06話.[とにかく行こう]

 これでもう21日間連続で食坊の顔を見ていない。

 逆に僕は5月の始まりからずっと雨だろうがなんだろうがここに通い続けている。

 今日は幸い、晴れていた。

 それでも瑞緒さんが来るようなこともなく、ひとりだった。

 6月ももう半分が終わっている。

 駆流はどうやら、順調に仲良くできているようだ。

 こっちはというと、ヘタレなのが影響していて全く話せていなかった。

 それでも望心ちゃんや進さんとは交流がある――とはならず、その中の誰とも話せていないというのが現状で。


「梶間」

「あっ、お久しぶりですっ」

「うん、久しぶり」


 しまった、僕がテンションを上げてどうする。

 ここは駆流のために動かなければならないところだ。

 瑞緒さんが来てくれて嬉しいなーなんて考えている場合ではない。


「浜島先輩、少しいいですか?」

「うん、なに?」

「あーっと、浜島先輩さえ良ければ……駆流ともっと仲良くしてあげてください」

「あんたのときと違って仲良くしているけどね、連絡先だって交換したし、なんならこの前はふたりで遊びに行ったし」

「そ、そうですか、これは余計なことを言ってしまいましたね……」


 こっちは文字通りひとりで過ごすことだけしかできなかったのにその間に瑞緒さんと遊びに行っただとっ!? しかも連絡先を交換!?

 ……ありえない、僕の情けなさが。

 はあ、まあどうせなにも発生しない関係だもんな、それならまだ駆流と仲良くしてくれていた方がいいよな。

 瑞緒さんの時間を無駄に消費させたくないし。


「それじゃあこれで、食坊ももう来ないですからね」


 余計なお世話だった。

 そもそも駆流なら自分でなんとかしてしまえるというのに。

 それなのになにを勘違いしたのか僕ときたら、はは、恥ずかしいな。


「なんですぐに帰るのよ」

「もうご飯も食べ終わりましたからね」

「全く来ないわよね」

「それは浜島先輩の時間を無駄にしないためにですよ」


 元々、駆流と同じようにできる人間ではなかった。

 僕の周りには誰もいなくて、弟の前には多分沢山いる。

 これまでもこれからもこれは変わらない。


「それじゃあ」


 当たり前だが、明らかに差がある。

 駆流の前でしか見せない一面とかだってあるんだろう。

 でも、こっちが仲良くしたいと考えたところで、瑞緒さんにはそういう気持ちが微塵もないんだから意味がない。

 それなら一緒にいる意味もない、極端だと言われても変えられないことだった。




 最近、水曜日に望心ちゃんに会うこともなくなった。

 もしかしたらあれかも、その度にいるから気持ち悪く感じた――かどうかは分からないけど、そう何度も水曜日に都合良く食材がなくなるということもないんだろう。


「なんか少しの虚しさがあるなあ」


 望心ちゃんもいて、そこに更に瑞緒さんもいるってずるいじゃん。

 もう本当になんで駆流が兄じゃなかったんだろうか。

 いまの僕がなんとか動けているのは父が頑張ってくれているからだ。

 それがなくなれば存在している意味がなくなる。

 もっとも、真面目な父がその感じを変えることはないと断言できるが。

 なんか虚しいからご飯を作って3人で食べた後に外に出た。

 今日も雨が降っていないから適当に玄関前の段差に座って。


「はあ」


 なんてため息もついてみる。

 こんなことをしたところで無駄なのになんか落ち着く。

 まあ、誰かに見せているというわけでもないしこれぐらいはいいだろう。


「素晴」

「あれ、疲れたからお風呂に入って寝るんじゃ?」

「そう思ったんだけどな、意外と眠気が吹き飛んだからゆっくりしようと思って」


 父は隣に座って「どうしたんだ?」と聞いてきてくれた。

 でも、誰も周りにいてくれなくて虚しい、寂しいと言うのは違うからなんでもないと応えておいた。


「心配になるよ、素晴は昔から誰かと仲良くってできなかったから」

「友達は普通にいるけどね」


 食坊がいてくれる。

 ただ、あのとき裏切ったからだろうが、食坊が来ることはなくなっていて。

 瑞緒さんが言っていたようにそうしたらひとりになるのは確かで。

 それだというのにヘタって自分から動くこともできずに同じ場所に留まっていて。

 ま、こうなるのは当然だよなと、流石の僕でもちゃんと分かるよと。


「じゃあ金曜日に連れてきてくれ」

「あ、今週は忙しいって言ってて」

「じゃあ来週の火曜日でもいい、週に2回は必ず休みがあるんだからな」


 どうしよう、誤解されないように望心ちゃんに頼むか?

