第11話 ふたり の ひとりぼっち
「ふーっ、食った食った」
『食っタ食っタ』
結局具材を変えて三つのサンドパンを作ってシショウと全部食べきった俺は、片付けをあとにしてシショウと共に地面に座り込んでいた。
「思った通りマヨソースで和えた野菜を挟んだら最高に美味くなったな」
『ゴシュジン! マヨソース美味かっタ。シショウの好きな食べ物の一つにすル』
「気に入ってくれたか。他にもマヨソースを使った料理のレシピは何個か思いついてるからな」
『毎日マヨソース飯でもシショウはかまわなイ』
「そうしたいのは山々なんだけど、今日だけでもう四分の一くらい使っちゃったんだよなぁ」
机の上に置いてあったマヨソースの瓶を掴むと、師匠と一緒に中を覗き込む。
昨日までは瓶の口一杯まで入っていたというのに、すでにかなり減ってしまっていた。
「こんなことならもっと仕入れて貰えば良かったかな。でもそうなると前金も必要か」
『マエキン?』
貨幣の概念の無いコボルトには意味がわからなかったのだろう。
そう尋ねて来たシショウに俺は苦笑いを返すしか無く。
「人の世界の話さ」
『人の世界。よくわからなイ』
「そういえばシショウ。シショウの仲間たちって近くに居るのかい? もし居るなら明日沢山料理作るから呼んで来てもかまわないけど」
町を出るまであと三日。
最終日は色々忙しいだろうし、今日はこのあと町に戻ってお世話になった人のために渡す餞別を用意する予定だ。
なので、実質的に自由になる時間は明日くらいしか無い。
「せっかくだからパーッとパーティでもしようと思うんだよ」
『……』
「ん? どうしたシショウ?」
『……なイ……』
つい今まで美味しいご飯を食べて楽しそうにしていたのに、シショウのその声は今にも消え入りそうで。
哀しい色をはらんでいて。
『シショウの仲間、もういなイ……グリフォンとゴブリンに喰われタ……』
「えっ」
『ゴシュジンに助けてもらっタあの日、シショウはママンを犠牲にして逃げタ……逃げロって言われタ』
ぽつりぽつりと、シショウは俺と出会ったあの日から今までのことを話し始めた。
あの日、シショウとその仲間たちは森の中の住処でいつものように暮らしていた。
そこは魔素濃度が低いために野生動物以外の魔物はゴブリンなどのFランク魔物しかおらず、彼らにとって絶好の住処だったらしい。
だが、その日はいつもと違った。
まず最初に現れたのはゴブリンの集団だったという。
数は十匹程度。
コボルトたちは二十匹で、そのうち戦える大人が十匹。
ただ猪突猛進でバラバラに攻撃をしてくるゴブリンと違い、犬から進化したコボルトは群れで戦うことに慣れていた。
『ゴブリン相手は誰も怪我しなかっタ。今までも何回か野良ゴブリンやってきタ。全部倒した。けド……』
「グリフォンが現れたってわけか」
本来なら魔素濃度の濃い場所やダンジョンの中に住んでいるはずのAランク魔物グリフォン。
さすがにコボルトが相手にするには強敵だろう。
それがシショウの住処を襲ったのだという。
しかも、グリフォンだけでなく何故かゴブリンも同時に襲ってきたらしい。
『ゴブリン、たぶんグリフォンの命令受けてタ。力もわけてもらってタ。だから、強かっタ』
一部の高ランク魔物は、自らの力の一部を分け与えることで下位魔物を従えるという話は村にいた時に聞いたことがある。
そのグリフォンは、この森に住むゴブリンをその方法で配下にしていたのだろう。
ゴブリンだけならコボルトたちは負けはしなかっただろう。
だが、グリフォンから力を分け与えられ、力も速度も増したゴブリンは強敵だった。
それでもグリフォン自身が戦いに参戦するまではコボルトたちは連携を上手く使い、善戦していた。
しかし、それも相手がゴブリンだったからだ。
『最初、群れのリーダーが喰われタ。次にパパンたちが燃やされタ……ママンはシショウに生き残りを連れて逃げロって言った』
シショウの母と大人たちは、そうシショウに言って自らグリフォンへの囮になったのだという。
シショウは泣きわめく子供たちを連れて森へ逃げ込んだ。
だが、そこにもグリフォンはゴブリンを潜ませていたのだという。
『シショウ、みんな逃がすため戦っタ。でも……マモレナカッタ……』
シショウより小さな子コボルトは、グリフォンの力を得たゴブリンに次々に殺されていった。
そしてシショウ自身も死ぬほどの傷を受け気を失ったらしい。
『起きたら何か良い匂いがしテ。そこにゴシュジンと、グリフォンが……いタ』
「俺と……グリフォン……まさかあのグリフォンって」
俺がシショウと出会ったあの日。
確かに俺はグリフォンを一匹倒していた。
あの日はいつもなら簡単に見つかるはずのゴブリンの群れが見つからず、やっと見つけた群れはやけに好戦的で。
面倒くさくなって
『バラバラになってタ。ゴブリンといっしょニ』
あの時はゴブリン狩りを邪魔された腹いせに
そのあと
「あいつがシショウの仇だったのか」
『ゴシュジン、シショウ助けてくれタ。仲間の仇取ってくれタ。いつも美味しい食べ物くれる』
シショウはそこで一旦言葉を切って俺の方を向くと、マヨソースがついた髭を寄らしながら続きを口にした。
『シショウ、ひとりぼっちになっタ。ゴシュジンもひとりぼっちダ』
「二人ともひとりぼっち仲間ってわけか」
『ひとりぼっち、だけど一人じゃなイ。シショウ、ゴシュジンと一緒に行ク!』
まだ何も別れの言葉は言ってなかったはずだ。
なのにシショウは俺が別れを告げに来たことを察していたらしい。
『ゴシュジン。シショウを置いてどこか行くナ。ずっとご飯食べさせロ』
「なんだよその言い方は。もう少しなんかあるだろ」
『シショウ、まだ人の言葉は苦手ダ』
「……わかった。お前をひとりぼっちで置いていかないよ」
『本当カ?』
「ああ、本当だ。約束する。その代わり――」
『シショウもゴシュジンをひとりぼっちにさせなイ。ずっとダ。約束ダ』
そう言って楽しそうに尻尾を激しく振って胸に飛び込んできたシショウを、俺は全力でなで回す。
もふもふもふ。
もふもふもふもふ。
もふもふもふもふ。
それは人ではなく魔物だったけれど。
村を出てからずっと『ひとりぼっち』で生きてきた俺に、この日初めての『仲間』が出来た。
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