魔道具マジックバッグと袋を交互に指さしながら言った。


「普通の収納魔道具マジックバッグは、これ以上まだ小さくは出来ないからさ。そのうち王都の図書館とかで勉強して小型化するつもりだけど」

「たしかに今出回ってる収納魔道具マジックバッグは結構目立つからな。それにしても……」


 ギリウスはその使い捨て収納魔道具マジックバッグを指でつまみ上げ「この中には何が入ってるんだ?」と尋ねた。


「その中には、俺が今までギルドに渡さなかった魔物の素材が入ってるのさ。なかなか綺麗な素材はとれないから数は少ないけど」


 なんせ、ゴブリン狩りの邪魔をされると、つい力の加減が出来なくて消し炭にしてしまうわけで。

 そうすると素材は何一つ取れない状態になってしまうのだ。


「俺はもうこの町のギルドからは依頼も受けられないし、多分素材の買い取りもしてもらえないから。それ全部ギリウスにやるよ」

「いいのか?」

「言ったろ。前祝いだって。それを換金した金でフェリスちゃんをデートに誘えば良いさ」

「ユーリス……ありがとうな」

「と、友達だからな」


 俺は少し赤くなった顔を背けながらそう言った。

 そして、顔を背けた方向の道の先にシショウの姿を見つけた。


「もう行かなきゃ」

「ああ。連絡先はわすれずに送ってくれよ」

「約束する……忘れてなけりゃな」


 俺はそう答えると肩に掛けた収納魔道具マジックバッグの肩紐を直す。


「もう会うことは無いかも知れないけど」

「そんなこと言うなよ。俺とフェリスちゃんの結婚式には友人代表で出て貰わないといけねぇんだからさ」

「ははっ。スピーチの練習をしておかなきゃな」

「それまでに人付き合いをもう少し上手く出来るようにしておけよ」

「ああ、努力はしてみる」


 そう笑い合って、俺たちは固く握手を交わした。


「さよならだ」

「元気で」


 最後はそれぞれ一言ずつ言葉を交わし。


 俺は次に暮らす場所への道を。


 ギリウスは自らが守る町へと。

 

 それぞれの一歩を踏み出したのだった。 

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