 いや、進さんという手も……、友達じゃないから無理か。

 しょうがない、正直に言おう。

 無意味な嘘を重ねたところで動けなくなるだけだ。


「友達がいないんだ」

「え、もう6月も終わるってところまできているんだぞ?」

「ほとんど教室にいなくてさ、もうこのままでもいいかなって」


 どうせ、僕のところに来てくれる理由なんて他のなにかのためでしかないわけだし。

 駆流だったり、荷物持ちだったり、ただそのときだけの話し相手としてだったり。

 一時期は揺れかけたが家事をできることは幸せだ。

 故に、そういう風に利用されることは嫌というわけではない。

 ないが、虚しさを感じるときがあって、それならいいかなって考える自分もいて。


「まあ、普通に卒業してくれればいいけどさ。それでも、親としては仲のいい友達と遊びに行ったりしてほしいけどなあ」

「駆流が代わりにしてくれるから」

「いいのかよ、素晴は駆流のお兄ちゃんなんだぞ?」

「そう言われても、そもそものできの良さが違うから」


 いいんだ、虚しさを感じつつ、応援をしつつ、複雑さを感じつつ、応援をしていれば。

 これからは余計なことをせずに内にだけ留めておくことにする。

 頑張れも言わない、言わなくたって勝手に本人が頑張るんだから。


「僕のことはいいから駆流ことをよく見てあげてよ」

「そういわけにもいかないだろ、俺は素晴と駆流の親なんだから」

「大丈夫だから、これまでと全くもって変わらないし」

「寂しいことを言っている自覚はあるのかー?」

「これが僕にとっての当たり前だからね、分からないよ」


 お風呂に入りたいから家の中に戻る。


「兄ちゃん? なんか最近、元気ないけどどうしたの?」

「ほら、今日は降っていないけど雨の日が続いているからね」

「あ、確かに気になるかも、もう少しで最後の大会なのにって」

「うん、そういうことだから気にしなくて大丈夫だよ」


 弟になにもかもが敗北しているからって醜く八つ当たりなんかしない、嫉妬なんかもしたりはしない。

 全て内に留めておける、ひとりのときは少し吐き出してしまうけどそこは許してほしい。

 その後はお風呂に入って少し復習をしてから寝た。

 当然、気持ち良くは寝られなかった。




 7月になった。

 ゆっくりにではなく一気に暑くなって困惑している。

 困惑しつつもいつも通りあそこに逃げることは忘れずにいる。

 これでもう4、5、6月と全て逃げたことになるわけだが、こればかりはやめることはできないんだ。

 僕の高校生活の思い出はここを発見した、通い続けたというだけで終わりそうだ。


「にゃ~」

「お? 食坊!」


 白くて綺麗な体毛。

 でも、この前と違ってスリムな体型になっている。

 痩せこけているというわけではなく、これぐらいの大きさの猫ならこれぐらいだなってぐらいのボディ。


「よしよし、やっぱり食坊といられると幸せだよ」


 違うな、食坊と出会ったことも、食坊と仲良くしたことも思い出となる。

 それなら寂しくはない、あとはきちんと卒業すれば問題もないだろう。

 ある程度のところで教室へと戻って、残りの授業を終えて。

 放課後になったらすぐに学校を出て、ゆっくりと歩いていた。

 夏ということもあって買いだめはあまりするべきではない。

 でも、何度も何度も暑い中、スーパーへ赴くというのもちょっと……。


「お兄さん」


 いまだって歩いているだけで汗がにじみ出てくるぐらいだ。

 その中を行って、そしてある程度の重量がある物を持って帰らないといけない?

