07話.[帰ってください]

 夕方頃、駆流は望心ちゃんを連れて帰ってきた。

 あくまで普通って感じを装っているが、なんかぎこちなくて。

 ちなみに、瑞緒さんはまだこの家の中にいる。

 客間に隠れてもらっていた、と言うより、そうするしかなかったのだ。

 帰ってくれと言っても聞いてくれなかったから。


「兄ちゃん、今日は先に食べてもいい? 疲れたから寝たくて……」

「いいよ」


 今日は早く作っておいて良かった。

 とりあえず食べてもらっている間に望心ちゃんには飲み物を渡しておく。

 はあ、あの俊敏さはこれまでの中で1番だったな。

 客間に本人を押し入れて、その後に忘れずに靴も入れてと忙しかった。

 これじゃあ僕が連れ込んだみたいじゃねえかよ。

 それでいてばれたら僕だけが悪者にされると。

 そもそも家になんか入れるつもりはなかったんだ。

 あくまで入り口のところで飲み物だけあげて帰ってもらうつもりだった、それだというのに瑞緒さんときたら……。


「ごちそうさまでした、美味しかった」

「それなら良かった」

「あのさ、代わりに望心ちゃんを送ってあげてほしい」

「分かった、送ってくるよ」


 父が帰ってくるまで食べるつもりはないから丁度いい。

 現在はまだ17時ぐらいだ、送ってゆっくりしても全く問題ない。


「シャワーを浴びてくるね」

「うん」


 完全に浴室に入ってシャワーを使用し始めてから問題児を引き出した。

 望心ちゃんが驚く、当たり前だ、靴がなかったらそういうものだ。


「送ります、帰ってください」

「わかっているわよ」


 送ってくれと言ったのは駆流だから気にせずに家を出た。

 もしかしたらまた泣いているのかもしれないから声をかけるのは慎重にならないと。


「なんでお姉ちゃんが素晴さん達の家に?」

「それはあんたをこいつが利用したからよ」

「あー、そういうことか、私としては駆流くんと一緒にいられて良かったけどね」


 そう、この子は強い。

 少なくとも表面上だけではあまり動じない子だ。


「でも駆流は……」

「お姉ちゃんが好きなんでしょ? それでも負けたくはないから」


 これだったらまだ、瑞緒さんが駆流のことを好きでいてくれていた方がややこしくならなくてよかったのかもしれない。

 いまのままだと複雑すぎるし、望心ちゃんが無駄にダメージを負わなくて済むからだ。


「私は駆流くんが好きなの、その気がないなら断ってよ」

「あんたもこいつみたいなことを言うのね」

「その方が無駄に傷を負わなくて済むでしょ」


 そもそもこれぐらいの時間に送る必要があったとは思えない。

 すぐに失敗だったと気づいたし、いまは全力で家に帰りたいぐらいだ。


「私にとっての駆流は弟みたいな感じよ、無駄に敵視されても困るんだけど」

「でも、いまのままだと駆流くんはお姉ちゃんに……」

「実力で振り向かせればいいじゃない、自分がただ勇気を出せないだけなのに私のせいにしたいだけなんじゃないの?」

「逆にどうしてその気がないのに断れないの?」

「駆流が告白してきたわけでもないのに断ったりなんかしたら自意識過剰じゃない、あと、あんた達が責められるだけなんだからね?」


 瑞緒さんのことを好きだと説明したのは望心ちゃんと僕にだけ。

 いや、友達とかにだって言っているかもしれないが、とにかくそれを本人に伝えられているとまでは思ってはいないわけだ。

