08話.[嫌ならいいわよ]
「お兄さん、私も行きます」
「え、いらないけど……」
「お姉ちゃんとふたりきりにさせるのは嫌なので、……セクハラしそうですし」
ま、まあ、瑞緒さんは来てくれることになったんだから問題もない。
姉妹で楽しそうに会話をしながら歩いているふたりを見つつ家へと向かう。
「あれ? なんで父さんも駆流もいないんだろう」
「さ、最低ですね、そうやって嘘をついて誘ってお姉ちゃんに変なことをしようとしていたんですね!?」
「いや、さっきまで確かに家にいたんだけど……」
望心ちゃんの中の僕が最低だということは分かった。
くそう、これだと目の前でいちゃいちゃ作戦を実行できないじゃないか。
それにそもそも時間を割いてもらっているのに申し訳がない。
望心ちゃんはともかくとして、瑞緒さんは完全にそうだから。
「望心、あんたは落ち着きなさい」
「でもっ」
「素晴にセクハラされるような人間じゃないわよ」
そうだそうだ、そんな自分が社会的に死ぬだけのことをするわけがないじゃないか。
いや違う、できるわけがないじゃないかと言う方が正しい。
この前のことでどうしても僕のことを悪者にしたい気持ちは分かるが、今日は別に来てくれなくてよかったんだけどな。
「素晴、扇風機をつけていい?」
「はい、どうぞ」
「あと、座らせてもらうわね」
あれ、どこか疲れているみたいだ。
数十秒ごとにはあとため息をついている。
暴走している望心ちゃんにため息をついているというわけではないようだ。
「どうしたんですか?」
「ん? ああ、最近は暑すぎて食欲とかが湧かないのよ、朝までぐっすり寝ることもできなくて調子が微妙で……」
「え、すみません、そんなときに」
断ってくれればよかったのに意外だ。
駆流に会いたかったのだとしても休むことを優先してほしかった。
……いきなり明日来てくれと頼んだ僕が言うのもなんだけど。
「いいわ、あんたの家の方が涼しいって前来たときに分かったから」
「そうなんですか? ――あ、客間があるのでそこで寝てください、布団を敷きますから」
「そう? うん、それじゃあ転ばせてもらおうかしら」
セクハラするかもしれないからと妹さんも付いてきた。
別になにかをするわけではないから布団を敷いて瑞緒さんを寝かせる。
「あとで起こしますからゆっくり寝てください」
「ありがと……」
「いえ、無理やり来てもらったようなものですからね」
うるさくしてもあれだからとリビングに戻った。
結局、その後数時間が経過しても父と弟が帰ってくることはなく。
何故か喧嘩状態のままの妹さんと過ごすことになった。
「お姉ちゃんから聞きました、駆流くんに言わさせたって」
「違うよ、浜島先輩が自分で言うって動いてくれたんだ」
「酷いですよね、弟を振れって頼んだんですから」
「待って、浜島さんも同じことを言っていたよね?」
「……知りません、勝手にお兄さんが暴走しただけじゃないですか」
いいや、ことこの件に関しては僕が受け入れるって口にしたんだから。
僕が勝手に暴走して自爆しただけ、そうやって片付けておけばいい。
「……なんで駆流くんには自分だけが言ったみたいな言い方をしたんですか?」
「引き受けるって言ったのは僕だし、もう矛盾しちゃっているよ?」
「あのときだってお姉ちゃんの味方をするためにわざとあんな言い方をして……」
「あ、あれは言葉選びに失敗しただけなんだよ、まあそのまま仲が悪いままでいいやって片付けたことだけど」
あんなことを言いつつも瑞緒さんとはいるんだから矛盾しているのはこちらも同じこと。
だから責められないし、この性格故に友達ができないのも本当のこと。
まあだからこそ痛かったというのはあるけど、生意気なとかそういうことは一切感じなかったから安心してほしい。
「……駆流くんとは違いますよね、駆流くんは絶対にそんなことはしませんけどね」
「当たり前だよ、僕と駆流の間には圧倒的な距離があるからね」
「まあ……優しいところは似ているかもしれませんが」
駆流もそうだけど、判断が早いというかなんというか。
優しいわけがないだろう、嫌われないために装っているだけだ。
あと、いまの彼女からそう言われても信じられない。
どうせ僕は友達ができなくてセクハラをしてしまうような人間だし。
……友達がいないのにセクハラとはと問い詰めたくなるね。
「ただいまー」
「おお、きみが素晴の友達か!」
「え、違います、駆流くんの友達です」
「そうか、結局、無理だったんだな……」
ああ、生優しい目が僕の心を苛めていく。
父はこちらの頭を撫でて「ま、死ぬわけじゃないから安心しろ」と言ってくれたが、心がいま正に死にそうになっていると言ったらどういう反応をしてくれるだろうか。
「ちょっと兄ちゃんっ、なんで望心ちゃんにまで手を出そうとしているのっ?」
「ああ、懐かしいなこの感じ」
また裏切り者と言われる生活に戻るだけ。
にしても、本当に駆流は瑞緒さんのことが好きだったのだろうか。
こんなに上手く早く切り替えってできるものなのか?
