05話.[おかしくはない]
「今日も来ないや」
最近は雨が降りがちというのも影響しているのだろうが、もう3日連続で食坊の顔を、あの大好きな目を見られていない。
あの太り具合から考えてご飯をくれる人が現れたのではないかと考えていた。
まあ、それでもとにかく元気に生きていてくれればいい。
というか、今日来られても濡れてしまうから来ない方がいいなと。
「雨だなあ」
今日は講堂の入り口のところに設置してあるベンチに座って食べていた。
雨の日じゃなくても人が来るようなことはほとんどなくて安心できる。
別にやましいことをしているわけでないのだから誰かが来ても構わないんだけど。
「これからこれが普通になるんだもんなあ」
まだ6月にもなっていないのにこの調子じゃあね。
特別嫌いというわけでもないけど、どちらかと言えば晴れていてくれた方が好きだ。
歩きやすいし、こういうところでのんびりすることができるから。
「今日は朝からずっと降っているね」
「そうですね」
進さんといるのは嫌いではない。
まあ、全く関わったことがないから落ち着けると考えているだけだけど。
「梶間くん、今週の日曜日ってお暇かな?」
「はい、大丈夫ですよ」
家事をする以外にはやることもないから誘ってくれるということなら助かる。
仮に雨が降っていたとしても引きこもっているよりはマシだから。
「それならお買い物に付き合ってほしい、梶間くんは慣れているんでしょ?」
「慣れていると言っても自己流ですけどね」
「それでもいいからスーパーに行こうよ、できれば朝からがいいかな」
「分かりました、それなら土曜日の9時ぐらいに進先輩達の家に行かせてもらいます」
「うん、お願いね」
それにしてもいきなり誘ってきた理由はなんなのだろうか。
単純に日曜日は進さんが行っているというだけなのだろうか。
あ、もしかしたら妹さん達にちょっかい出すなよと言いたいのかもしれない。
ご両親が見られないときは進さんが親のつもりでいるのかも。
「ところで、どうしてこの前はひとりだけ帰っちゃったの?」
「あ、駆流だけいればいいのかなって判断しまして」
「なんで? 瑞緒ちゃんも望心ちゃんも、どっちも梶間くんともいたがっていたと思うけどね」
それは僕に用がなかったのと同じだ。
それなら長居するのは申し訳ないから帰ることを選択する。
というか家に誘われた瞬間に、これで駆流を連れて行けば土曜日にわざわざ会わなくて済むと考えた自分がいたのだ。
スタンスは変わらない。
なんにもメリットを用意してあげられないからこうすることが1番。
相手が来るならそれならもう、こっちからその気持ちを潰さなければならない。
そうすればどっちも傷つくことなく気持ち良く生きられるのだから。
「友達にすらなれていないんですよ、そんな人間があそこにいる資格はなかったんです、それなら行くなよという話ですけどね」
僕の中では年上の人を友達扱いするのは失礼だと考えている。
この面倒くさいようなそうではないような思考が直らない限りはどうにもならない、不都合はないから直そうとも思ってはいない。
もしこれに不満があるのだとしたら去ればいい。
分かってくれだなんて考えてはいない、我慢させてまで側にいてほしいとも考えていないのだから。
「とにかく、日曜日の朝に行きますから、それではまた」
手伝うぐらいなら僕にもできる。
あと、あまり雰囲気を悪くするような人間でもないつもりでいるから、日曜日もきっと平和なままで終えられるはずだ。
日曜日になった。
残念ながら雨だったものの、気にせずに8時半頃に家を出た。
「はいはい、あれ、なんで来たの?」
「あ、進さんと買い物に行く約束をしていまして」
「私も行っていい?」
「それは進さんに聞いてもらわないと……」
買い物とかに行かなさそうなのに意外だ。
それで、3人で行くことになった。
近所の僕や妹さんがよく行くスーパーではなく、少し遠くのところまで行きたいみたいだ。
雨が降っているというのにふたりは楽しそうに会話をしながら歩いていた。
流石、兄妹だなあって考えてしまうぐらいには楽しそうだった。
「梶間、言っておくけどこいつは普段、買い物に行ったりしないから」
「そうなんですか?」
進さんは調理係って感じがするから驚きはなかった。
それさえやっていないのだとしたら、なんかイメージと違うけど。
「うん、だけど今日は特別なの、まあ言ってしまうとお母さんの誕生日だからというだけよ」
「あ、そうだったんですね。でも、それなら妹さんを誘った方がよかったと思いますけど……」
今日は日曜日なんだし、買い物ぐらいならそこまで貴重な休日を消費しなくて済む。
どう考えても僕よりきょうだい仲良く行った方が楽しいのにどうしてだろうか。
「荷物持ちをやってもらいたいからね、あんたが適任なのよ」
「僕は構いませんよ」
これ、進さんが誘ってきたけど本当の発案者は先輩だったのだろう。
それともお兄さんのことをいい方向に考えすぎているだけ?
