第15話 ギリウスとの出会い

「ユーリス……」


 町門に向かうと、いつもは無駄に明るいギリウスに、暗い声で出迎えられた。

 どうやら彼にはもう俺の話が伝わっているらしい。


「ギリウス、ちょっと良いかな?」


 俺はいつもと同じように、ギリウスに手を上げるとそう言った。


「ああ、ちょっと待っててくれ。少し休憩を貰ってくる」


 ギリウスはそう告げると、近くに居た同僚に何やら話しかけてから門の横にある詰め所に向かった。

 暫くして別の門兵と共にやってきたギリウスは、その門兵にあとを任せると俺の方へ早足にやって来る。


「待たせたな。少しの間だけアイツに代わって貰った。その代わり今度昼飯奢るはめになっちまったぜ」


 努めて明るい声を出しながら、ギリウスは俺の肩に手を回して門から少し離れた場所へ連れて行く。

 そこは門兵がサボる時によく使っている場所らしく、少し建物の陰になっていて周りからは見られにくい場所なのだそうだ。


「もう聞いているんだろう?」


 そう尋ねると、ギリウスは頷いて「ああ。馬鹿げた話だ。ギルドの連中は自分たちをなんだと思ってやがるんだか」と毒づいた。

 俺のためにこの男は怒ってくれている。

 それだけで胸の中に何かじんわりと熱いものがこみ上げてきて。


「しかたないさ。俺にも悪い所はあったんだ……多分」


 それを誤魔化すためにわざと明るい声音でそう口にする。


「……たしかにお前はわかりにくい奴だとは思うぜ。なんつーか初めて会った時から全く懐かない猫を相手にしてるような気分だったしな」

「俺は犬派なんだが」

「そういう意味じゃねーよ」


 どんっ。


 ギリウスは俯いて俺の胸に軽く拳をぶつけてきた。

 全然力のこもってないそれに、俺は苦笑いをするしか無くて。


「何時だったかな。お前がそんなに悪い奴じゃ無いって思ったのは――……そうだ、あの時だ」



★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇



 この町に来て一年過ぎた頃。


 その日ギリウスは夜勤を終え、一旦家に帰って一眠りしてから飯を食いに繁華街へ向かった。

 少し寝過ぎたギリウスは、近道をするために滅多に通らない裏通りの近道を急いだ。

 あまり遅くなると、昼過ぎの出勤時間に間に合わなくなるからだ。


「ん? 泣き声?」


 狭い路地を、無造作に置かれたものを避けながら進んでいると、どこからか子供の小さな悲鳴聞こえたような気がした。

 どうやら少し進んだ角の先かと判断したギリウスは、町を守る門兵として見逃せないと急いでそこへ向かった。


 急ぎすぎて転げそうになりながら角を曲がったギリウスの目に飛び込んできたのは、地面に倒れている二人の男とその傍らにしゃがみ込んだ人物。

 そして、その人物の陰から聞こえる子供の泣き声だった。


「おい、お前! そこで何をしている!」


 ギリウスは何か事件性を感じて、そう声を掛けた。

 その子供の側にしゃがみ込んでいた人物がユーリスだったのである。


「ああ、門兵の……誰だっけ?」

「お前、ハンターのユーリスだな。俺の名前はギリウスだって前に教えなかったか?」

「人の名前と顔を覚えるのは苦手なんだ」


 そう答えたユーリスは、すぐにギリウスから視線を目の前の子供に向ける。

 そして泣きじゃくる子供の頭をぽんぽんと軽く叩くと「大丈夫だ。怪我も俺がすぐに治してやる」と言って、そのまま子供の頭に手を置いた。


「おい」

「子供が怖がるから静かに」

「お、おう。すまない」

「じゃあ治してやるからな。回復魔法ヒーリング


 ユーリスがそう魔法の言葉を口にすると、子供の体が薄い緑色の光に包まれ、そして光は一瞬で消えた。

 まさかアレは回復魔法なのか。

 ギリウスはそれまでユーリスが魔法を使えるなんて知らなかった。

 使えたとしても生活魔法程度だと思っていたのだ。


「よし、これでもうどこも痛くないだろ」

「……うん、痛く……無い……怖かったよぉぉ」


 怪我が消え痛みが泣くなり、少し泣き止んでいた子供だったが、また泣き出してしまった。

 ユーリスが頭を撫でても泣き止みそうに泣く。


「あとは門兵さん……えっと……」

「ギリウスだよ。覚えろ」

「ああ、ギリウスさん。こいつらとこの子を頼むよ」


 ユーリスが言うには、近くを歩いていたら子供の悲鳴が聞こえた気がして、この路地に入ったらしい。

 そうしたら、二人組の男がこの子を押さえ込んで袋に入れようとしていた所に出くわした。

 ひと目見て合意の上での行動では無いと判断した彼は、二人を倒し子供を救ったという。


 ザコ専であんまり強そうに見えないと思ってたけど、やはりユリウスもハンターだ。

 町のチンピラごときは相手ではないのだろう。

 いや、あの回復魔法ヒーリングを見る限り、もしかしたらこいつは本当は――。


「それじゃあ俺のことはナイショで。一応こいつらには顔は見られてないから全部アンタがやったことにしといてくれ」

「何故だ? 人攫いを未然に防いだってことなら金一封ももらえるはずだが」

「そんなものもらったら目立ってしまうだろ。俺はひとりで目立たず暮らしていきたいんだ」


 ユーリスはそれだけ告げると、ギリウスの返事も待たずに路地裏を飛び出して行ってしまった。


 結局その後ギリウスは、ユーリスの願い通り彼の存在だけを伏せて、子供が暴れたせいでゴロツキどもは勝手に転けて自爆した所に自分が駆けつけたのだと報告したのだった。


★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇★◇


「そんなこともあったか」

「あったんだよ。まぁそれからも半年くらいはお前、俺が声かけても素っ気なかったけどな」

「……それは謝る」

「まぁ、良いけどよ。それでユーリス。お前今日はもしかして別れの挨拶に来たのか?」

「そうだ。短い間だったけどギリウスには世話になったと思ってる」


 俺はそう言うと収納魔道具マジックバッグからギリウスのために用意した餞別の品を取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る