43~45〈城の出来事〉

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宴もたけなわを過ぎて、徐々に熱も冷め始めてきている。客が飲みすぎているようであれば酒を取り上げ、帰るように促している戴天党の者もおり、今のところ泥酔するような人間は居ない。


そして落ち着いてきた会場に、戴天党は一人の男を紹介した。

このサンダリヨン共和国の王とする人物であるという。


「わぁ……ルヴィア、あの人まるであなたとの双子みたい…!」

「ええ…驚いたわ」


短く切りそろえられた、銀にも見間違う白髪。そして深紅の瞳。背はルヴィアと殆ど同じで、肌は病弱に見える程白かった。体も細く一見弱々しいが、その肌の下にはしっかりと筋肉があり、騎士クラス位の強さはありそうだった。

そして名を、「アティマ」といった。


彼は王であるというあっさりとした紹介のみをされただけで、その後一言も喋らずこの場を去ってしまった。

来た時からいなくなるまで、その表情はまるで能面のように無が貼り付けられ、微動だにしていなかった。


アティマの姿、様子に驚いたルヴィアは、思わずカーマルクスに近づき、質問を投げかけたほどだ。


「ねぇ、カーマルクスさん?聞いてもいいかしら」

「おやルヴィアさん。どうされました?」

「彼は…アティマ王は、一体"何"?」


ルヴィアはアティマが明らかにおかしい存在だと気付き、"何者"とは聞かなかった。


「ふむ…ルヴィアさんはご存知です?人造人間ホムンクルスを」

「ホムンクルス…?」

「え?ホムンクルスって…」

「おや、レクリルさんはご存知で?」

「名前くらいなら…」

「なるほど…ルヴィアさんがとても気にされているようですから、少し詳しくお話しましょう」


カーマルクスはそう言って、ホムンクルスの事を口にした。


簡単な話。曰く、人に造られた人。


人間として大事な何かを持ち合わせていないのか、感情表現することも無く、魔導も使えない。言われたことを忠実にこなす、生きた機械のような存在。


「我らが戴天党ハイペリオンには優秀な技術者が居りましてね、ホムンクルスは処理能力が高く命令も言われた通りに実行出来る。余計な感情もありませんから、裏切ることも無い。実に素晴らしい」

「余計な感情が無い…」

「おっと、いくら感情がないと言っても人間ですから、我々はホムンクルスに対等の仕事量しか要求しておりません。必要以上に働かせるなんてことは、かつての奴隷と変わりなくなってしまいますからね」


別に戴天党がホムンクルスをどう扱っているのかということを知りたかった訳では無い。

ただ、ルヴィアは自分が…自分自身がホムンクルスなのではないかと疑ってしまっていたのだ。

ホムンクルスは何故か全ての色が抜け落ちたかのように白く、それでいて目は真っ赤に輝いた姿になるという。

生み出されたホムンクルス達は、まさしくルヴィアの姿と瓜二つに産まれてくるのだ。


ところが、ホムンクルスには感情が無いという。ルヴィアにはそれがある。

いや、あるということを証明することは出来ないが、明らかに無いということはない。

それに、魔導も使える。

だからカーマルクスも、ルヴィアを一目見たときからホムンクルスなどとは思わなかったのだ。


「(私は一体、何者なんだろう)」


ホムンクルスでないことは分かったが、謎は謎のままだった。



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「でもホムンクルスが造れるなら、戴天党はホムンクルスだらけになったりしないの?」