 うーん、それでもしないと自分も含めて困るわけだしなあ。


「お兄……素晴さん!」

「ん? あ、こんにちは」


 それこそ1ヶ月ぶりぐらいだろうか。


「あの、ちょっといいですか?」

「うん、いいよ」


 急いだって仕方がないから足を止める。

 それにしても夏服か、うん、なんかいいな。


「私、駆流くんのことが好きなんです」

「えっ、あ、そうなんだ」

「どうすればもっと仲良くなれますかね?」


 そんなの……お姉ちゃんと戦うしかない。

 付き合いたいと断言できなかった望心ちゃんと、付き合いたいと断言できてしまった瑞緒さんとでは……。

 どっちが選ばれるかと言ったら瑞緒さんとしか言いようがないこの状況で、僕はなにを言ってあげたらいいのだろうか。

 一緒にいなきゃならないとかそんなことは彼女でも分かっているだろう。

 中学生とはいえもう3年生なんだから、こっちよりも寧ろ立派なんだから。


「兄ちゃんっ、望心ちゃんっ」


 駆流がやって来たことにより強制的に中断となる。

 が、僕と違って逃げることもせずに彼女は普通に挨拶をしていた。


「もう、先に帰らないでよ」

「ごめん、素晴さんと話したいことがあって」

「兄ちゃんと? でも、最近は全く会っていなかったんだよね?」

「うん、だけど後ろ姿が見えたから追ったの」


 贅沢だな、こんな子から好かれているというのに本人はそのお姉さんと、なんて。

 自由だから口にしたりはしないが、なんにもないこちらからすれば素直に羨ましかった。


「それで、兄ちゃんと話したかったことって?」

「駆流くんが好きなんですけどどうすれば仲良くできますか、って聞いたの」

「「え」」

「でも、駆流くんが来て本人にぶつけた方が早いなって考え直したの」


 強いな、駆流も固まってしまっているし。


「で、でも、僕は……」

「お姉ちゃんのことが好きなんだよね? それでも負けたくない、私の方が駆流くんとずっと一緒に過ごしてきたんだから」


 なんだ、望心ちゃんにも言っていたのか。

 だったらいちいち隠そうとしなくてもよかったのかもしれない。

 それにしても、駆流が好きなのに瑞緒さんが好きだって言われて嫌だっただろうな。

 まだ他の女の人なら分かるけど、まさかの自分の姉を好きだと言うんだから。


「と、とにかく行こうっ」

「うん、素晴さん、ありがとうございました」

「ううん」


 ふたりが去って、僕は家に帰ることに。

 忘れそうになったがそれからちゃんとスーパーに行って食材を買ってきた。


「やれやれ、今日も素直に帰ってこないや」


 大会の前準備に恋愛に、とても忙しそうだった。




「梶間、昨日急に駆流のことが好きだと望心が言ってきたんだけど、あんたは知ってた?」

「はい、直接目の前で駆流にぶつけたところを見ましたからね」


 瑞緒さんからも駆流のことが好きだとか言われそう。

 聞いたところでなにもできないし、またなにもするつもりはないから避けたいな。


「意外でもなんでもないわよね、駆流とはずっと一緒にいたわけだし」

「どうなんですか?」

「は? なにが?」

「浜島先輩は駆流のことをどう思っているんですか?」


 ただ、それとこれとは別だった。

 もし瑞緒さんも気になっているということなら望心ちゃんには悪いけどこっちを応援する。

 駆流が好きなのは瑞緒さんだ、それなら弟の本当に好きな人と付き合ってほしいし。


「そうね、弟ができたみたいな感じかしら」

「ここには僕しかいませんよ」

「だから? それ以上でもそれ以下でもないけど」


 いいや、嫌われてもいいから言ってしまおう。

 どうせひとりなことには変わらないんだからこの状態を維持しても仕方がないし。


「駆流があなたのことを好きでいると言ったら、どう反応しますか?」

「最低ね、それを勝手にその相手に言うなんて」

「失うものがありませんからね、最低でもなんでもどうでもいいんですよ」


 やっぱり大切なのはふたりではなく家族である駆流だ。

 その駆流が好きな人と幸せになってほしいと考えるのは兄として正しいはず。


「それでも変わらないわ」

「そうですか、それなら言ってあげてください」

「酷いわね」

「そうですか? 可能性がないのに好きでいさせることの方が酷いですよ、相手にその気がないと分かっているのなら尚更ですよ」


 幸い、好きでいてくれている子がいる。

 しかも堂々と目の前で言えるぐらいの強さを持つ女の子が。

 瑞緒さん本命に振られてしまったのは悲しいだろうが、癒やしてくれるはずだ。


「あ、言うとしても大会が終わってからにしてあげてくださいね」

「あんたの言うことなんて聞かないわ」

