第8話 しゃべる犬

『わふん!』

「お前、どうして居るんだ?」

『わん!』


 犬は地面に置いたままの空っぽの皿を、前足でトントンと突きながら吠える。

 もしかしてこの皿を俺が回収しに来るまでここで昨日から待っていた?。


「そんなわけ無いだろうし、偶然だよな?」


 最近魔物が少なくなっているといっても、全く居ない訳では無い。

 俺のせいでザコ魔物が少なくなっているのだろうか。


 今も森の奥地にあるダンジョンからは、中での生存競争に負けた弱い魔物が外に出て来て森に住み着き続けている。

 それに、最近ザコ狩りをしていると時々現れて邪魔をする大型魔物の存在もある。


 いくらこの犬がそんな魔物から逃げ切れるだけの早さと知恵を持っているとしても、一度は逃げ切れず死にかけていたわけで。

 こんな見通しの良い危険な場所に長時間俺を待っていたなんていう方がおかしい。


「俺の臭いに気がついてってことは無いだろうし。まぁいいか」


 とにかく風魔法ブレシングウィンドを使って臭いを撒く前に、この犬はここに居たのは偶然だ。

 かなりの速度で移動してきた俺より臭いが先に届くなんて言うこともありえないだろう。


 しかし、ここまで懐いてくれている犬ともあと三日でお別れだ。


「よしよし、良い子だ」


 俺は頭をわしゃわしゃと撫でてやる。

 犬は気持ちよさそうに目を閉じ、尻尾を激しく振って、わかりやすく喜びだした。


「どうしてお前は森に一人なんだろうな。家族とはは居ないのか?」


 わしゃわしゃ。

  わしゃわしゃ。


『わふっわふっ』

「ここがええのんか? ここがええのんか?」

『わふっ』


 祖父が亡くなり、村で一人になって以来はほとんど一人で過ごしてきた。

 そんな生活の中で、付き合いは一番短いが、一緒に居た時間はきっとこの犬が一番長い。

 次に門番のギリウスか受付のシャーリーか。

 といっても犬以外とだと毎日ほんの僅かの会話しかしていない。


「はぁ……どうやったら他の人と仲良く出来るんだろうな」


 犬を撫でながらつい愚痴りだしてしまった。


「これで町を追い出されるのは二度目だよ。一体俺の何がいけないんだろう」


 山から下りて最初に二年ほど住んだ町では最初はかなり苦労した。

 それこそ村で老人しか相手にしてこなかったせいで、若い人との付き合いも話も仕方もわからず。

 それでも頑張ってパーティを組もうとして、気がついたら全てを奪われ罪を着せられ町を追い出されていた。


「こんどこそ、誰にも迷惑掛けずに暮らそうと思ってたのにな……」


 俺は収納魔道具マジックバッグから昨日帰りぎわに思い立ってフェリスに用意して貰った骨付き肉を取り出す。


『わんっ!!』


 途端に犬が嬉しそうな声を上げ、尻尾を振る速度をさらに上げた。


「これは選別だ」

『わふ?』


 俺の言葉がわかっているのか居ないのか。

 犬は僅かに首を傾げ『それってどういうこと?』と言わんばかりの目で俺を見上げる。


「今朝、ギルドの会議に呼び出されてさ。この町から追放されることになったんだ」


 犬相手に俺は何を言っているんだろう。

 でも、言葉は止まらない。


「だからもう俺はこの森に狩りには来られなくなる。お前とも……お別れだ……」


 俺はそう言って、骨付き肉を犬の前に放り投げる。

 昨日は骨だけでもあれだけ喜んでくれたのだ。

 きっと今日はそれ以上に喜んで飛びつくだろう。

 そして、犬が骨付き肉を食べている間に今日の料理を作るんだ。


 なのに――……


「どうして食べないんだ?」


 犬は俺が投げた骨付き肉に飛びつくどころか、じっと俺の顔を見上げたまま座っていた。


「おい。別に毒なんて入ってな――」

『ゴシュジン、どこか行くのカ?』


 苦笑いしながら地面に転がる骨付き肉を拾い上げようと地面に手を伸ばしたその時。

 とつぜんそんな声が聞こえて、俺はハッと顔を上げた。


「誰だ!?」


 辺りを見渡す。

 しかし近くに居るのは俺以外では犬だけで。


「誰か、隠れているなら出てこい」


 だが木々が風に揺れる音と、動物や虫たちの声しか帰ってこない。

 そもそも人が近寄ってくる気配なんて全くしなかった以上、人では無いことはわかっていた。

 だが、だったら何者が――


『ゴシュジン! もう料理作ってくれなくなるのカ?』


 もしかして。

 そう思って俺が視線を目の前の犬に向けた。


「犬……まさかお前喋れる……のか?」

『犬違う』

「えっ」


 目の前の犬の口が動き、明らかにそこからその声は聞こえた。

 驚いて目を見開いたまま呆然としている俺の目の前で、犬はゆっくりと立ち上がる。


 そして、見事に二本の足で立ち上がると、右の前足を俺の膝の上に載せて――


『犬、違う。コボルト』

「ええっ!!!」


 自らの正体を明かしたのだった。

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