46~48〈噺〉

46



ややあって、扉が開け放たれた。

その向こうは夜明けの日差しが入り込み、光で見えづらかった。


カツっ。


ブーツが床をふむ音が聞こえ、それに続いて、部屋に言葉が駆け巡った。

若く張りのある声である。


「皆…よく集まってくれた」


背の高い、黒髪の男が入ってくる。

アルゲインが僅かに体の向きを男の方に変え、恭しく返事をした。


『当然です。主上の命に応えることこそ我々の存在意義なりますれば』

「…ああ。皆の素晴らしい忠義、私も嬉しく思う」


男は上座に着いた。

そこは戴天党の最高指導者たる者が座る場所なれば、なるほど、この穏やかな目をした男こそ戴天党の最高指導者、"天意"である。


彼が他の面々に着席を促すと、それぞれが席に着いた。今この瞬間、この場所こそ、頭目と幹部、戴天党の力の全てが集まる場所だった。


「さっそくだがね。まずは皆に労いと感謝を」


そう言って、天意は目を閉じた。

他の面々はそれに対し、静かに頭を下げた。

静謐な空気がこの部屋を支配し、ただ、時が過ぎる音だけが流れていた。


「…ひとつ…御伽噺をしよう」


黙祷のような時間を終えると、天意は話を始めた。それはかつてあった夢の国の噺。


「かの国は平和だった。幸福だった。争いも無く、豊かで、人が人であることを踏みにじられることも無い。国に住む誰もが善人で、誰もが笑っていた。しかし、その平和と豊かさを妬む国と、戦争になった。勝利を果たしても、幾多の英雄が帰らぬ人となった…」


彼は続けた。


「ああ…"彼女"の幸せを踏みにじった相手の国は、滅びた。しかし、かの国も滅びた。未だに・・・納得できないことだ………だが……まだ終わってなどいない。かの国の活きた時を知る、この私が生きているっ!!」


最後はすこし昂ったように、拳を机に叩きつけた。

暫く沈黙が流れる。

やがて、彼は大きく息を吐くと、話を続けた。


「諸君らの活躍で、ようやくこの手に…この地に…サンダリヨンを取り戻した…!…もはやサンダリヨンを知る民も居ないが、かの国の民の血は、今の民たちにも受け継がれている。血を絶やさなかった、民たちの先祖にも感謝せねば。今も尚、この地に正しき者たちが住んでいる奇跡を感謝せねば」


そう繰り返す天意は、熱くなる目頭を抑えた。あまりの歓喜に、身体が震えていた。


「これで、次の段階に進める・・・・・・・・…!」



47



呟いた天意は襟を正し、しっかりと前を見据えた。


「プリケ…交渉はどうなっている」

「はっ!…頑なに、譲るつもりは無いと…」

「いいさ…お前のせいでは無い。だが、サンダリヨンを取り戻した今、もはや交渉を待つことはできない」

「では…!」


カーマルクスが机に手をついて声を発した。

その決定は、紛れもなく戦いの合図だからだ。


「いや、此度はリリーに任せよう。なにせ、"あれ"を手元にさえ置けば、もはや用はないのだ」


カーマルクスは頭を下げ、席に座り直した。天意から直々に命を賜ったリリアリスは、椅子を出してその場にたち、礼の姿勢をとる。

まったく声を出さない様子の彼女が、彼に対しては流暢に言葉を紡いだ。


「ご信頼に…感謝を…必ずや、正当なる所有者たる【オーディ】様に、かの秘宝をお持ち致します…」

「期待している。そしてプリケ、カーマルクス。【ウラノウス・オーディ】の名において、両名に命ずる。彼女の補佐を務めよ。忘れるな、決して殺してはならない。失敗してもならない」

「「はっ!」」


天意は………"ウラノウス"は、返事を聞いて満足そうに頷いた。

リリアリスはカーマルクスが補佐と聞き、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


『主上…私めはいかが致しましょう…』


アルゲインは低い声で尋ねた。

それに対し、ウラノウスは既に持っていた解答を口にした。


「パーハースに行ってもらおう。できれば、あの男・・・を戴天党に加えたい」

『…しかし、これまでは何れの説得も失敗していたのでは?』

「とうとう手に入れたのだ。彼がパーハースに留まる理由を。それをどうにかすれば彼にも、我らの正しき光が見えるやもしれん」

『なるほど…それは素晴らしい』

「折角だ。アルゲイン、君にもこう言おう。ウラノウス・オーディの名において命ずる。パーハースに巣食う不幸の種を滅ぼしてみせよ」

『…然と、承りました。不肖の身なれど、必ずや果たして参ります』

「はははは。不肖の身か、いつも謙虚だな。最も長く我が力となって働いているのは君だろうに」


アルゲインは特級指導者の中で、最も古株の男であった。戦闘力やその頭脳に対する信頼は厚い。


「命令を下したが、しかし諸君らも随分と働いてくれた後だ。一月ほどの休養をとってから任務に当たれ。交渉もその一月の間は続けてみようが、もはやプリケが担当する必要はない。誰が赴こうとも、頷く可能性は低いからな」


ウラノウスは席を立つ。

ほかの面々も一斉に席を立ち、礼を示す。


「これで全てだ…会議を終わりとする」

「「「はっ!」」」


陽の光はすっかり城中をつつんでいたが、去っていくウラノウスの姿は、そこに闇があるかのように見えなくなった。



48



ルヴィア達はアストン商会に居た。

理由は2つ。

このヘイムに、本店を離れて訪れていたユードリックと、久々に会っておこうというのがひとつ。

そして報奨金で、再び物資を買い入れておこうというのがもうひとつだ。


店に入ったとき、カウンターの従業員は直ぐにルヴィア達に気付き、ユードリックを呼んだ。それほどまでにアストン商会では、彼女らを特別な客として見ている。


奥の部屋に通されると、いつぞやのように立派なソファが、テーブルを挟んで2つ並んでいた。ヨハンは「俺はデケーから横にたってるからよ。2人が座ってくれ」と、いち早くその位置に着いた。

本当はこういう場に慣れないので、なるべく上品そうな話に巻き込まれないようにしているのだ。ルヴィアとレクリルにはお見通しだった。


「もう、ちょっと買い物のお話をするだけよ。2人とも臆病ね」


無論レクリルも未だに緊張の抜けない様子だった。城にも入ったし、金貨も沢山見たしでそろそろ平気かと思ったが、中々慣れないものらしい。

そこへユードリックが現れ、朗らかに笑いながら挨拶をした。

ルヴィアとレクリルは立ってそれを出迎えた。


「お久しぶりです!お越しくださってありがとうございます」

「どうも!」

「ええ、久しぶりね。今日は用事があって」

「それはそれは。こちらも色々お話がございまして。ささ、おかけになってください!」


ユードリックに促され、ルヴィアとレクリルは席に着いた。

話というのは予想通り、ビフロンス討伐の件についての礼であった。

1度間接でされているが、直接会ったからには言わずに居られぬということだろう。

それから旅の話を少ししたあと、本題の買い物の話になった。


やはりこちらで用意致します。と、費用を負担しようとしたのでなんとか割引で納得させた。それでもかなり格安になったので、ルヴィア達は無理をしていないか心配になった。


「いえいえ。ご心配には及びません……本当は店の者にしか教えていませんが、今回の件で、財産が倍になりまして。我が商会は、レクリルさん達のお陰で安泰ですよ。はっはっはっ」


結構な機密を暴露してきたが、なるほどそれならばと、有難く格安で購入させてもらった。

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