 そうしたら誰かがばらしたのだと考えるのが自然で、望心ちゃんを疑うようなことはしないからこっちに一直線でやって来ることは容易に想像できる。

 それでも嫌われてもいいからという覚悟を持って言ったことだ、僕なら構わない。


「その場合は僕が受けるから大丈夫だよ、心配しないで」

「素晴さん……」

「でも、そんなこと言っても浜島先輩は聞いてくれないし、それに浜島先輩が言っていることもその通りだと思うんだ」


 誰よりも近い距離でその対象の側にいたいなら頑張るしかない。


「……そうですか」

「うん、好きなら振り向かせるために頑張るしかないんだよ、なんにも努力をしないで文句を言うのは違うからね」


 こうして不満をぶつけている間にもなんらかの努力をすればいい。

 そこまでして付き合いたくないということなら捨ててしまえばいい。

 中途半端なやり方で相手の隣にいられる権利が獲得できるわけがないのだ。


「な、なんにも努力していないって……これまでの私は全否定ってことですか!?」

「それは言い過ぎかもしれないけど変な遠慮なんかはしていたんじゃないの?」

「もういいですっ、さようなら! ……そんな思考をするから友達ができないんですよ」


 おっと、これは痛いところを突かれてしまったようだ。

 今回のこれはわざと怒らせようとしたわけじゃないんだけどな。

 いや、なんにも努力をしてないなんて決めつけられたらそりゃ怒るか。


「それじゃあ帰ります、ちゃんと水分とか摂ってくださいね」

「あんた……」

「あ、先程のは単純に言葉選びに失敗しただけです、気にしないでください」


 お腹も空いたし、汗もかいたから早く帰ろう。

 最後のそれすら自意識過剰みたいな感じだったけど、言いたいことは言えたからね。

 中途半端が嫌なのはこっちもそうなのだから。

 仲良くなれないなら一緒にいる意味なんてないのだ。




 終業式当日。

 体育館で話を聞き終え、教室での話も聞き終えて解散となった。

 別にお腹が空いているわけでもないし、駆流はまだ帰ってくる時間ではないからもう少しぐらい涼しくなるまでここに残ることにした。


「梶間、あんた帰らないの?」

「はい、いま帰ると最高に暑いですからね」


 ただ歩くだけで汗をかくレベルというのは不味い。

 洗濯物だって必然的に増えるし、もう少しぐらい手を抜いてもらいたいものだ。


「あんたあれから……」

「会っていませんよ」

「仲直りしなさいよ……」

「現状維持でいいですよ、その方があの子にとっていいでしょうし」


 あれで絶対に振り向かせてやるっ、となってくれたならいい。

 結局、頑張らなければならないのは自分で、好きな人以外の相手は関係ないのだ。

 そして、誰かを、なにかを言い訳にして行動できていない内は相手の側にいられる権利なんて勝ち取れるわけがないから。


「それより、なんか顔が赤くないですか?」

「暑いからよ、ただ座っているだけで汗をかくって異常よ」

「帰りましょう、それならまだ家で扇風機の風にでも当たっていた方がいいですよ」

「でも、あんたは残るんでしょ?」

「いえ、結局暑いことには変わらないので帰ろうと考え直していたんです」


 ふたりで暑い暑いと言いながらの帰路となった。

 当たり前のように帰るルートを合わせていることに違和感を感じつつも、浜島家の前で別れようとしていた自分。


「待って、あんたの家に行くわ」

「エアコンとかありませんけど」

「駆流に言う」

「分かりました、それじゃあ行きましょうか」

 

