03話.[それにそもそも]
今日は雨が降っていた。
食坊には会えない可能性も高いが、傘をさしていつもの場所に向かう。
流石に先輩も雨の中でくるとは思えないので、久しぶりにひとりでの食事をできる気がした。
あと、お弁当を奪われないというのが1番幸せだった。
「流石に来ないか」
濡れて風邪を引かれても嫌だからな、どこかで休んでほしい。
きゅうりとそれを天秤にかけたとき、余程お腹が減っているとかでない限りは濡れないことを選択する。
座ることができないからキャッチャーみたいな姿勢になって、いつもは食坊を乗っける場所にお弁当箱を乗せて食べていく。
もうこうなったら3年間、他の誰よりもぼっちを極めてやろうと決めていた。
裏切り者、卑怯者、そんなのではなく寂しい者だ。
「な~」
「あ、駄目じゃん歩いたら」
念の為にタオルを持ってきておいて良かった。
お弁当箱を片付けてから食坊の体を拭いていく。
人馴れしているのか全く暴れたりはしなかった。
それか単純に、僕のことを一応信用してくれているのかもしれない。
例えその理由が餌をくれるからで、良くしておかないとくれなくなるかもしれないという考えからきているのだとしても構わなかった。
「はい、雨がやむまでここにいなさい」
講堂の入り口前には屋根がある。
そこで休んでいれば雨もきっとやむだろう。
「あー、駄目だよ、今日は濡れちゃうから」
頭を撫でたらその手に頭突きをしてきた。
確か、愛情表現とか、なにかを要求する際のサインだったような気がする。
そういえばと思い出して少しだけきゅうりをあげたらむしゃむしゃと食べていた。
「ほー、雨の日でもあんたはここに来るんだ」
「うぇ……」
まじか、来てしまうとは思わなかった。
先輩はここのなにを気に入っているのだろうか。
また、以前から気に入っているのだとしたら邪魔をしてしまったのはこちらということになるわけで。
これは場所を変えた方がいいのかもしれない。
けど、そうなると食坊に会えなくなってしまうしという不安もあって難しかった。
「は? なにその失礼な反応」
「あ、いえっ、食坊に思いきり話しかけていましたからね、それを聞かれていたというなら恥ずかしいなと……」
危ない危ない。
変な態度で接すると敵視されてしまうかもしれない。
いまはまだ誰にも興味を持たれていないから普通に過ごすことができるが、意地悪をされるようになったらそれすらできなくなってしまうので弱者は気をつけるしかない。
「しょくぼう?」
「あ、結構食いしん坊なところがあるので、それで食坊と」
「安直ねえ……」
う、うるさいやい、可愛いからいいじゃないか。
と思っても言うことはせず、はははと愛想笑いを浮かべておいた。
「で、雨の日だろうと食坊のお世話って?」
「たまたまですよ、今日来てくれるとは思いませんでしたからね」
先輩の方に近づいた食坊は先輩に撫でられていた。
濡れると分かっているくせに「わっ、濡れたっ」とか言ってハイテンションになっている先輩にこの場は任せて離脱。
「食坊とはお別れかな」
残念だけど、あれ以上あそこにいてもマイナスでしかない。
それで、放課後になったら雨もやんだから敷地内を歩いて探してみることにした。
だが、あそこがやはり最強すぎて他が霞んでしまう。
試しに校舎内も探してみたものの、どこもいまいちぱっとしないようなそんな感じで。
とはいえ、わがままを言っていても仕方がない。
「ここだ」
昇降口近くの階段の裏側。
なんのための空間だろうと見る度に考えていたが、僕みたいな人間を救うためのものだと解釈しておいた。
まだ5月にもなってはいないものの、6月になればどうせ外には行けなくなるのだから気にしなくていい。
そしてここなら誰かに見られるということも、先輩に発見されるということもないだろう。
仮に発見されても逃げればいい分、気楽な気持ちでいられる。
「もうちょっと時間をつぶしてから帰ろうかな」
教室に戻って席に座る。
こうして教室でゆっくりできるのは授業の時間だけだから凄く安心できていい。