「たしかにな。アティマってやつも、結構強そうだったじゃねぇか」


レクリルとヨハンは当然の疑問を投げかけた。戴天党が構成員を、強者弱者問わず欲しているなら、ホムンクルスを採用してしまえばいいことだからだ。


「いえいえ…我らが主の目的にとって必要なのは、人造人間ではなく、我らの正しさを我らと共に信じることが出来る"人間"なのです。なぜなら…」


カーマルクスは人差し指を立てて、得意げに語りだそうとした。

しかしその瞬間、カーマルクスはピタリと止まり、腕を下ろす。

落ち着いた顔で振り返り、「少し、喋りすぎましたね」と呟いた。


「とにかく、ホムンクルスは要所要所でしか運用出来ないということです。先程は断られてしまいましたが、気が変わったら皆さんも是非、戴天党へどうぞ」


カーマルクスは話を終わらせ、その場を離れた。途中までしか聞けなかったが、どうも戴天党の最高指導者とやらの目的は、国を支配することそのものでは無いらしい。


そしてその最終目標を達する手段のひとつが、大量の構成員を獲得することのようだ。「信者」と言い換えてもいい。そしてそれは、ホムンクルスではだめなのだ。


戴天党の教義を辿っていけば、最終的には最高指導者を奉ずることになる。

ならば天意の目的は、国などという次元を越え、神のように君臨することか?


「(なにかが根本的に違う気がする…)」


恐らくルヴィア達が知りえない、全く別の理由があってのことなのだ。

そしてそれを知る機会は今回ではなかった。

ただ、今日の機会1度で知るには、充分すぎる情報を得た。

宴もそこそこに楽しんだうえ、やることも無くなった。

そういうわけで、ルヴィアら一行は城の宴を後にしたのだった。



45



一方その日の明け方、カーマルクスが、ヘイムの城を上へ上へと歩いていた。

本日の会議場は、王族の使う食堂である。

ブーツの音がカツっ、カツっと城の廊下を進んでいく。目的地の直前、そこにある気配に気づいたカーマルクスは、彼女に声を掛けた。


「おはようリリー。どうかな、今度こそ僕と一緒に食事でも」

「…しない…」


廊下の柱の影から、小さな影が姿を表す。軍服を着てはいるが、青色の長い髪を腰まで伸ばした女性だ。切れ長の目は冷たい感情を湛えており、カーマルクスを射殺さんばかりだった。


「今日も綺麗な目だ。それに、声だって美し…」

「…」


懲りずにキザっぽい台詞を続けるカーマルクスに、すっと右手を向けるのは、リリーこと、"沈黙"のリリアリス・テテューヌ・キアラートである。


「"そんなことをする必要も無い"のに手を向けるってことは、警告ってことだよね?おかしいなぁ、てっきり僕を待っててくれたのかと思ったのに」

「あっははは!待ってたのはカーくんじゃなくて、私だよおー」


そこに3人目が声を掛けた。

はつらつとした通りの良い声で、これまた長い赤髪をもつ女性だった。そしてその頭には、空を目指すかのような大きな角が生えている。ただし、片方は砕けて短い。

彼女こそは"隻角"のプリケ・アイロニー。ここに居た2人とならび、特級指導者の地位を授かった1人だった。


「ああ。なるほど。たしかに女性同士仲がいいしね」

「そういうこと。カーくんはアルとカップリング」


そう言ってプリケは背後を指さす。

ゴツゴツとした肉体をもつアルゲインが、廊下を歩いてきているところだった。


「カップリング?か、勘弁しておくれよ。僕が興味があるのは、女性だけなんだよ」

『こちらこそ、願い下げだ』


アルゲインとカーマルクスは意見が一致した。プリケはそれを見てけたけたと笑った。


『そんなことより、そろそろ時間だ。部屋へいくぞ』

「りょーかーい」


アルゲインが促す。雑事を務める構成員が扉を開け、彼らは食堂に入っていった。部屋には質の良い長テーブルが置いてあり、囲むように椅子が5つ並べられていた。4人は上座を除いたそれぞれ席の横に着くと、少し頭を下げ、胸に手を添えた姿勢をとった。


これが、彼らの主を迎える礼である。


「最高指導者様が入室されます!」


そう聞こえると、上座の側にあった両開きの扉が、神を迎えるかのようにゆっくりと開かれていった。

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