とにかく、そんな風に考えている僕に「懐かしがっている場合じゃないよっ」とハイテンションな弟がそこにいた。
「大丈夫だよ駆流くん、私が好きなのは駆流くんだから、お兄さんは酷いことしか言わないから嫌いだから」
「おお、大胆なんだな。やっぱり女の子の方が強いのかもしれないな、素晴にも見習ってほしいものだ」
ある程度静かにさせてから飲み物を持って客間に行く。
「……賑やかね」
「すみません、元気なふたりが帰ってきまして。あ、飲み物を飲んでください」
「……これを持ってあんたの部屋に行ってもいい?」
瑞緒さんは布団を軽く握ってそう言ってきた。
確かに僕の部屋の方が騒音は聞こえなくなるかもしれないけど難点がある、それは下よりも普通に暑いということだ。
「2階の方が暑いですよ?」
「嫌ならいいわよ」
「別に構いませんけど」
まずは布団、その後に飲み物を運んだ。
でも、本人がまだ客間にいたままで困惑していると、別の方を見つつ「運んで」なんて調子が悪くないと言わないであろうことをぶつけてきて。
いつまでもここにいてもあれだからおんぶをして部屋まで運んだ。
……今回ばかりは僕が連れ込んだと言われても言い訳はできない感じ。
「望心が悪いわね、それでも嫌わないであげてちょうだい」
「嫌いになんかなりませんよ。扇風機がここにもあるので弱で回しますね」
「ありがと、でも、ここにいて」
「あ、はい、それはいいですけど」
これまた見ているわけにもいかないから課題をやっておくことにした。
下に比べれば暑いが、それでもまだ屋内ということもあって外よりはマシで、勉強をやる分にはそこまで不都合ない環境だった。
まるでこの建物内に瑞緒さんとふたりだけでしかいないような感じの静かさ、とても下には3人もいるとは思えないぐらいのそれ。
「素晴、お腹空いた」
「食べられるんですか? あ、偶然うどんがありますよ?」
「え、でも、今日の夜とかに使うためでしょ?」
確かにそうだけど僕が我慢すればいいだけだし。
幸い、お餅とかがあるからそれを食べておけばいいのだ。
「いいですよ、食べられるなら作ってきますよ」
「……じゃあ、作って」
「分かりました、待っていてください」
部屋を出たらそこに望心ちゃんが立っていて驚いた。
「連れ込むなんて最低です」
「最低でいいから、浜島先輩のためにうどんを作りたいから手伝ってくれない?」
驚いたが、あくまで年上らしく自然に対応を心がける。
年下相手にびくびくとしているなんて情けないとしか言いようがないし。
「……どうせひとりでできるじゃないですか」
「いや、浜島さんが手伝ってくれたって分かったら安心できると思うから、ほら、行こうよ」
「……妹にまで手を出そうとするんですか?」
「違う違う、浜島先輩のためだよ」
「お姉ちゃんが……好きなんですか?」
仲良くしたいとは考えていると説明しておいた。
それよりもいまはうどん作りだ。
お腹を空かせているし、食べられるときに食べておかないとどんどんと弱っていってしまうから駄目だ。
「浜島先輩、できましたよ――あ、寝てる」
汗をかいているみたいだから濡らしたタオルを持ってきて拭いておいた。
そして、心を鬼にして瑞緒さんを起こして。
「美味しいわ……」
「妹さんが主に作ってくれまして、だからだと思います」
「そう……」
弱っている瑞緒さんを見て気をつけようと考えた。
僕が弱るとどうしても父が家事をすることになるし、仕事が終わった後にそんなことをさせたくないからしっかり食べて、しっかり飲み物を飲んでを続けていきたいと思う。
「ごちそうさま」
「家まで送りますよ、僕の家にいても休みづらいでしょうから」
「……ここでいい、夕方頃までゆっくりさせて」
まあ、最高に暑いいま外に出る方があれかと簡単に意見を変える自分。
こういうところは全くもって年上らしくないというか、望心ちゃんの真っ直ぐさを見習いたい感じだった。
「あ、浜島先――」
「瑞緒でいいわよ」
「じゃあ、瑞緒先輩がそう言うなら。洗ってきますね」
「……ここにいてって言ったじゃない」
「あ、なら後にします」
ほ、本人が望むなら仕方がない。
トイレとか以外は付き合おうと決めた。
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