第10話 マヨソース入りサンドパン
腕を組んで本格的な思考状態に入ったシショウを横目に俺は今日の料理の準備に入る。
「とりあえず皿は一旦回収しておくか。
俺は地面から皿を持ち上げると
代わりに
そして次にいくつかの調理器具や皿をテーブルの上に取り出す。
「まな板とフライパン、コンロ。後は調理用ナイフっと」
今日作る料理は、村で何度か食べたことがある『サンドパン』という簡単な料理だ。
どれだけ簡単かといえば、味付けしたりドレッシングを掛けたりした好きな具材を、二枚の食パンで挟むだけという簡単さである。
挟むものを少なくして、水気の少ないおかずの残り物でもはさめばそれで完成である。
とは言っても今日はそこまで簡単にするつもりは無い。
今日は目玉焼きとベーコン、そしてフェリスの店で買った野菜を切り刻んだものをマヨソースで和えたものを挟んで作ることにしている。
村で食べたものはマヨソースと似ているが、もう少し酸味が強く粘り気も少ないドレッシングだった。
子供心に強めの酸味は苦手に思ったし、今までの経験上ではシショウもあまり好まない味だと思う。
なのでマヨソースを手に入れたらドレッシングをマヨソースに変えて一度作ってみたかったのである。
テーブルの上に、これもフェリスの店から買った卵とベーコンブロックを準備し、他にもバターと塩コショウなどの調味料も取り出す。
これらの調味料もすべて
それなりに値の張る物も多かったが、趣味にはお金を掛けるべきという隣家の爺さんの言葉を信じて無理をしてでも買いそろえることにしている。
結果的に俺は、討伐報酬のほとんどを食材や器具を買うために使ってしまうことになったのだが後悔はしていない。
常に一人で行動してきた俺にとって、食べ物は唯一の楽しみとも言えるものだからだ。
「まずはベーコンを薄く二枚ほど切り出してっと」
ナイフでまな板の上に置いたベーコンブロックを切り、二枚のベーコンを一旦皿の上に置く。
ベーコンブロックを
「町の農家直送野菜は新鮮さが違うよなぁ。他の店だと少し日の経った在庫を渡されるんだけど」
生で食べるには少し躊躇してしまうくらいの物を渡された経験もある。
その点フェリスの店は絶対にそんな品質の野菜は出さない優良店であった。
まぁ、店自体が人気店で、悪くなるまで野菜が保存されることが無いからという理由もあるだろうけど。
そんなフェリスに頼んだのは、生で食べても美味しいキャベという葉食物とイコンという根菜だ。
イコンは少し苦味はあるが、胃腸の消化を助けてくれる食材として人気だったりもする。
一応新鮮なのは間違いないが、
大抵は
俺は取り出した野菜を順番にナイフで細かく千切りにする。
サク。
サクサク。
サクサクサク。
リズムよく必要な分だけ用意すると、
そして少し大きめのお椀を取り出し、切った野菜を入れて塩コショウと、マヨソースを入れて混ぜてしばらく置いておく。
切り立てのシャキシャキな野菜も美味しいが、俺はサンドパンに挟むのは少し置いてしんなり味が染みこんだ方が好みなのだ。
「野菜の方はこれでいいな。次は――」
テーブルの上に置いたコンロに、俺は魔力を流し込む。
このコンロも俺が手作りした魔道具で、魔力を炎へと変えて使用する調理器具だ。
ボッという軽い音と共に火がついたのを確認してから、俺はフライパンをその火に掛けた。
ある程度フライパンが暖まったらバターを一欠片入れて、フライパンを揺らし溶けたバターを全面に広げる。
「良い香りだ。次はベーコンを軽く両面焼いてから卵だな」
ベーコンの焼けるいい匂いが鼻をくすぐった。
バターのおかげでベーコンから美味しいエキスがしみ出していくのを感じる。
次に俺は片手で卵を握ると、フライパンの角に一度ぶつけて殻にヒビを入れ、黄身を割らないようにベーコンの上に落とす。
