09話.[あとはあれだね]

「もう終わりね」

「そうですね」


 なんだかんだでふたりで来て、なんだかんだでゆっくり見て回っていた。

 でも、始まりがあれば終わりもあるわけで、僕達は空を見上げつつそんなことを呟いていて。


「ねえ、もう少しいいでしょ?」

「でも、もう20時半過ぎですよ?」

「いいじゃない、どうせ帰ってもお風呂に入って寝ることぐらいしかないんだから」


 駆流や望心ちゃんとは別行動中だった。

 なにかを言うまでもなく、自然に勝手にふたりきりで行くことになっていた。

 不満はないが、中学生コンビだけで移動させるのは少し不安かな、ぐらいには感じている。


「ほら、ここに座りなさい」

「はい」


 先程までと違って人はいなかった。

 いや、いるにはいるが、あっという間に沢山の人が帰ってしまったことになる。

 余韻なんかよりもその後のことが重要なのだろう。


「聞いた? 望心が付き合い始めたこと」

「はい、妹さんの方が我慢しきれなくなってってことも聞きました」

「つか、望心って呼べばいいじゃない」

「嫌われていますからね、妹さん呼びで安定ですよ」


 進さんは元気だろうか。

 あれからまーったく話してないから分からないままだ。

 あと、食坊もそうだ。

 登校日なんかには行ってみたりもしてみたものの、結局会えることもなくただただ無駄に汗をかくだけに終わってしまったから。


「私も興味があるのよ、恋に」

「あ、本当は駆流が好きだったとか?」

「それは違うわ、弟ができた感じだと言ったのは嘘じゃない」

「瑞緒さんがその気になればあっという間――」


 ああ、夜ということもあって石は冷えているんだなとか考えていた。

 いや、こうして押し倒されてもどうしようもないというのが正直なところ。

 だって、あんなことを言われてもああとしか言えないでしょ。

 僕でどうですかなんて言えるわけがない、言えるなら3ヶ月、いや、もうほぼ4ヶ月の間ひとりでいるわけがないからね。


「あんたが相手をしてよ」

「僕なんかでいいんですか? 教室から逃げているような弱い人間ですけど」

「そっちの方が安心できるわ、浮気されなくて済むじゃない」

「来てくれるのは瑞緒さんぐらいですからね、浮気なんかしようがありませんね」


 待て、そういえば改めて考えると……瑞緒さんも同じなのでは?


「瑞緒さんも僕と同じでぼっちですもんね」

「は? 違うから、友達と過ごしたいけどあんたがひとりになっちゃうからって時間を割いてあげているんじゃない」

「ありがとうございます」


 もしあの日、瑞緒さんと会えていなかったらいまもびくびくとしたままだったかもしれない。

 とはいえ、中学生時代の自分を思い出すと意外とひとりなりの楽しみ方を探して楽しんでいたからそうではないとも考えることもできるわけだが、それでも来てくれて良かったと考えておく方がいいだろう。


「敬語じゃなくていいわよ、あんたは私の彼氏なんだし」

「どこを好きになってくれたんですか?」

「情けないところっ、帰るわよっ」


 えぇ、情けないところを好かれてもなあ……。

 でも、まあいいか、情けなかったからこそ側にいてくれたわけだし。


「……やっぱり嘘、私、あんたの笑顔が好きなのよ」

「そうなんで――そうなの?」

「うん、あんたが笑っていてくれるとこっちまで嬉しくなるのよ、あとはこうして頬に触れたくなるかな」


 たまにはと勇気を出してその手を握ってみた。

 別に驚いたりはせずに「なによ?」と聞いてくる瑞緒さんをそのまま抱きしめる。


「最初は一緒にいてもどうせどうにもならないから来てくれなくていいとか考えていたんだけどなー」

「なるほどね、だから来ないでくださいって言ってきたんだ」


 僕の友達ができない理由のひとつだった。

 仲良くなれないなら一緒にいないって、そりゃ誰とも仲良くできないよなという話で終わってしまうから。

 それでも一緒にいて、諦めずに向き合ってやっと少しずつ仲良くなれるというのに、その過程をぶっ飛ばそうとしてしまったから。

 慣れない人間故の思考。

 どうしてもいいところばかりに目を向けがちで、どうしても0か100で考えがちなところがあるからこその結果だった。


「でも、なんだかんだで一緒にいてくれて嬉しかったんだと思う。お母さんのお誕生日の日に買い物に行った日は驚いたよ、瑞緒さんが真面目になにを用意すれば喜んでくれるのかを考えていたから、お母さんと呼んでいたのも可愛いくていいなと思ってさ。あとはあれだね、僕がいてくれて良かったって言ってくれて嬉しかった」

「お母さんもお父さんも普通に好きだからね、誕生日がきたらどっちが相手でも真面目に選ぶつもりよ。その度に進や望心と衝突することになるけど、譲れないことだってあるから。あの日進に譲ったのはあんたがいたからよ、あんまり長時間になると疲れちゃうだろうからって考えたの。あんたがいてくれて良かったって言ったのは本心からの言葉よ、普通、他所の買い物になんか付き合わないし、適当になってもいいところなのに凄く気にしてくれたからね――あ、そういうところもいいって感じたのかもしれないわ」


 自分から手伝うと言っておきながら適当になんかできない。

 ただそれだけのことだが、そこがいいって言ってもらえるのは嬉しいな。


「って、バカップルみたいね、こうして抱きしめ合いつつなんて」

「僕は嬉しいよ、初めてだから」

「私は違うけどね」

「えぇ、仮にそうでも言わないでよ」


 彼女はとても小さい声で「……昔は進が好きだったのよ」と呟く。


「あ、だからこそこそ隠れてたんだ?」

「いや、あそこにいたのは偶然ね、だからこそあんたに出会えたわけだけど」

「嘘くさいなー」

「嘘じゃないから、中学時代に進が女の子と付き合い始めたときに捨てたから、だからこうして抱きしめたりするのは……あんたが初めてだからさ」

「まあいいや、過去に誰を好きになっていようと自由だしね」


 僕の中で女の子は恋をしがちって偏見があるので、そりゃ彼女だってそうだろうなってぐらいの感想しかなかった。

 でも、内緒にしていてくれればよかったけどね、逆にその相手より好かれてみせるとか燃えるようなことではあるけども。


「……あんたこそ、いないの?」

「いないかな、友達がいなかったんだよ」

「あははっ、なら安心ねっ」


 抱きしめるのをやめてまた手を握った。


「帰るわよ」

「うん、帰ろう」


 とにかく偏見だの過去のことなどよりもいまはただただ瑞緒さんとこうしていられることが嬉しかった。

 これからもこうして側にいてもらえるように頑張ろうと決めたのだった。

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