 家の中は外に比べれば多少はマシ、程度だった。

 扇風機を引っ張り出してきてリビングで回すと、少しだけ良くなってくれる。


「あ、お腹空いていますか? もし空いているなら作りますけど」

「そうね、いつもならご飯を食べている時間だし」

「待っていてください、オムライスを作るので」


 楽だしお腹も満たせるしで最強な料理のひとつ。

 ちょっと調味料を投入してご飯と一緒に炒めるだけで美味しいってすごい。

 あとは卵が最強すぎた、卵かけご飯にしても美味しいし。


「どうぞ」

「ありがと」


 こっちは食欲がないから湧いてきたら食べようと思う。

 じっと見ているわけにもいかないし寝転がっているわけにもいかないからどうしたものかと台所で悩んでいた。


「ごめん」

「口に合いませんでしたか?」

「違う、この前……可愛げのないことを言って」


 この前と言われても思い当たることが多すぎて困る。

 反応がなかったことが気になったのか、瑞緒さんが「あんたと違って仲良くしているとか言ったときのことよ」と教えてくれた。

 ああ、僕か駆流かだったらみんな駆流と仲良くしようとするからなんにもおかしいことじゃない、そりゃそうだろうなって感じただけ。


「謝らなくていいですよ」

「……あんたっていつもそうやって生きてきたの?」

「うーん、基本的にみんながずれているというか、謝らなくていいところで謝るからこう言うしかないんですよ」


 寧ろこっちと仲良くしたいとか言われる方が怖い。

 って、まさか謝られるとは思わなかった。

 案外律儀というか、元々、そういうことを気にする人というか。

 こういう喋り方をする割にはというか、うん、そんな感じで。


「浜島先輩って喋り方の割にいい人ですよね」

「はっ? なに? 喧嘩売ってんの?」

「初対面のときだって緊張しなくてもいいとか言ってくれましたもんね」

「それはあれよ、あんたが可哀相なぐらい緊張していたから」

「今更ですがお礼を言うのを忘れてしまっていたので言わさせてください、ありがとうございました」


 食べ終わったみたいなので食器を受け取って洗っていく。

 こういうご飯粒を残さないところとかもいいなあ。

 そこからは涼みつつ駆流が帰ってくるのを待って、駆流が帰ってきたタイミングで僕だけは外に出た。

 どちらかと言えば瑞緒さんの方が出たかったかもしれないけど。


「素晴、もう終わったから送って」

「あ、はい、分かりました」


 いや、これなら僕が中にいた方が良かったな。

 それでもいまはとにかく瑞緒さんを送ろう。


「素晴、ID交換をするわよ」

「あ、いま携帯を持っていなくて……」

「書いて渡すから登録しておいて――じゃなくて、あんたのを教えなさい」

「あ、SU B A R U 11561です」


 最後の数字は適当だ。

 仕方がない、重複しているだとか、英数字が必要だとか言われてしまったから。

 ちなみに、そんなことをしてまで登録したというのに全く活用できていなかった。

 交換している父や駆流とは普通に顔を合わせて会話ができる環境が整っているわけだし。


「その11561はどこからきているのよ……」

「ああ、適当……ですかね」

「まあいいわ、えっと……SUBA……11561ね、あったわ」

「でも、いきなりどうしてですか?」


 タイミングがおかしいというか、またあのときのようにおかしいというか。

 思わず瑞緒さんの額に手を当ててしまったぐらいだった。

 でも、夏バテをしていて弱まっているからとかではないらしく、「なによ」と不満そうな顔で言ってきたので慌てて離したけど。


「私が相手をしてあげないと夏休み中、家族かスーパーの店員としか話せないだろうからね、この優しくて魅力的な私が相手をしてあげようってわけ」

「はは、ありがとうございます、優しくて魅力的な浜島先輩がいてくれて良かったです」

「あんた、思ってないでしょ」

「優しいとは思っていますよっ?」


 そこだけはちゃんと分かっている。

 優しくなければ食坊のためとはいえわざわざあそこには来ない。

 

