52~54〈その2日〉
「そういえばよ」
アロダイトが何か言った。
「え?なに?」
「いやいや。そういえばっていっただけよ。でだ……アーリマンの話を聞いたか?」
「アーリマンさんがどうかしたの?」
「ああ。なんでもあのアーリマンが男に惚れたとか」
「ブッ!」
レクリルは思わず吹き出した。
アロダイトが言うには、ずっと力を求めつづけていたアーリマンが、このところ急に大人しくなったのだとか。
それにこれまでは相手を貶す時、女の私にも勝てないとは情けない、というような事を言っていたのが、今は「あの人の足元にも及ばないわね」と貶しているらしい。
ルヴィアとレクリルは思わずギルドの入り口側に目をやったが、ギルドの中でアーリマンやヨハンが聞いているというようなことは無かった。
「どうした?何か知ってるのか?」
「い、いやいやいや!知らないなぁ〜そんなこと!へぇー、そうだったんだー」
「そう!びっくりだわ!驚いちゃったー」
最後の方はわざとらしくなってしまう2人だったが、幸いアロダイトが突っ込んで来ることは無かった。
「そうか…んで、話には続きがあってな。アーリマンにそんな噂が流れるようになってから、ギルドの仕事をバリバリこなすようになったんだ。まるであんたらみたいだな。と思ってな。ワハハっ!」
そんなことがあったのか、とルヴィアとレクリルは感心した。
しかし、直ぐに彼女の意図に気づく。
レクリル達の「人助けを生業に」という目標をヨハンから知り、少しでも彼に振り向いてもらおうとアピールしているのだ。
私も貴方の力になれるわ!
と示して、レクリルの団からヨハンを引き抜こうとしているに違いない。
しかし、直接ヨハンを攫おうとしていていた以前に比べれば、間接的であるだけで随分良いし、それどころか依頼の達成のおかげで助かる人々がいるのだから、寧ろ素晴らしいことだ。
「まさかヨハン、出ていっちゃったりしないよね?」
「ないない。有り得ないわよ」
はっきりいってしまえば、ヨハンの方はアーリマンに全く興味がない。
彼女とヨハンがどうこうなることはないだろう。
「色々ありがとうアロダイト」
「おうよ。依頼がんばってな」
「ありがとうー!」
2人はアロダイトに別れを告げ、ギルドを出る。ところが、外で待っていたはずのヨハンは、その姿を消していた。
「あら?どこへいっちゃったのかしら」
「あ、ルヴィア!あっちが騒がしいよ」
「まさか…」
2人は急いで騒がしい方へ駆けていった。
53
騒ぎの大元。それはヘイムの広場での出来事だった。ルヴィアとレクリルの予想通り、そこにはヨハンとアーリマンが居た。
「だから無理だってぇのっ!」
「いいじゃないの!私にだって人助けくらいできるのよっ!ついてきなさいよー!」
正確には、アーリマンに追いかけられるヨハンが居た。
「ちょ、ちょっと!2人とも落ち着いてー!」
「《
ルヴィアとレクリルで何とか2人を止めて、騒ぎを納めることに成功した。
事の次第は単純で、ギルド前に待機していたヨハンはバッタリアーリマンに会った。そしてもうすぐ街を出ると告げたヨハンに、「早すぎる」「聞いてない」とアーリマンが詰め寄ったのである。未だヨハンへのアピールが不十分であった彼女は、納得いかずに、結局以前のようにヨハンを追いかけ回すことになったのだ。
「いっそアーリマンさんもついてくればいいのに」
「それは嫌っ」
「あ、そう…」
アーリマンの即答に、レクリルは悲しそうな顔をした。まぁ彼女にとっては2人はライバルでしかないので仕方がなかった。
「アーリマン、ヨハンに説得を試みるのはいいけれど、こんな風に騒ぎになるのは金輪際やめてちょうだい」
「なんですって!」
「そういうところよ!ヨハンは大人しい女性の方が好みですって。ねぇヨハン?」
「え?俺は…」
何か言おうとしたヨハンを、ルヴィアは般若が背後に見える、威圧感のある笑顔で見つめた。
「…ね?…」
「…おう……そうだな…」
ヨハンは顔を逸らしながら答えた。
「でも!私は」
「でももだってもないでしょう?アーリマン。あっちの喫茶でコーヒーでも飲みながら、
「…え…ええ…」
同じ笑顔を向けられたアーリマンも顔を逸らしながら頷いた。
力の差がどうとかは関係なかった。
その笑顔には、逆らってはいけないオーラがあった。
「今日のルヴィア…なんだか怖いなぁ…」
「みんなだらしないからよ。レクリルも、団長としてシャキッとね?」
「は、はい…」
レクリルとヨハンはこの日、怒ったルヴィアには逆らわないと誓った。
アーリマンも、ヨハンに無理に言い寄らないと誓った。ただし、行く先をヨハンから聞き出し、「今は離れられないから、暇が出来たら追いかけるわよ。待ってなさい!」と言い残した。
54
「ルヴィア様、レクリル様…お久しぶりです。ヨハン様は、初めましてですな。よろしくお願いしますぞ」
護衛依頼の待ち合わせ場所に行くと、以前ユードリックの乗っていた馬車の御者であった、ゾームが居た。
呼び方が、殿から様へ変わっている。
「ゾームさんお久しぶり!」
「お久しぶりです、ゾームさん。もっと砕けて喋ってもいいんですよ?」
「ほっほっほっ。ならば以前のように呼ばせていただきますかな」
「あんたがゾームか。丁寧にどうも。わかってると思うが、俺はヨハン!俺のことも砕けた感じでいいぜ」
「分かりました。ではヨハン殿と」
殿…と呼ぶのもまだまだ丁寧だったが、このご老人は相手を上げる口調で接することに慣れている。彼なりに砕けてこれならばそれでいいだろうと、ルヴィア達もそれ以上は何も言わなかった。
「今回はもう1人同行させる者がおりましてな、彼女は支部長候補のマルチェと言います」
「ま、マルチェです…!よろしくお願いします!」
ゾームが紹介したのは成人したばかりのように見える、随分若い女性だった。
ブロンドの髪を後ろで結んでいる、素朴な感じの女の子だ。
ちなみに、成人は男女共に16歳となっている。
「あら、若いのね。私はルヴィアよ。気安く接してもらっていいわ。よろしくね、マルチェ」
「私はレクリル!」
「俺はヨハンだ」
それぞれ握手を交わす。
「彼女は家の商会でも頭1つ抜けて優秀でしてな。16歳と半年くらいで…随分若いですが、順調にいけばあと1年程で支部長になれると評判なのですぞ」
「凄いわね」
「そ、そんな…私なんてまだまだですよ…!」
マルチェはわたわたと手と首を振った。
顔は僅かに赤くなっている。
「ですが若いだけあって、旅慣れしておりませんでな。信頼出来る皆様の護衛があるこの機会に、経験させることになっております」
「わははっ!なるほど、経験ってーのは大事だからな!」
「わかった!大丈夫だよ、私達がちゃんと守るからね!」
「うんうん。大船に乗ったつもりでいてちょうだい」
「はいっ!改めてよろしくお願いします!」
マルチェはぺこりと頭を下げ、結んだ髪を揺らした。
ひゅうひゅうと心地の良い、いや、少し肌寒い風が吹く日和、レクリルの団はパーハースを目指して出発した。
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