本当はにこにこと笑みを浮かべながら平気で他人を利用する人だったのだろうか。
「着いたわね」
「初めて来ました」
「そうなの? 意外ね」
なんか大きい。
こういうところは値段設定が勝手に強気だろうなという偏見があるため、少しそわそわとしながらふたりと離れないように歩いていた。
お誕生日のための物を買うのだとしても僕が役立てるタイミングは帰るときだけ。
だから余計なことを言わずに付いていくことだけに専念しておけばいい。
「天ぷらとかの方が喜ぶと思うけど」
「いや、巻き寿司でしょ」
「『揚げ物は翌日に響くけど食べるのやめられないのよねえー』って言ってたよ?」
「お母さんはいくらとかサーモンが好きだから食べられたら喜ぶと思うけど?」
お母さんと言ってしまうあたりが可愛い。
あと、言い合っている内容がどっちの方がお母さんが喜んでくれるかどうかだから、大変微笑ましかった。
「巻き寿司じゃなくても海鮮丼というか海鮮物が食べられたら喜ぶと思うけど」
「それなら天丼でも喜ぶと思うよ?」
意外だ、これはつまり凄くお母さんのことが大切だということになる。
お互いに引けないのはお互いにどうすれば喜んでくれるのかと考えているからだ。
いいなあ、僕も両親のためにこっちがいいって誰かと言い合いたかったな。
残念ながら僕の家の場合は僕が決めて誰にも文句を言われなくて終わりだから。
「はあ、折れなさいよ、早くしないと帰る時間が遅くなるじゃない」
「いや、瑞緒ちゃんこそ折れてよ」
「もういいわ、それならどっちもということにすればいいでしょ?」
「いや、作るのが大変で中途半端になるからひとつに絞った方がいい」
戦うつもりでいるようだ。
この点に関しては妥協をしたくないらしい。
こいつとか言ってしまうのはこういうところで合わないからだろうか。
それとも、妥協してあげようとしたのにすぱっと断ってくるからだろうか。
「はあ、本当に望心を見習ってほしいわ……」
「それはこっちのセリフだよ」
うーん、進さんが言いたいことがよく分かる。
欲張ってどっちも準備しようとするとどっちつかずになりかねない。
「もういいわよ、ケーキを見てくるわ」
頼まれたのもあって先輩に付いていくことに。
「高いわね……」
「作るのもありかもしれませんね」
「え、私、作ったことがないのよ」
「一応、作れますよ?」
見ないで作ることもできるが、それでもちゃんとレシピなんかを見たりすることも忘れない。
過信になってはならない、相手の家で相手のお母さんのために作るということなら尚更なことだろう。
「え、そうなの? あ、でも、材料を買ったら結局同じような値段にならない?」
「あー、そういうことを考えると結局、買った方がいいかもしれません。後片付けとかも大変ですしね」
酷いことにはならないが、これなら買った方が良かったと言われても困るし。
出しゃばるべきじゃない、余計なことを言うなと反省した。
「すみません、買った方が美味しい物が食べられますよね」
「あんたに悪いし買っていくわ、シンプルなショートケーキを」
「はい、持ちますから」
「ありがと」
あとは結構な量を選び購入した物を半分持たせてもらって帰路に就く。
とにかくケーキを守らなければならない。
傘をさしつつ、袋を持ちつつ、ケーキを持っている方はなるべく揺らさず。
「着きましたね」
