37~39〈戴天党とヘイム〉

37



アーリマンはギルド長の下を訪ねていた。

いや、訪ねていたというのも少し違うかもしれない。

より正確に言うならば、強引に押し掛けていたといったところだ。


扉を破り現れたアーリマンは、開口一番


「ゾンダとヨーグ、死んだんですって?」


と訪ねた。

ギルド長は、暗い、生気の抜けた顔でああと返事をした。


「ビフロンス討伐に兵士は現れないわ、10評価組合員ギルドメンバーが死ぬわ……はぁ…ヴァンダム。何を隠してたの」


アーリマンは静かに怒気を震わせながら言った。まさかヴァンダムごときの分際で、自分を利用しようとしたのかと。


「まて…アーリマン。利用されたのはゾンダとヨーグ。それにこの老いぼれだけだ。お前は単にビフロンスを倒した英雄。それだけだ」


ヴァンダムはアーリマンを宥める。アーリマンも、ヴァンダムの気の抜けようは只事ではないので、一旦は矛を収めた。


「へぇ…でも、あんた私を騙したじゃない。兵士が来るっていうデマ。なんのために流したの?それも、私やあの二人とか」

「…より正確なところをいえば、城の人間の大半もそうだった…あれを知るのは、地位の高い人間のみである必要があった。きっかけは、ひと月前に帝城に届けられた小包だった…」



彼の言うひと月前は、8の月の上旬。

城に届いた小包には、戴天党の印があった。


中には、アルゴン帝国中の貴族の不正の証拠となる書類と、戴天党最高指導者からの手紙があった。

その手紙は、

「これらの始末はお任せ下さい。アルゴン帝国が我がものとなった暁には、順次正してまいります」

のように記されていた。随分と端的に言ったものであるが、それでもひとつ分かることがある。


「戴天党の最高指導者とやらは、周辺国家のように帝国を支配下に入れようとしていたのだ」

「ふーん…それで、どう繋がるわけ?」

「ああ。それだけ不正の証拠やらを集められるということは、内通者が幾らでも居るということだ」


アルゴン皇帝は周辺国家に自身の密偵を忍ばせており、そこから知った戴天党の強大な力を恐れていた。

だから偽の情報を流して戦力が手薄だと思わせ、のこのことやってきた戴天党に総力をぶつけ、これを血祭りにあげようと考えたのである。


ついでに戦力の薄くなる口実として、ビフロンス討伐を計画したのだ。


「戦闘評価10の組合員は、確実に味方でなければならなかった。だから、お前たちも騙されてくれなければいけなかった。騙されないのなら、内通者だ。どうやって捕まえるつもりかは知らないが、内通者だったら処刑するとまで言っていたからな」

「ふぅん」


アーリマンのこめかみに、青筋が浮かんだ。



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「ふざけやがって…!」


アーリマンは怒り心頭だが、終始笑顔であった。ヴァンダムも彼女の怒りは理解していた。まず第一に、疑われたこと。第二に、裏切り者でも御しきれるだろうと舐められたことだ。


だが、アルゴン皇帝は死んだ。不正をした貴族も順次処刑されている。まったく相応しい結末を迎えた彼らにせいせいした気分。それとぶつける相手のない怒り。2つが混ざって、笑顔で怒っているのである。


「頼む、落ち着いてくれ。組合は評価10メンバーの1組も、帝都の後ろ盾も失った。あんまりプレッシャーをかけられると胃がなくなっちまう」

「後ろ盾…?ふんっ。都合のいいルールが欲しいなら、新しい皇帝にでも言う事ね。あら、そういえばもうここはサンダリヨン共和国だったわ」


アーリマンはギルド長の部屋を出ていこうとした。


「アーリマン。まさか組合を辞めたりしないよな?ビフロンスに単独勝利した評価10メンバーに出ていかれたら…」

「あら?情報が遅いわね。それともすっかり何も考えられなくなった頭じゃ、書類も読めなかった?」


ヴァンダムはビフロンス討伐作戦の成り行きを、最後まで見ていない。

だから、戦場での出来事は、又聞きで知るしかない。


「討伐なんて出来なかった。"あの人達"が居なきゃね…」

「は?…なに?どういうことだっ」


今度こそ部屋の出入口をくぐりながら、アーリマンはバカにしたように笑う。

そして、ヴァンダムの机に束ねられた書類を指さして、言った。


「仕事が溜まってるじゃない。ちゃんと全部終わらせれば分かることよ」


アーリマンは部屋を後にした。


残されたヴァンダムは、暫くの間呆然としていたようだったが、その後書類を1枚手に取り、読み込みながら作業を終わらせる。

直ぐに次の1枚を手に取り、作業を続ける。


その顔には、少し生気が戻ってきたように見えた。



39



ビフロンス討伐から四日が経った。

ルヴィアはもちろん。レクリルはすっかり回復し、治療施設から宿に移っていた。

今後さらに1日かけて負傷者の治療が行われ、明後日には城で大宴会だという。

治療には、戴天党の治療系魔導師たちが携わるらしい。


そして治療に限らず、いつの間にか戴天党はあらゆるとこにあった。


街に出れば、戴天党に入ろうと謳った内容のビラを例の深緑の制服のものが配り、戴天党が掲げる思想、引いては最高指導者の人物がどれだけ素晴らしいかを説いていた。


その話術は巧みであり、たった二日の内にかなりの人数が戴天党のシンボルを掲げるようになっていた。

太陽のような紋章である。


いや、話術と言うよりはリアリティがある話だということだ。

民は貴族の元、税を払い土地を守ってもらい生きている。

そんな民を虐げる貴族は正しくない。

戴天党は、それらを正しく、あるべき姿にすることをスローガンにしている。


といったようなことを語っていた。

なるほど、それを語る男の目には迷いがない。実際の体験談を元にしていて、更には戴天党を信じることを澱みなく正しいと信じているのだ。


信じるものの心には、言葉には力が生まれる。それは人の心を容易に動かすものだ。


「すっかり雰囲気も変わったね」


レクリルが言う。

そう。最初こそ皇帝が死んでどうなってしまうのか、という不安がそこかしこにあったようだが、今は以前よりもっと景気が良く、戴天党が心の拠り所のようになっている。


名前こそ帝都ハーリオンから「首都ヘイム」に変わったものの、町は活発になり、賑やかさを取り戻していたのだ。隣を歩くヨハンも元気になった街と同様、元気そうである。


「戴天党の人達、悪い人達じゃ無さそうだね」

「…ええ…そうね…」

「どうしたルヴィア、歯切れが悪いな」


この世界では、簡単に人が死ぬ。

そして単に人を殺したからと言って悪人となる訳でもない。

今まさに貴族を粛清して回っている戴天党も、誰かの人生を奪いつつ、見方によっては他の大勢を助けているのだ。

それは間違いない。


無いはずなのに。


「ううん。なんでもないわ」


ルヴィアの胸につっかえた何かは、簡単に氷解しなかった。

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