食坊ごめん、あれだけお世話になったのにこんな形で行かなくなってしまうなんて。
確かに僕は裏切り者だ、許されることではない。
それでも高校生活を緊張せずに過ごすためには必要なことだった。
それにそもそも、いい人間でいられているなんて考えていないわけだし、ささっと忘れてくれればそれでいいかな。
「アニメや漫画みたいに席が端とかだったら良かったんだけどなあ」
ひとり言がどんどんと増えていく。
梶間という名字のせいでなんとも言えない場所だった。
端とも言えないし、前、後ろとも言えないそんな場所。
せめてどこの列であっても1番後ろの席だったりしたらもう少しはマシだったのかもしれないのに。
名字に文句を言っても仕方がないから更に20分ぐらい時間をつぶして教室及び学校をあとにした。
しまったと後悔したのは出てすぐのときのこと。
部活が終わっている時間で中学生が多く歩いていたのだ。
駆流と出会うと面倒くさいことになる、だが、別道を利用して帰ろうとしたのもこれまた失敗だった。
「あ、こんばんは」
「こ、こんばんは」
これじゃあまるで尾行してきたみたいじゃないか。
駆流とよくいる彼女のことだ、どこをどう利用して帰るかなんて分かっているだろうから尚更不安になる。
「あ、駆流は……」
「もう帰りましたよ、お兄さんはどうしてこっちの方にいるんですか?」
「駆流に会いたくなくてさ、ほら、僕は裏切り者だから」
「あははっ、ちゃんと違うって言っておいたんですけどね」
あ、やばっ、この笑い方は先輩によく似ているぞっ。
それだけじゃない、全体的な雰囲気もよく似ているじゃないか!?
「それじゃあね」
「はい、気をつけ――」
「あ、裏切り者じゃない」
ああ、あのときフラグが成立してしまっていたことがいま証明されてしまった。
「なにも言わずに戻るなんて常識がないわね」
「ははは……」
雨も降っていたし仕方がない。
食坊だってご飯を貰えたからもう満足していたし。
「お姉ちゃん? お兄さんのことを知っているの?」
「知っているわよ? 学校にひとりも友達がいない寂しい1年生ということをね」
「え、そうなんですか?」
「そ、そんなわけないよっ」
ほいほい吐くような子には見えないが、駆流に情報がいくのだけは避けたいのだ。
ここはなんとしても、嘘に嘘を重ねることになったとしても、そうじゃないということを念押ししておきたい。
「素直になりなさい、そんな嘘を重ねたところで悲しいだけじゃない」
「と、友達ならいますからっ、あなた達のお兄さんが――」
「うん? 僕がどうかしたの? というか、この前はどうして待っていてくれなかったの?」
「すみませんでしたあ!」
走って逃げた、あの数には勝てるわけがなかった。
家に帰ったら引きこもり――たかったが、ご飯の準備とお風呂を溜めてから引きこもった。
可愛げがあるようでない駆流に先に食べるように言って、その日はそれ以上出ることはしなかったのだった。
結論、3人きょうだいというのはすごい。
ただの兄妹、兄弟、姉弟、姉妹というのと比べて迫力があるというか、ご両親がすごいなというか。
高校3年生のお兄さん、高校2年生のお姉さん、中学3年生の妹さん、うん、かかる費用的にもすごいなと。
「暗いけどいいな」
変化があるとすればお昼休みにぐらいしかないからどうしても限定的なものになる。
これ以外になるとただただ授業を受けて帰ることだけにしか意識を向けられないし。
「ほう、確かにここなら梅雨になっても困らないね」
「な、なんでいるんですか?」
「梶間君を追っていたんだ、どうしてか逃げちゃったからさ」
それはあの子のお姉さんであることが分かって絶望していたからだ、いやそれだけじゃない。
あの子に情けない人間であることを知られてしまったからだ。
もし先輩が言ってくれていなかったら駆流に情報がいくこともなかった。
つまりその逆になったいま、僕は落ち着いた生活を過ごすということはできない。
「瑞緒ちゃん、ここにいたよ」
「って、暗い場所ね、お似合いとも言えるけど」
もうやだこの兄妹……。
このふたりといるぐらいならあの子といたい。