「ありがと、あんたがいてくれて良かったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいです、それじゃあこれで」
いても邪魔をすることにしかならない。
あと、結構遠かったのと、気を使ったのもあって疲れたのだ。
リビングのソファか部屋のベッドに寝転びたい。
「まあ待ちなさい、少し上がっていきなさいよ」
「えっと……」
「いいから、飲み物ぐらいならあげるから」
……あんなことを言っておきながら結局、上がらさせてもらうことにした。
本当に矛盾まみれで情けないが、ここで拒めるような勇気がなかった。
「梶間くん、今日はありがとう」
「いえ、お礼なんかいいですよ」
「僕は休ませてもらうね、本当の戦いは夕方頃からだから」
「分かりました」
そのときにまた言い合いにならなければいいけどと少し不安な気持ちに。
「はい」
「ありがとうございます」
でも、お母さんのために真剣に考える先輩は良かったなあ。
これだけでも今日来て良かったと思える。
「悪かったわね、結構遠いところまで」
「大丈夫ですよ」
どうせ家にいても転がっていることぐらいしかできないんだから。
それなら誰かのために動けた方がマシだ。
「あ……、肩でも揉んであげようか?」
「え、どうしたんですか?」
「いや、ケーキのことをあんたが凄く考えて歩いているのがわかったから」
「と言っても、濡らさない揺らさないを意識していただけですよ」
おかしくはない、のかな。
先輩は元々、そこまで不安にならなくていいとか言ってくれていた人だ。
優しい人なんだろう、だからいまもこういう風に言ってくれていると。
「ありがとうございます、実際、結構大変なところはありましたからね」
「うん、だからしてあげるわよ?」
「でも、これは約束していたことですからね、
あと、そういう風に見てもらえただけで十分だった。
見返りが欲しくて今日のこれをしたわけではない。
寧ろ、暇つぶしのために利用させてもらっているわけだからこっちがなにかを用意しなければならないぐらいだ。
「そういえば最近、食坊が来なくなってしまったんですよね」
「え、そうなの? それは寂しいわね」
「はい、元気に生きていてくれればいいんですけどね」
のそのそと歩くのが好きな子だから襲われないか心配になる。
ただ、心配はしても飼うことはしないから心配しているふりみたいな感じにしかならないのは微妙だけど。
安易に飼うことがいいことだとは言えない、あの子は外にいる時間の方が長いだろうから急に環境が変わると困るだろうし――とかなんとか言い訳をしている時点でそのことの証明にしかなっていないのが難しいところだった。
「ふふ、それだとあんたはひとりじゃない」
「そうですね、食坊が癒やしでしたからね」
喋らなくてもいい相手、気を使わなくてもいい相手。
相手が人間になるとそうはいかない。
でも、縛りたくないから彼には自由に生きてほしいと思う。
「ごめん」
「え? いいですよ、事実ですからね」
努力することを昔と一緒で放棄してしまっているだけだから。
「お姉ちゃん、少し教えてほしいところが――」
「こんにちは」
「えっ、ど、どうしてっ、きゃあ!?」
え、なんでそんなに慌てるの?
妹さん、望心ちゃんはリビングから出ていってしまった。
別に寝癖がすごいとかそういうこともなかったのに……なんでだ?
