40~42〈カッサラ〉

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11の月、23日。

北の山脈と更にその北の大地。それらはこれからとても冷え込む季節になるというが、元アルゴン帝国ことサンダリヨン付近においては、肌寒く感じる程度にしかならない。


そして今日は、戴天党がビフロンス討伐に名乗りを上げたもの達を招き、宴を催すという日だ。


心配されることはいくつもある。

まず、彼らを信用するには実態が謎すぎることだ。昨日再び組合で会ったアロダイトも、「流石にただの宴だろうが、不安もある」と吐露していた。


そもそも戴天党が力に自信があるなら、わざわざ宴を開いて罠にかけるということはないのだから、彼らにそんな意図は全くないはずだ。

いやもしかすると、一度に集めれば面倒が少なくて済む。とか、そういう理由で集められて嵌められるということも無くはないだろうが。

だがやはり考え直してみれば、負傷者の治癒を待ったり、戴天党から治癒系魔導師を向かわせたりする理由もない。

ということは、罠ということはまず無いはずだ。

アロダイトもそれが分かっていたから、不安はあるが罠とまで思っていないのだろう。


「宴が始まるのは夕刻だって。大体17の時だね」

「そうなのね。なら、それまで何をしようかしら」

「相手にどんな目的があるか分からんからなぁ。今はしっかり体を休めておこうぜ」


たとえ罠ではないにせよ、目的はあると思った方がいい。

本当にビフロンス討伐の功労者達を労いたいだけということもあるだろうが。


「そういえば今朝、アストン商会の遣いって名乗る客がいたぞ」

「あら、そうだったの。用件はなんだった?」

「ああ、ルヴィアとレクリルが活躍したって聞いて、祝いと労いと礼の言葉を届けに来たみたいだったな」

「アストンさんもユードリックさんも、それでわざわざ遣いを寄越してくれるなんて律儀だね!あれ、でも、お礼?」

「ああ。倒された魔獣のおかげで儲かったから」

「なるほど」


質は低いが数が多い低級の魔獣と、ルヴィアとヨハンで倒した数が少ない上級の魔獣では、ほとんど半分ずつ儲けが出ただろうから、お礼を言わずには居られなかったのだろう。


「俺のことも知ってたみたいでな。お噂はかねがね…つってよ。堅苦しいのは苦手なんだがなぁ」

「流石アストン商会は、情報も早いわね」

「ふふふ」


頭を搔くヨハンに、ルヴィアとレクリルはクスリと笑みをこぼした。



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そして気づけば夕刻の頃である。

参加者達は続々と城に向かって移動し始め、行列を作っていた。


ルヴィア達は早めに宿を出て向かっていたので、かなり先頭の方で進んでいる。

城に入ることが出来るのも、もうすぐだ。


そうして立派な石造りの門をくぐり、巨大な通路が現れる。

門はなぜか新しく、もともとの建物との古さが全然違うようだった。


迎え入れられた参加者達は大広間に通された。至る所に大きなテーブルがあり、大皿の料理が盛られている。

出入口が広いためか、あれだけあった行列がするすると中に入ってきて、かなり早く人が揃ったようだった。

やはり人だかりのためか、ざわざわとした喧騒があった。しかし、


「諸君!」


そのよく通った声で、喧騒がピタリと止んだ。その一言は、カーマルクスの声である。


「お集まり頂き、感謝する。先ずは諸君のビフロンス討伐を祝福する!そして、この労いの宴を存分に楽しんでいってくれ!料理はいくらでもあるから、遠慮なく食べて欲しい!それでは、乾杯カッサラ!!」


「「「乾杯カッサラ!!!」」」


その音頭に、部屋中の者が同じ言葉を返した。カッサラとは、乾杯する時の掛け声であり、これを言って飲み始めるときは、気持ちよく飲もうという一種の合図である。


乾杯で気をよくした参加者達は、あっという間に大騒ぎを始めた。

ルヴィア達も料理に手を付け、その味を堪能した。その間も、やれこの酒が美味いだの、この料理が美味いだのという会話がどこからでも聞こえた。


「すごいよこれ!こんなに美味しいもの食べたことない!」

「うんうん。美味しいわね」

「(がつがつ!ごくっ!ごくっ!)」


レクリルも例に漏れず料理の素晴らしさを口にし、ヨハンは料理にめちゃくちゃにがっついていた。

宴はいよいよ盛り上がりを見せ、無くなった料理も次々と運ばれてきた。


するとそこへ、見知った気配が近寄ってきた。


「やぁ、会うのは2度目になりますね、ルヴィアさん。僕のこと、覚えていらっしゃいますか?」


"煌公"カーマルクスである。

キザっぽい言動でルヴィアに声をかけ、軽く手を振った。


「あら、もちろんよ…貴方をそんな簡単に忘れるような人がいるなら見てみたいわ」

「ははは。なるほど、確かに僕は有名人ですから、そう簡単に忘れられることもないでしょうね」


カーマルクスの黒い両目が、ぎらりと光った。



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「聞き及んでいますよ、ビフロンス討伐ではルヴィアさん達が随分と活躍されたようで」

「まぁ、最終的にビフロンスにとどめを刺したのはアーリマンだけれど。そうよね、ヨハン」

「ああ。そうだな。俺達は時間稼ぎをしただけさ」


ルヴィアとヨハンはあくまで謙虚に答えた。レクリルには、レクリルはほんとにすごーく頑張ったけどね!と小声で話かけていたが。

だよね!私も自分自身の活躍にびっくり!

とレクリルが返し、ルヴィア達の会話の世界ができ始める。


「ははは。ルヴィアさん達は自己評価がひくいようですね。我々戴天党はそうは思っておりませんのに」


その世界を笑い声で破り、踏み込んだ話をしてくる。


「単刀直入に言いましょう。ルヴィアさん。もちろんヨハンさん。そしてレクリルさんも、戴天党に入られませんか?」


ルヴィアらはそれを察知した。

なるほどな、戴天党の狙いはこれなのだと。

国を乗っ取ったり、我らの同志となろう、と勢力の拡大を続け、一体何が最終的な目的かは分からない。しかし結局力は必要であり、戴天党は常にそれを求めているのだ。

それについて、ビフロンス討伐は最適だったろう。無名の実力者がいれば迎え入れることを考慮していた可能性が高い。

だからあれだけ無辜の民の幸せを思っていながら、その武力を使ってビフロンス討伐を成すことはしなかったのだ。


それこそ本当に被害が出る寸前でも、この男や他の特急指導者がいれば討伐は間に合うのだから、余裕のある計画だったのだ。


「嬉しいお誘いだけど…ごめんなさい。戴天党には入れないわ」

「うん。私も。ごめんね」

「俺もだ。悪ぃな」


それを聞いたカーマルクスは、すっと目を細めた後、肩を竦めて大きく息をついた。


「あはは。やっぱりダメでしたか…」


以前にも、戦いで有名になったものにはそのほとんどに声をかけていたのだろう。もちろん何度も断られたに違いない。

だからあっさり引き下がったのだ。


「まぁ、仕方がありません。僕の用件はこんなところです。どうぞ、まだまだ宴を楽しんでいってください」

「ええ。そうさせてもらうわ」


にこりと笑ったあと、カーマルクスは人の波の中に消えて…はいかなかった。なにしろ目立つ格好なので、空を飛んでいなくなりでもしない限り、見失いようがなかった。

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