第2話 犬と食事と門限と
「今日は遅かったな」
俺はそう犬に向けて喋り掛けながら、その目の前に鍋の中身を入れた皿を置いてやる。
誰か他の人が見ていたらきっと「あいつ犬に話しかけてやがる」と笑い話にされそうだ。
だが、こんな森の中ではそんな心配も無い。
「まだ待てよ」
僕がそう言うと準備している間、ちょこんとお座りして待つ。
だけどその口からは涎が溢れて地面をぬらしている。
「お前のために肉屋から骨を貰ってきてやったんだ」
右へ。
左へ。
右へ。
左へ。
その度に犬の顔が左右に揺れる。
同時に涎がぼたぼたぼたぼたと飛び散るのを見て、さすがに可哀相になってきた。
「ほらっ、食べて良いぞ」
俺は骨を皿の中に入れると、待ちぼうけを食らっていた犬は尻尾を千切れんばかりに振りながら皿に顔を突っ込む。
「慌てなくても食い物は逃げないぞ」
『わぐっわぐっ』
この犬との出会いは一月ほど前だった。
いつものように雑魚魔物狩りを終えた後、いつものように料理をしていた時。
藪の中から今にも死にそうな様子でこの犬が現れたのだ。
こんな所に犬が居るなんて珍しいと思いながら、俺は片手間に
元気になった犬は、俺の周りを尻尾を振りながらぐるぐる回り始めた。
「食うか?」
俺は気まぐれでちょうど出来上がった串焼きから肉を取り外して地面に放り投げる。
すると地面に顔をぶつけるような勢いで犬は肉に向かって飛びついたのだ。
俺はその動きが何故かツボにハマって、手持ちの肉を全て犬に与えてしまったのである。
そしてその日からだった。
俺がギルドの依頼を終えて食事を始めると、決まって犬が顔を現すようになったのは。
「おっと、今日はあの魔物のせいでちょっと時間が押してるんだった」
俺は一生懸命料理を食べ続ける犬をそのままにして、
残るは犬が顔を突っ込んでいる皿だけなのだが、今日は結構たくさん作ったせいかまだ食べ終わりそうにない。
「おい、俺はもう帰らなくちゃ行けないから行くけど」
『わふ?』
食べるのを中断して首を傾げるようにして犬が俺を見上げる。
この犬は俺の言葉が僅かだがわかっている。
そんな気がして、俺は言葉を続けた。
「だからその皿は明日にでもまた取りに来るから、ここに置いておいてくれ」
『わんっ!』
良い返事だ。
俺は
「じゃあまた明日な」
そう言い残すと一気に加速して森の中を街道に向かって走り出した。
腕にの
本来なら数時間かかる距離だが、
「さすがにこんな時間なら誰も見てないよな」
たどり着いた街道を町に向けて走りながら、俺は一応周囲を確認する。
そして旅人や馬車が居ないことを確認してから一気に速度を上げた。
「人に見られたら『また』討伐依頼とかだされちゃうからな」
前に同じように道を走っていたら、すれ違った馬車の商人から後にギルドに苦情が届いたのだ。
しかもその内容が『気持ち悪い走り方で街道を通り抜けていく人型の魔物がいた』というもので。
さすがに「それ、俺です」とは言い出せなかった。
「あの時はさすがに参った……」
しばらくの間ギルドの依頼掲示板に貼られた『謎の人型魔物の討伐依頼』を見る度に少し落ち込んだ俺は、その後この力を使う時は人が見てない時だけにしようと心に決めたのだった。
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