58~60〈パーハースへ〉

58


その後は魔獣に出会うことなく、2日目、3日目と野営し、4日目には山の森へと差し掛かった。

この森は鬱蒼としげっており、人がよく通る道以外に進んでしまえば、簡単には進めないだろう。

幸い先人たちが用意した道は行き来がしやすく、大した苦労はしない。


この道中、ルヴィアは自身の知識の中から、魔導のことを話した。


曰く、魔導とは魔力を用いて世界に変化を与える技術である。

人のすべからくが魔導をもっているが、それを鍛え上げ、魔導士として戦えるまでに昇華させるのは、才能が必要だ。

まず、魔導が戦いに有効かどうか。

そして次に、魔力が豊富かどうかが大事だ。

魔導が戦いに有効かどうかというのは言わずもがな、火と水では火の方が向いているということだ。

そして魔力が豊富かどうか。

ほとんどの場合、魔導と魔力は親から受け継ぐことが多い。魔力が多い、つまり魔導士のような人物の子は、魔導士になれるほどの魔力を持つことがよくある。

稀に魔力が少ない親からも魔力が多い子が生まれたり、その逆がおきることがある。

魔導に関しても、親の魔導と同じ魔導の子供がほとんどだが、中には突然全く違う魔導をもって生まれることがある。

そのメカニズムは複雑で、まだまだ分かっていないことが多い。


もっと違った角度、技術的な面でいえば、魔導で重要なのは術式と呼ばれるプロセスである。魔導を使用する際、頭に思い浮かべる魔導発動の想像を、術式と呼ぶのだ。

また、発動させたい魔導に注ぐ魔力の量や流れ方を操作する技術を、魔力制御という。

これを細かく想像できるほど、細かく制御できるほど、より効果の高い魔導を発動させることが出来る。


「かくいう私も色々訓練中よ」

「実験中、というと?」

「空を走ってみたり出来ないかな、と思って」

「それが出来たらすごいよルヴィア!」

「羨ましいなぁ。俺の魔導は発展性が低いからな」


ヨハンの【不壊】のような魔導は、効果の性質上、発動で発揮する力が限定されているので、万能性が低い。

しかし、万能性が低い魔導は効果の強いものが多いので、一概に弱いとは言えないものばかりだ。


「でも、ヨハンももう少し魔導を鍛えたら、肉体の出せる力があがるんじゃないかしら」

「へぇ!なるほど。壊れにくい身体なら、無理に馬力を上げても平気になるかもしれねぇってことだな」

「そうそう」


案外、ヨハンにも伸び代は残されているようだった。これに喜んだヨハンは、その夜からルヴィア同様、魔導の訓練を始めることにした。



59



そして旅は5日目、6日目と順調に進み、7日目に差し掛かった。既に山を降り始め、この調子なら8日目にはパーハースへ辿り着くだろう。

昼には偶然仕留めることが出来た鳥を調理し、新鮮な肉のスープを飲むことが出来た。

気力も英気も十分で、旅の成功は目前である。


「ん?」

「あら、どうしたの、レクリル」

「なんか、弓矢の音が聞こえたの。ひゅうって」

「弓矢?」


道の途中、レクリルはその音を聞きつけた。

森の中で狩りをしている者がいるのだろうか。


「このまま進んでいくと、たぶん音がした方に行くと思う」

「そうなの。一応ゾームさんに言って進んでいきましょうか」


ルヴィアはそう提案し、ゾームに事情を話した。彼によると、この辺りで狩りをするような猟師の話は聞かないという。

最悪野盗の類である可能性も考えて、一行は山を下っていった。


しばらくすると、


ひょうっ


と、ルヴィアとヨハンにも聞こえるくらいの距離で、弓矢の音がした。

森の中に目をこらすと、誰かが弓矢をもって鳥を仕留めていた。

そちらもルヴィア達に気付いたようで、敵意はないことをアピールするように、手を振りながら一行へ近づいてきた。

背の高い、20代後半の黒髪の男性で、いかにも狩人という姿をしていた。唯一それらしくない要素といえば、その体を覆う衣服や皮鎧は、明らかに魔獣のものであるということか。