「迷惑でしたかね?」
「はは、違うわよ、あんたがいたから驚いただけよ」
「やっぱり迷惑ってことじゃ……」
日曜日に来るなんて非常識な人間だ! なんて思われているかもしれない。
けど、断ったらこうして先輩、瑞緒さんとゆっくり話すこともできないわけだし。
雨ということもあって出てきてくれることがなくなってしまったのだ。
そうなるともう会えない、教室すら無理なのに先輩達の階や教室に行くのは無理だから。
「家族以外の人間がいたら誰だって驚くわよ、私でもリビングから逃げるわよ?」
「ははは、想像できませんね」
「なんでよ、私だって苦手なことぐらいあるんだから」
あ、納得いかないって感じの表情を浮かべている。
なんだろう、なんか色々な可愛いところが見られてお得な日だな。
「あ、あの……お兄さん」
「どうしたの? 駆流なら家で多分お腹を出しながら寝ているだろうけど」
「そうじゃなくて、どうして今日は家に……」
「寝ていたあんたと違って荷物運びを手伝ってくれたのよ」
瑞緒さんが代わりに答えてくれた。
「えっ、もう行っちゃったのっ!?」と年相応なリアクションを見せる望心ちゃんと、「当たり前じゃない、早めに買い物に行っておかなければならなかったんだから」と淡々と対応する瑞緒さん。
ちなみに、行き帰りの移動だけで約2時間、お店の中で1時間ぐらい使ったからもうお昼となっていた。
でも、勉強をしていたみたいだし、駆流とは違うなって改めて分かった。
「もう、起こしてよ……」
「あんたを起こすより行って買って帰ってきた方が早いと思ったのよ」
「意地悪……」
いいなあ、こういうやり取り。
駆流なんかは裏切り者としか言わないから。
付き合いたいとは考えていないとか言っているくせに、結局、望心ちゃんといたことが分かったらちくりと言葉で刺すと。
「望心を見習ってほしいわ」と口にした先輩の気持ちがよく分かる。
「あ、先程はすみませんでした……」
「日曜日に家にいる時点であれだからね、謝る必要はないよ」
それにしてもすごいな、3年生の進さんと、2年生の瑞緒さんと、中学3年生の望心ちゃんと――育てるのは凄く大変だっただろうな。
けど、3人とも凄くいい人達で、小学生並みの感想だけどやっぱりすごいなとしか言いようがなくて。
「さてと、僕はそろそろ帰りますね、お母さんが喜んでくれるといいですね」
「今日はありがと」
「さっきからお礼を言い過ぎですよ、いいんですよ、僕が受け入れたんですから」
ただ歩いて帰るということをすればいい帰りは気楽だった。
「兄ちゃん、練習に付き合ってよ」
「練習? こんなに雨が降っているのに?」
「だからこそだよ、兄ちゃんなら付き合ってくれるよね?」
ああなるほど、これが駆流的には罰だということか。
しょうがない、かっぱもあるし付き合ってあげよう。
「って、蹴り合うだけでいいの?」
「うん、ちょっとボールに触れていたかったんだ」
運動をしたのなんて久しぶりだから新鮮で良かった。
ただ、こうなると罰じゃないなと兄は察する。
「兄ちゃん、僕、好きな人ができた」
「そうなんだ、もしかして名字とかを言えたりする?」
「言える、浜島さんだよ」
なるほど、わざわざこう言い方をするということは瑞緒さんのことか。
「そっか」
「うん、魅力的な人だから」
出会ってから全く時間が経っていないのにいいのかという考えはあるけどね。
それでも兄としては応援するだけだ。
「今回は違うの?」
「うん、付き合いたい」
「そっか、じゃあ頑張らないとね」
「もっと接点が欲しい、兄ちゃんといれば大丈夫かな?」
「うん。でも、自分で言って真っ直ぐ向かい合うのが1番だよ」
駆流に興味を示したわけだからなんにも可能性がないということもないだろう。
いまはなくても頑張っていけば、仲を深めていけば可能性も上がる。
「ちょっと行ってきてもいいかな?」
「いや、今日はお母さんの誕生日だからやめた方がいいかな」
いまの時間は大体19時前というところだ。
公園のわずかな照明を頼りにボールを蹴り合っている僕達。
それだけならあまりうるさくしなければいいが、いまから浜島家へと行くのは違う。
「あれからずっと話したくて……」
「あ、じゃあ少しだけならいいんじゃない?」
「行ってくるっ」
あ、行っちゃった。
謝罪をするときは僕もああして夜に行ったから偉そうには言えないけど。
ボールを持って帰ろう、そろそろ父も帰ってくるところだから。
「ただいま」
「あ、どこに行っていたんだよ」
「公園でちょっとね」
駆流は瑞緒さんと話せることで幸せだろうから先にご飯を食べてしまうことにする。
もう冷めてしまったかもしれないから温めて父に提供。
「父さん、そろそろ休みの日とかないの?」
「そろそろって、一昨日休んだけどな。そうだな、水曜日が休みだな」
「その日は掃除とかしないで休んでよ?」
「大丈夫だ」
本当かなあ、いつも掃除とかご飯とかを作っていたりしていて休んでくれないからなあ。
とはいえ、こっちがいま気にしなければならないのは駆流の方だ。
どうにかして瑞緒さんといられる時間を作ってあげたい。
でも、瑞緒さんの気持ちも考えないといけないから難しそうだった。
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