55~57〈道々〉
55
今回の道は8日か9日で通る予定である。
馬車には荷物がたっぷりのため、馬が引くのでも時間が掛かる。馬に1人で乗っていくならば、5日もかからないだろう。
ヘイムを発って東へ向かう道は、最初はのどかな平原である。ここから山を越え、さらに降っていくとパーハースがある。
この山は天辺まで木が茂っており、高さはあまり無い。
パーハースは商売の天国といわれる故か、この道はかなり使われているようで、以前の馬車の轍が残っている箇所もあった。
そんな道を進んでいると、ただ歩いていくのでは退屈ということで、多少の会話があるのは当然だ。
話し相手はマルチェで、冒険の話をすれば、彼女はその見せ場のひとつひとつに目を輝かせながら反応した。
ビフロンスとの戦いは特に彼女の興味を引いたようで、話の合間に質問を挟むほどだった。
ルヴィアがビフロンスの能力の秘密を見破った時には、単純にルヴィアの知識にも驚いていた。
「そんなことまですぐに分かるなんて、ルヴィアさんは博学に知識がおありなんですね」
「うーん。そういえば、土地特有のことはともかく、知識はすこし持ってるわね」
「それは何処で、何方に教わったのですか?」
「何処で…誰に…」
ルヴィアはその質問を受けて、己の知識の源泉はどこからもたらされたのか、自分でも気になった。
思い出そうと記憶を辿ると、朧気なビジョンが浮かび上がってきた。
今より一回り小さく見えるルヴィアが、誰かに連れ添われ、男性に紹介されているようであった。
『ア……ミ…これは、"アーサー"。おまえに…と…識を与える者だ』
紹介された男は、「アーサー」といった。金髪碧眼の、優しそうな人だった。
アーサーは、ルヴィアに笑いかける。
『よろしくね、僕のことはアーサーでいいよ』
そう言って彼は手を差し出す。
ルヴィアはその手をとり、誰かの元を離れた。
そうだった、と、僅かに思い出す。ルヴィアに、剣と知識を与えてくれた男。師父として慕っていた、アーサーという人物のことを。
「ルヴィア、ルヴィア!」
気がつくと、レクリルがルヴィアの体を揺さぶっていた。
「ああ…ごめんなさい」
「どうしたの?急にぼーっとして…」
「俺も昔を思い出すときはそんな顔してるぜ。ルヴィア、なにか思い出したんじゃねぇか?」
「ええ。そうなの」
「え!本当!?」
ルヴィアはレクリル、ヨハン、マルチェに、自分の師父の話を聞かせた。
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彼の名はアーサー。曰く、剣においてはルヴィアを凌駕する腕を持ち、またその知識においても様々なことに精通していた。
「アーサーさん…かぁ」
「どこかで聞き覚えはある?」
「私は聞いたことないなぁ」
「俺もだぜ」
「それ程凄い方なら、どこかで名を上げているやもと思いますが、私達も存じませんね…」
「そう…」
広い情報網を持つアストン商会でも知らないということは、少なくとも周辺の国家で有名な人物ではないということだろう。
確かにアーサーなる人物のことを探し、会うことが出来れば、ルヴィアの記憶を取り戻すのは容易だろうが、出会えないのならば仕方がない。
それに、今はアーサーが何処にいるかよりも、ルヴィアの記憶がわずかでも戻り、今後もこのようにして記憶が蘇るかもしれないことを喜ぶべきだろう。
「思い出せてよかったね!」
「ええ。これからもきっと、少しずつ思い出すわよね」
「焦らずゆっくりやっていこうぜ」
レクリルとヨハンもそれを分かって、ルヴィアの回復を素直に喜んだ。
「ぬ!あれは!」
そこへ、ゾームの声が聞こえてくる。
レクリルが振り向き、兎耳を正面へ向けた。
「魔獣!前から4匹くらい!」
「ちっ!タイミングが悪ぃぜ」
前方から草原を走ってくる魔獣の姿が見えた。しかし、それは他の獣の類と一緒くたに扱われる程度の、つまるところ狩人クラスの魔獣である。
ルヴィア達であれば、油断していたとしてもまず大丈夫な魔獣である。
やがて4匹の魔獣が馬車の前までやってくると、3人は武器を振るって逆襲した。
ルヴィアの剣が1匹の首の当たりをきりつけ、そのまま連続した剣技で身体を切り刻んだ。血を吹き出しながら、魔獣はその場に転がった。
同時に、ヨハンは魔獣に斧を叩きつけ、横薙ぎに吹き飛ばす。ばきばきと鈍く軋む音と共に、1匹は草原に斃れる。
レクリルは腹の広い剣で、2匹の魔獣を器用に食い止めていた。隙を見ては脚や胴を切り付ける。
そこへ、ルヴィアが魔獣の背後から斬りかかり、あっという間に1匹を討ち取った。
「ふんんっ!」
レクリルは剣を大振りで振り下ろし、力の乗った先端が最後の魔獣の頭部に直撃する。
頭蓋が割れ、断末魔も上げることなく、魔獣は地面に横たわった。
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「よーし」
「うん、追加は無しだよ」
「お疲れ様ー」
危なげなく魔獣を倒した3人は、敵がもう居ないことを確認して息をつく。
例え余裕の相手であっても、戦闘は疲れのあるものだ。
魔獣の死体を虚空庫に収めて馬車に戻る。
「いやはや、お見事でした」
「ありがとうございました」
帰ってくると、ゾームとマルチェが3人を労った。
「いやー、全然平気だったねー」
「まぁ、あんくらいなら10匹いてもなんとかなるだろ」
「2人とも調子に乗らないの」
「ほっほっほ。いやこれは頼もしいですな。残りの護衛も、よろしくお願いしますぞ」
「ええ。任せてください」
「では、出発しましょう」
この護衛の最初の戦闘を無事終わらせることができ、一行の旅はまた先程の様子に戻っていった。
しかし、ルヴィア達の戦いを見たマルチェは、その後興奮気味だった。
旅も初めての彼女は、幼き頃の冒険心が蘇ってしまったのだろう。
そこへさらに、空高く遠くに、朧気な龍の姿が見えた。これにマルチェはすっかり興奮冷めやらぬ様子になってしまったが、ゾーム含めた他の一行は、微笑ましく彼女を見守った。
「にしても、龍を見れるとは縁起がいいですな」
「そういえばハーリオン…じゃなかった、ヘイムに来る前も見たよ」
「そうだったわね。もしかすると私たちの旅には、旅の神様が着いてきてくれてるのかもしれないわ」
「へぇ、そいつはいい考えだな。良く拝んどくか」
この一行は皆基本的に宗教を信仰してはいないが、パーハースの向こうにある聖光国は、聖光教を国教としているらしい。
聖光教は一神教らしいので、このように旅の神に拝むことは無いだろう。
「聖光教は堅苦しそうだよな。神様はもっと沢山居たっていいと思うぜ」
「まぁ、個人の自由よ」
そんなやり取りをしているうちに、龍は雲の向こうへ消えてしまった。
暫く一行は感動の余韻に浸っていたが、まだまだ道は遠い。
やがて調子を取り戻し、先程までのように、再び道を進み始めた。
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