じゅーっという心躍る音を聞きながら、
そして
「待ってる間にパンの上に野菜を並べて」
そしてそのうちの一枚の上に先ほど鉢の中で混ぜ合わせ、少ししんなりした野菜を敷いていく。
「ふんふんふーん」
野菜とパンの準備が終わった所で俺は鼻歌を歌いながらコンロの火を消す。
そして一分ほど待ってからフライパンの蓋を開けた。
「良い感じに焼けてるな。完璧だ」
もわっと水蒸気が吹き上がった後に残ってるのは、ベーコンの上でちょうど良く半熟まで焼き蒸しされた目玉焼きだ。
卵は本来なら確実に火を通さないと危険らしいが、俺の
「これをパンの上に乗せて、もう一つのパンで挟んで……そいやっ」
二枚のパンで挟んだサンドパンをナイフで真ん中から真っ二つに切る。
そして直ぐにその断面を上にするように皿の上に移動させた。
すると、切った断面から半熟卵の黄身がじんわりと溶け出し、パンにゆっくりと吸い込まれていく。
「ほい、ユーリス特製半熟卵サンドパン完成っと」
俺は皿を持ち上げて、料理の出来を確認する。
ベーコンの良い香りと、ゆっくりと垂れる卵の黄身が食欲をそそる完璧な出来だ。
「よし、犬も一緒に食べ――……はっ」
料理に夢中になりすぎて、俺は犬――シショウのことを半分忘れていたことに気がついた。
それというのもシショウ自身が少し考えをまとめる時間が欲しいと言って腕を組んでからずっと何の反応も無かったせいもある。
「シショウ?」
俺は斜め後ろにいるはずのシショウをゆっくり振り向いた。
するとそこには先ほどまでと全く変わらない格好で腕を組んだシショウの姿が……。
「もしかして寝てる?」
こっくり。
こっくり。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
腕を組んだままシショウが涎を垂らしながら右へ左へゆっくりと揺れて。
そしてそのまま――
バタリ。
前のめりに地面に倒れ、目が覚めたのか慌てて頭を振って立ち上がるシショウ。
『んア……ゴシュジン、ご飯の時間カ?』
顔を草まみれにしながら、俺の持つ皿を見て、シショウが目を燦めかせる。
「……おはようシショウ。確かに飯は出来たけど、シショウも話すことはまとまったのか?」
『???』
俺の問いかけに、可愛らしく首を傾げたシショウは頭の上にはてなマークを並べる。
どうやら考えている最中に居眠りをして、そのまま何を考えていたのか忘れたらしい。
「……まぁ話はあとにしてとりあえず飯にしようか」
『ご飯! ゴシュジンのご飯! 食ウ!』
俺の周りをまた犬のように四足歩行に戻ったシショウが駆け回る。
おれはその頭をガシッと掴むと、土の混じった草に塗れたシショウに
「今日は貴重なマヨソースを使ったサンドパンだ」
尻尾を激しく降り、口から涎を垂らすシショウの前にサンドパンを乗せた皿を置く。
『わふんっ! いただきマスなのだゴシュジン』
いただきますという言葉はきっと俺を見て覚えたのだろう。
一心不乱に食べ始めたシショウの姿を見ながら俺はその場にしゃがみ込む。
『このっ、ベーコンに絡むように溶け出した卵のドロドロ感ッ! うマッ!』
口の横に半熟卵とマヨソースを付けて勢いよく食べるシショウ。
その幸せそうな頭に俺は思わず手を伸ばしかけ止めた。
犬はご飯食べてる時に手を出されるのを嫌がると聞いたことがあるからだ。
俺は立ち上がると、一度だけシショウを見下ろし、自分の作った料理を夢中に食べてくれている姿に満足しながらコンロに
「さて、俺の分も作るか」
そうして俺はさっそくバターをフライパンに放り込んだのだった。
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