「こんにちは。こんなところで何してるの?」


レクリルは彼に声をかける。


「親切に挨拶どーも。なぁに。この辺りの獣は特別美味いからな。態々取りに来ただけの男よ」

「うんうん。その鳥美味しいよね!さっき私達も食べたよ!」

「お、分かってるじゃねーか!」

「私はレクリル。貴方は?」

「俺は、あー…」


男性は少し首をひねったあと答えた。


「んじゃ、バルバドスって呼んでくれ。パーハースから来たんだよ」

「そうなんだ。私達もこれからパーハースに行くところだよ!」

「へぇ、あそこは治安が悪ぃからな。気ぃつけねぇといけないぜ」


バルバドスは心配そうな顔でレクリルにそう言ったが、ルヴィアとヨハンを見て、続けて言った。


「いや、頼りになりそうな仲間を連れてるんだな。団長さん」

「あれ?私そう言った?」

「ハッハッハ!顔見りゃわかるのさ。目が良いんだよ。俺は。あんたらも名前、教えてくれよ」

「私はルヴィアよ。よろしくね。バルバドス」

「俺はヨハンだ。よろしくな」

「おう。にしても、随分少ねぇ団だな。どういうところなんだ?」


レクリルは自身ありげに、


「人助け!私達のモットーだよ!」


と答えた。


「へぇ〜。立派だなぁ、そりゃ」


バルバドスは深く感動したような、なにか遠いものを見つめるような目で相槌を打った。


「おっと、変に時間食っちまって悪かったな。俺はそろそろパーハースに帰るぜ」

「ここから?1日かからない?」

「ま、多少鍛えてる奴が走ればそう時間はかからないさ。またパーハースで会うかもな。そんときゃよろしくな。あばよ」

「うん。またね!」


レクリルに別れを告げると、バルバドスは道を先に走っていった。その速度はかなりのもので、ルヴィアが走るのとそう変わらない速さだった。しかも、まだ余裕がありそうだった。



60



「不思議な奴だったな」

「でも、悪い人じゃなさそうね」

「それに、腕も立つんだろうな」


ヨハンとルヴィアは、彼の仕留めた鳥が、矢の1発を頭部に受けて死んでいたのを見ていた。どの程度の距離から狙ったかは分からないが、この森の中、鳥の小さな頭部を捉えるのは容易ではないだろう。

さらに、あの走る速度。相当鍛えているのは間違いない。


「ともあれ野盗でも無かったし、良かったわ。先を急ぎましょう」

「そうだね」


3人は馬車の元へ戻り、ゾーム達とともに旅を再開した。

弓矢の正体は野盗ではなかったことを伝えると、ゾーム達は安心していた。


「しかし、山のこちら側は魔獣が多いですから、まさか野盗の類がいるとは思えませんからね。その点は予想通りです。ですが、本当に狩人だったことも驚きです」

「へぇ、魔獣が多くなるんですか」

「ええ。そうなのです。しかし今のところ全く出会う気配がない。いやはや、ルヴィア殿の言う通り、この旅には神様が付いていてくださっているのかもしれませんね。はっはっはっ」

「皆さんとしては退屈かもしれませんが、この調子で、あともう一日、よろしくお願いします 」

「うん。もちろん!」

「わかったわ」

「うっし、任しとけ!」


そのような一幕もあり、日が暮れる前には最後の野営予定場所に到着していた。

一行はそこで野営を済ませ、朝、日が昇り始めた頃に出発した。

この辺りの魔獣は、夜明け頃にはあまり動かずにいるらしく、今のうちに山を降りきってしまうのだ。


「ふあ〜。ちょっと眠いや」

「少しずつ寝てると言っても、夜に起きてると流石に疲れが全部取れないのね。しかも明け方だから」


この8日間、ルヴィア達は交代で夜の見張りを行っており、レクリルもそのせいか眠気があるようだった。

不寝の番は普段の旅でも当たり前に行っているが、今日はそれに加えて、とても朝早いうちに出発というのが影響していた。


「まぁ、最後の辛抱よ。さくっとパーハースに行っちゃいましょう?」

「うん。がんばる」

「なぁに。少し歩けば眠気も取れるさ」


そしてヨハンの言った通り、一時の4分の1ほども歩けば、レクリルもすっかり目が覚めた。すると、ちょうど山の森の切れ目が見えてきた。そこを抜ければ平地になり、すぐそこがパーハースである。

森の出入口に来ると、ヨハンがそこの木になにかし始めた。


「これでよしっと」

「あれ?ヨハン何してるの?」

「ああ。何かと縁起がいい旅だったからな。ちょっと印でも残しとこうかと思ってよ」


レクリルが木を見ると、「龍の祝福ありしレクリルの団、通過」と彫ってあった。


「いいねぇ〜」

「だろ?」

「ほら、2人とも、もう行くわよ」

「はーい」

「あいよ」


レクリルとヨハンが振り返る方向には、既に大きな壁が見えていた。パーハースを囲む、お金のかかった頑丈な壁である。

正面に備えられた門には、今は誰も並んでいない。

一行はそこを通り抜け、新たな地へ、足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る