でも、そうすると駆流に裏切り者だと言われてしまうという難しいところがある。
「というかさ、あんたいつから望心と関係があったの?」
「スーパーでよく会うんです、水曜日限定ですけど」
「ああ、そういえば行ってくれているか――じゃなくて、あんたって買い物もしてんの?」
「はい、嫌じゃないので」
「へえ、物好きね」
失礼な妄想だけど、先輩はなにもしていなさそうだ。
お兄さんはなんかご飯を作っていそう。
それかもしくは、あの子が頑張っているのかもしれない。
「僕はこれで戻るね。また会おうね、梶間くん」
「はい」
いや、まだお兄さんの方はいいか。
問題なのはこの人、無茶なことを言ってくるこの人だ。
「座ってください」
「嫌よ、汚れるじゃない」
「あ、じゃあこの上着を座布団代わりにしていいですから」
「嫌よ、それでも汚いじゃない」
ちゃ、ちゃんと洗っているのに。
逃げないで向き合おうと思ったのにっ。
「大体、外で座って食べる人がそれを言うんですか?」
「外はあれよ、風とか吹いているから綺麗そうじゃない。でも、ここはじめじめしているし、いるだけで暗くなりそうな場所だから」
「そうですか? 確かに暗いですけど居心地はそんなに悪くはないと思いますけどね」
「それはあんたあれよ、あんたが暗い人間だからよ」
どうせ暗い人間ですよ、ええ。
だからこそ知られたくなかったんだ。
この際駆流なんかどうでもいい、最近は反抗期気味だしどうでもいい。
でもっ、せめてっ、あの子にだけは知られたくなかった!
これからも顔を合わせる機会はあるだろう、そしてその度に僕は笑われることになるんだ!
「……いちいち妹さんの前で言わないでくださいよ」
「どうせばれるものよ、先に理解されていた方がダメージも少ないでしょ?」
「それにしたって言い方が……」
別にこれからどうなるというわけでもないのにわざわざ無駄な情報を吐く必要はない。
僕の情報なんかあの子にとってはどうでもいいのだ。
「事実じゃない、あんたは教室からこうして逃げてきているじゃない。別に大して怖くもない連中相手に勝手に怖がってこんなところにいるんじゃない、食坊を放って」
「それは先輩といたくなかったからですよ……」
そもそも自己紹介すらされていない。
それなのに仲良くできるわけがないじゃないか。
先輩が興味を持ったのは駆流にだけ、僕はどうでもいい存在だ。
そうしたらこういう対応をするのはなんらおかしなことではないはず。
「あそこに来てくれなければ例え雨が降ろうが、風が強く吹いていようが、雪が降っていようが行きますよっ」
食坊のことが好きだ。
いまだって行きたいという気持ちが大きい。
食坊にとってはご飯をくれる存在程度だろうが、それでも優しくしてくれるところが好きだったから。
「いや、別にあんたに会いに行っていたわけじゃないんだけど、いやー、まさかそんなことを言われるとは思わなかったわ」
「それはすみません、とにかく、話しかけてくれなければあそこで食べますから」
「いやー、あんたがどこで食べようがどうでもいいんだけど」
「じゃ、これからそういうことでよろしくお願いします」
僕だって自惚れちゃいない。
最初から無意味なものだと片付けていたことだ。
先輩はそれ以上はなにも言わずに歩いていった。
こちらはいまからでも遅くないからとあそこを目指す。
「いないか、裏切ったもんな」
適当なところに座ってお弁当を食べた。
とにかくこれで落ち着いた時間を過ごせることだろう。
寂しいどころか喜んでいる自分がいた。
「あっという間にGWが終わってしまった」
ほとんどの時間、家にいた。
たまに出ても買い物ぐらいだけ。
それもまたひとつの過ごし方とはいえ、他の人は誰かと楽しんでいるのにと考える自分もいて面倒くさい。
そういえば食坊は元気にしているだろうか。
僕があげているご飯の量なんて全くないからそこまで不安になる必要はないだろうけど。
「兄ちゃん、もう少しでテスト週間だから、そのときは望心ちゃんと一緒にやるから」
「うん」
「その際は話してほしくないから家を出てて」
えー……それならご飯を作るのとか任せよう。