「それでも言わないということは駆流を苦しめたいということと同じですからね、気をつけてください」


 それでも構わないということならもう止めない。

 恋とは、願いが100パーセント叶うわけではないということをしっかり考えつつすることだからだ、駆流だって覚悟ぐらいはしているだろう。

 なんか悪役にもなりきれていない気がする。

 どっちつかずは僕だ、これなら動かなかった方がみんなと僕のためになったのかもしれない。


「あとは駆流がなんとかするでしょ」


 こっちはいつも通り家事をしておこうと決めた。

 流石に振られたら平静ではいられないだろうからね。




「暑いな」


 大会はなんとも言えない感じで終わった。

 来なくていいと言われていたから内緒で行ってみたが、うん、この中学校は特別強いということもないから大体はすぐに負けるわけで。

 駆流が所属していたサッカー部もそうだった、分かっていたのか泣いている人間なんかもいなくて「終わったなー」とかそれが当然みたいな雰囲気だった。

 ただまあ、駆流は大泣きで、チームメイトが少し困っていたかな。

 こっちは内緒で来ていたのもあってひとりで帰っていた。

 半袖半ズボン、夏らしい格好で汗を拭いつつゆっくりと。


「素晴さんも来ていましたよね」

「うん、内緒だったけどね」


 ま、上の大会とかでもないしばれるのは当然だ。

 観客が沢山いるというわけでもない、いても10人ぐらいだけ。

 その中に彼女がいることは分かっていた、でも、気づかれるとは思わなかった。

 僕はそこから少し離れた場所で見ていたからだ。

 ネットの向こう側、中学校の敷地内にはいなかったというのに。


「駆流くん、泣いていましたね」

「泣かないからって真剣にやっていなかったとは言えないけど、まあそれでも駆流の性格的に手を抜いたこととかは少なさそうだからね」


 彼女の方は先週にあっさりと終わってしまったと教えてくれた。

 涙なんか出なくて、もう厳しい練習をしなくてもいいと考えたら楽になったとも。


「浜島さんもあの高校に?」

「はい」

「そっか」


 駆流はどうするんだろうか。

 聞いたことがないし、学校でのことをほとんど言ってくれないから分からない。


「浜島さん、駆流のこと任せてもいいかな?」

「え、いま行っていいんですかね……?」

「それでも誰かがいてくれた方がいいと思うから、お願い」


 彼女は困惑したような表情を浮かべてこちらを見ていた。

 ただ、こんな無意味なことをしているよりもと考えたのかもしれない、「……わかりました、行ってみますね」と彼女は口にして引き返して行った。

 こっちはまた暑いなとひとり呟いて家へと向かって歩いていく。


「ただいま」


 違うところに行きたいとか言い出しかねない。

 仮にそうでも駆流がよく考えて出したものなら父は拒みはしないだろう。

 仲のいい友達がいるからと高校を合わせてはならない。

 通っている高校のサッカー部は強いわけではないからね。

 学力も比較的高いし、そういうことで困るようなことにはならないわけで。

 父のスタンスとしては本当に行きたいところに行ってほしいという感じなので、結局のところは全て駆流次第だということになる。


「はい――どうしたんですか?」


 なんか夏らしい服を着ている先輩がそこにいた。

 先程のあれを望心ちゃんに頼むのではなく瑞緒さんに頼むべきだったかなと考えていたら頭を優しく叩かれて困惑する。


「もしかして妹さんから聞きました?」

「そうよ、あんたがしていることだって酷いのよ?」


 望心ちゃんは駆流のことが好きでいる。

 その望心ちゃんは駆流が瑞緒さんのことを好きでいることを知っている。

 でも、僕は近くにいてあげてと言った。

 どういう風に連絡をしたのかは分からないが、それで不満を感じた瑞緒さんが突撃をしてきたということだ。


「なんであんたが行かないのよ」

「今日は来るなって言われていましたからね」


 それどころか来週とか言って嘘をついていたし。

 望心ちゃんに会って本当の日を聞いておいたからなんとかなっただけ。

 まあ、いまとなっては見ることが正解だったとは言えないけど。


「飲み物でも飲みますか?」

「……そうね、貰うわ」

「少し待っていてください」


 水分補給はちゃんとさせておかないと。

 倒れられても嫌だから。

 運んでいる最中なんかに見つかると面倒くさいことになる。

 そうでなくても負けたことによるダメージを負っているわけなんだし。

 多分、そうなったら修復できないぐらいの溝ができるだろうから。

 だから、飲み物ぐらいはあげるつもりでいた。

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