「どうだか、ちゃんと反応しなさいよ?」

「はい、分かりました」


 そういえば食坊はまた来なくなってしまったんだよなあと。

 夏休みが終わるまで登校日がないというわけではないが、また会えない生活が続くと。


「あ、素晴っ」

「なんですか?」

「……駆流といてあげて」

「はい、家族ですから、それではまた」


 とはいえ、僕にできることなんてないけども。

 家に帰ったら意外にもリビングのソファに駆流が座っていた。


「あ、おかえり」

「ただいま」

「ちょっと、そんな顔をしないでよ」


 誘われたから横に座ったら「瑞緒さんはどうだった?」と聞いてきて。


「いつもの浜島先輩って感じだったよ」

「そうだよね、瑞緒さんがそんなに簡単に変わるなんて思えないし」


 あくまで普通ですよという感じ。

 でも、絶対にそれだけではないと思う。


「おかしいよね、まだ告白したわけじゃないのに振られちゃったよ」

「ごめん、その気がないなら僕が振ってくださいって頼んだんだよ」

「確かに、その方が精神的なアレも少なくて済むもんね、でも……」


 このことに関しては慰めたりできる権利がない。

 いま僕がそれをすると煽っているのと、抉っているのと同じ。


「……兄ちゃんの馬鹿っ」

「ごめん」


 告白すらできていない状況で振られる。

 遠回しにないと言われるのではなく、直接はっきりぶつけられる。

 その人が好きな人間だったら間違いなく嫌なことだ。


「……ボール蹴りに行こ」

「いいよ」


 僕が蹴られるとかそういうこともなく、野球でいうキャッチボールのように僕らは公園でボールを蹴り合っていた。


「望心ちゃんから聞いたよ? 試合を見に来ていたって」

「やっぱり見たくてね」

「泣いたけどさ、どうせ勝てるわけがないって考える自分もいたから泣くべきではなかったかもしれないって後悔しているんだ。あと、練習をいつでも真面目にできていたわけじゃないし、適当にやった日とかもあるから」

「駆流は休みの日とかにだって練習していたでしょ? だから渋々強制だからとやっていた僕とは違う。そりゃ機械じゃないんだからたまにはそういう日もあるよ、いつだって同じ感じにできるわけがないからね。いいんだよ、駄目じゃないよ、恥ずかしいことでもないよ、間違ってないんだからそんなこと言わなくていいよ」


 こっちなんか最後の大会が終わったときにやったーって喜んだからね。

 大敗したというのにひとりだけ喜んでいた、普通ならありえない話だ。


「ねえ、なんか帰ってきたときに嬉しそうだったけど、瑞緒さんとなにかがあったの?」

「え、嬉しそうだった? IDを交換しただけなんだけど」

「それって兄ちゃんから?」

「いや、浜島先輩からいきなり」

「ははは」


 笑われても困る、いきなりすぎて分かっていないんだから。

 ただ、瑞緒さんが言っていたのは本当のことだった。

 あのままの状態で夏休みを迎えたら間違いなく家族と店員さんぐらいとしか話せずに終わるだろうということは容易に想像できたから。


「てりゃあ!」

「え、ちょっ、ぶはあ!?」

「罰だよっ、兄ちゃんの馬鹿ー!」


 サッカー部に所属していたんだ、本気でこられたらどうにもならない。

 僕の残念な反射神経では避けきることができなかった。


「いいんだよ、僕には望心ちゃんがいてくれるから」

「……ふぅ、だ、誰かが求めてくれるって羨ましいな」


 望心ちゃんが好きでいてくれているって安心できるだろうな。

 まあ、すぐに付き合ったりはできないだろうけど。

 でも、もどかしい思いにさせてしまったからとか言ってふたりでいる時間を増やすのもいいかもしれない。


「兄ちゃんのことを求めてくれる人もいるよ」

「そうかな……」

「もう1回蹴っていい?」

「いやいやいやっ、ちゃんといるいるっ、浜島先輩とかねっ」


 というか、望心ちゃんとは喧嘩別れをしているから瑞緒さんぐらいしか候補に挙がらないというか、そういう願望的な発言をしておくことが精一杯というか。

 結局、本気ではなかったものの軽く蹴ってギリギリを狙ってきたから怖かった。

 膀胱が抑えきれない状態になっていたとしたら漏らしていたと思う。


「夏祭りにとか誘ってみなよ」

「え、来てくれるかなあ」

「来てくれるよ、僕が保証する」


 面倒くさいとか言って断られそうだけど。

 それでも交換したわけだからどうせならと使用して誘ってみた。

 うーん、その後数時間待っていても返信がこなくて……。

「ちゃんと反応しなさいよ?」と言ってきたことをそのまま返したかった。


「あ、いままで寝ていたんだって」


 なんで駆流には返すの?

 望心ちゃんは幸せになれないかもしれないけどこれならまだ駆流のことを好きだと言ってくれた方が良かった気がする。

 元々怪しかったんだよなあ。

 駆流とはあっさり連絡先を交換したり、ぺたぺた触れたりしてさ。


「ははは、素晴、そろそろ友達を連れてきてもらおうか」

「次の休みって?」

「明日だ、楽しみに待っているぞ」

「僕も楽しみに待ってるよっ、兄ちゃんが勇気を出すところをっ」


 別に家に誘うぐらいで今更緊張するような人間でもないんだ。

 明日堂々と瑞緒さんを連れてきてあげようじゃないか。

 それで駆流の前でいちゃいちゃしてやろう。

 大丈夫、僕ならできるさ。

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