流石にそれでご飯だけ作れとか言われても納得できない。
年上なら聞いてやれよと言う人間もいるかもしれないが、そこまで優しくはできなかった。
弟は「それじゃ」と言って中学校の方へと歩いていった。
まあいいか、どうせ僕もテスト週間に入るから学校でやっていけばそれで。
普段は教室から逃げているからみんなと同じぐらい教室の雰囲気を味わっておかなければな。
普段から真面目にやっているつもりではいるものの、今日から始めてしまうことにした。
それでもなんにも悪くもない父のために19時前には帰宅してご飯を作った。
「なあ、最近はどうしたんだ?」
「ん? ああ、なんでもないよ」
「そうか? この前までは沢山会話をしていたと思うが」
「喧嘩をしたわけじゃないから、ほら食べようよ」
「まあ、そうだな、せっかく作ってくれたわけだし」
食べ終えたらふたりには先にお風呂に入ってもらってこちらは洗い物をしたり洗濯物を畳んだりしていた。
「素晴、ちょっと付き合ってくれないか? コンビニまで」
「いいよ? 行こう」
なんか明日のお昼にカップ麺を食べるつもりでいるようだった。
「ごめん、僕が作るのはやっぱりあれかな?」
「違う、俺がこうして済ませば負担も減るだろ?」
「気にしなくていいよ、食べてくれるのが嬉しいし」
「まあたまにはな、単純に食べたくなるときがあるんだよ」
なんかそういう風に言いつつやめさせたいように聞こえてしまった。
まあ、そんなことは表に出したりはしないが、上手くできているなんて言えないんだししょうがないかもしれないけどさ。
「で、駆流とはどうなんだ?」
「喧嘩なんてしてないよ」
「俺しかいないぞ」
そう言われても喧嘩なんてしていない。
あっちが一方的に敵視してきているだけだ。
「大丈夫、なんでもないよ」
「ふぅ、そうか」
いや、やっぱり短慮を起こさないでご飯を作ろう。
父が可哀相だ、作ったら家を出ればいい。
ふたりが喜んでくれるからとしていたんだ、だったら最後までちゃんとやらないと。
しかも、僕は暇で兄なんだからしょうがないんだ。
「ただいま!」
「ただいま」
もう父は入浴済みだし、多分、駆流も出ただろうからお風呂に入ってしまうことにした。
洗面所に突撃してみても誰もいなくて安心。
誰かがいたら恐怖どころの話じゃないけど。
「ふぅ」
役に立てているのかどうかは分からない。
それでも、誰かがやってくれるのを待つよりかは自分でやってしまった方が精神衛生上良かったからそれでいいはずだった。
あまり甘えてしまわないようにとたまには教室で食べることにした。
とはいえ、だからといってざわつくわけでもない、あくまでここにいる子達はご飯を食べながら盛り上がっているだけだった。
確かに大して怖くもないのに逃げるのは違うよなあと。
観察してみると男の子は男の子で、女の子は女の子で集まって一緒にいるようだ。
これは少し意外だった、中には男女でいようとするグループもいると思ったから。
いま限定かもしれないが僕みたいにひとりでいる子もいる、女の子も男の子も変わらずに3人ぐらい。
でも、自由に喋れるし、食坊もいるからこれなら外で食べた方が息苦しくなくていいかもしれない。
あ、だけど興味がないというわけではないようだ。
意外にも女の子の方が異性を気にしている気がする。
同じ教室内にいるのに近いような遠いようなという感じではあるものの、たどり着くことができないというわけではないみたい。
「珍しいわね、梶間くんが教室で食べているなんて」
「あ、うん、たまにはいいかなって」
「そう」
そういうきみはなんなのだろうか。
この前も話しかけてくれたけど、なんでもないで終わらされてしまったから少し気になっているところではある。
ただまあ、先輩が来ていたことよりかは不自然さもないからあんまり気にしなくてもいいんだろうけどね。
結局、話はそれだけだった。
明日からはあのふたつの場所で交互に過ごそうと決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます