第9話 コボルト、大地に立つ
『ゴシュジン?』
目の前で立ち上がり、首を少し傾げた犬……いや、コボルトが心配そうに顔を覗き込んでくる。
俺は思わず一歩下がると、膝の上から肉球の暖かな熱が離れ、目の前のコボルトはあからさまにしょんぼりと頭を垂れた。
「お前、本当にコボルトなのか? あの魔物の?」
『魔物とかよくわからなイ。だけど群れにいたこロ、ゴシュジンと同じ種族ハそう呼んでタ』
「いや、でもコボルトが喋るなんて話は聞いた事が無い……」
コボルトというのは犬が何らかの理由で魔物化した種族だと言われている。
ゴブリンと同じように群れで行動し、主に野山で暮らしている雑食の魔物だ。
しかし凶暴性のあるゴブリンと違い性格は臆病で、人を襲うことも無いため討伐対象になる事はほとんど無い。
『シショウもなぜかわからなイ』
「師匠? コボルトの師匠って何だ?」
『? シショウはシショウ。シショウの名前はシショウ』
コボルトは自分の胸を前足でポンポン叩きながらそう答えた。
最初は何を言っているのわからなかった。
だが暫くして意味がわかると、俺は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ。まさかお前の名前、シショウって言うのか?」
『なぜわらウ、ゴシュジン』
「いや、だってお前」
『シショウというのハ、コボルト語で【食いしん坊】という意味。いっぱい食ベル子は大きくそだツ。ママンはそういってタ』
食いしん坊。
たしかにこいつは傷を治してやってから、今日以外はずっと俺が料理をしている時だけに姿を現した。
そして毎回、その飯を食わせろと言わんばかりに足下にまとわりついて、涎を振りまいていた。
「そうか。食いしん坊か」
『コボルトの由緒正しき名だト、ママンは言っていタ』
「お前にピッタリの名前だな」
俺は吹き出しそうになるのを必死に抑えながら、
「シショウ、お前も座るか?」
『シショウ、足短イ。あまり椅子得意じゃ無イ』
「ぷっ。たしかにお前の体には人用の椅子は合わないかもしれないな」
俺は改めてシショウの姿を見る。
見かけは二足歩行しているオレンジに近い茶色の体毛の犬だ。
だが、その前足はまるで人のように自由に動かせるようで、先ほどからわちゃわちゃと謎のジェスチャー交じりで話している。
足は人からすれば短いのは仕方が無いだろう。
くるんと撒くような尻尾は今も大きく左右に振られているが、多分伸ばせばそれなりに長いと思われる。
「コボルトと聞かされても、立ってるだけの犬にしか見えないな……って、コボルトを犬と言ったら失礼だな」
『失礼ちがウ。それコボルトにとって最高の褒め言葉』
「そうなの?」
『コボルト、犬から生まれタと聞いていル。犬は神様』
コボルトの謎の宗教観を知ってしまった。
そうか。
コボルトにとって犬は自分たちを生みだした上位存在といいう認識なのだろう。
「でも犬は二足歩行しないし、シショウみたいに人の言葉は喋れないぞ」
『犬にはそんなものは必要なイかラ。それにコボルトも人とは喋れなイ。シショウだけ』
「そうなのか。俺はてっきりコボルトってみんな知らないだけで人と話が出来るんだと思ってたよ」
どうやらコボルトの中で会話が出来るのは、このシショウだけらしい。
何故だろう。
『ゴシュジンに最初助けてもらッタ時は、ゴシュジンの言葉わからなかっタ』
「と言うことはあの頃はまだシショウは他のコボルトと一緒で、喋ることは出来なかったのか」
『言葉わかるようになっタのは、三回目のご飯をもらっタ時。何故か突然わかっタ』
三回目のご飯というと、確かゴブリン退治の邪魔をしてきたデカいマウンテンベアを解体してベアーシチューを作った時だったか。
あれは美味かった。
あまりに美味くて、一匹でかなりの量の肉を獲れたのもあってその後何回か連続してシショウとベア料理を食べたっけ。
「じゅるり」
『じゅるり』
俺とシショウの唾を飲み込む音がシンクロする。
どうやらシショウも同じようにあのベア肉料理の宴を思い出していたに違いない。
『いつもゴシュジンのご飯。食べたあト、体がぽかぽかする』
「飯を食べると体が温かかくなるからな」
『違ウ』
「え?」
『他の食べ物食べてモぽかぽかしなイ。ゴシュジンのご飯を食べた時だけぽかぽかすル』
別に体を温める食材や香辛料を意識して多く入れたことは無いはずだ。
特に最近はシショウと一緒に食べるために、なるべく刺激の強そうなものは避けていた。
「不思議だな」
『不思議ダ』
「もしかして俺の料理には何か付与効果でもあったりしてな」
たしかに薬草等を混ぜて料理をすることで、その薬草の効果を得ることは出来ると聞く。
だけど、コボルトを喋らせられることが出来る付与効果なんてさすがにあるわけが無い。
俺は笑いながらシショウにそう冗談を言った――つもりだった。
『そうかモしれなイ』
「……?」
てっきりシショウも笑ってくれると思っていたのに、逆にシショウは何かに思い当たったようで、その短い前足を器用に組んで何かを考え出した。
「シショウ?」
『ゴシュジン、少し待って欲しイ。シショウ、今ゴシュジンに話すこトをまとめル』
「話すことって、何か心当たりでもあるのか?」
『……』
俺の問いかけを、シショウは耳をパタリと閉じることで封じると、そのまま目を瞑る。
「わかったよ。料理の準備しながらまってるから、まとまったら話してくれ」
俺は腕を組む犬という珍しいものを見ながら暫くシショウが答えにたどり着くのを、料理の準備をしながら待つことにしたのだった。
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