34~36〈帰還〉

34



…め…ろ…


何かが聞こえる。

それをきっかけに、徐々に意識が戻っていくのを感じた。


そして起き上がる。

銀に近い白髪を揺らしながら身体を起こしたルヴィアが見たのは、騒ぐヨハンとアーリマンの姿だった。


「だから、俺はレクリル達と旅をするんだ!やめてくれ!」

「なによ!いいじゃないの!それとも、そのレクリルとかいう兎獣人が恋人かなんかなわけ!?」

「そうじゃねえって!そんなに俺と行きたきゃ、お前もレクリルの団に入ればいいじゃないか!」

「余計なのはいらないわよ!」


どう見ても痴話喧嘩である。

一体何があったのだろうか。


「おお!ルヴィア、起きたか!助けてくれ!アーリマンの奴が…」

「はいはい相手は怪我人ですよ。特に彼女のは細かい怪我がいっぱいあって大変なんですから、騒がしいのは近づかないでください」


ヨハンを遮ったのは、医療班の女性だった。

どうやらここは要治療者の天幕らしく、辺りには何人も怪我人が寝かせられていた。


「ヨハン、こんな所で騒いじゃいけないわ」

「そう言っても、外に出るとアーリマンが魔導で拐おうとするんだ、助けてくれ」

「ああ!さてはそっちの女が恋人なのね!?」

「いやいや仲間だったら!」


ヨハンは兜を外しており、その表情がよく分かる。本当に困っている人間の顔だ。


「アーリマン。悪いけど、ヨハンはあげられないわ。うちの団には必要なの」

「ひ、必要!?そ、それなら私も、ヨハンが必要なの!」


アーリマンはヨハンの腕に抱きつき、離さないわとルヴィアを睨みつけた。


「うーん。私が何を言っても無理そうね。ヨハン、何とかしておきなさい」

「そ、そんな…!」

「ほら、一緒に行きましょ!ヨハン!」


ヨハンを魔導で軽くでもしたのか、アーリマンは彼を引きずって外に連れ出して行った。

やっと静かになった天幕で、隣に誰かが運ばれてきた。


「あら、レクリル!」

「ルヴィアー、やっほー」


ぴこぴこと兎耳を動かしながら現れたのは、彼女らの団長レクリルだった。


「ちょっと無茶しちゃってね。でもでも、騎士クラスを倒したんだよ!」

「ええ!騎士クラスを?」


てっきりレクリルの能力は精鋭クラス程と考えていたので、ルヴィアは目を丸くした。


「えへへ。でも、ルヴィアの方がすごいよ!ビフロンスを倒したんでしょ!」

「私は…手伝っただけよ。騎士クラスを倒せるようになるなんて、随分強くなったのね」


ルヴィアはレクリルを優しい眼差しで見つめた。彼女はこの団の団長であると同時に、ルヴィアとヨハンの弟子なのだから。



35


一晩経って、討伐作戦の成功は速やかに帝都に伝えられた。

歓喜に咽ぶ組合ギルドから、迎えが出されることになった。

馬車が8台程である。

怪我人を乗せて運ぶには十分な数だった。

ルヴィア、レクリルは馬車に乗り、結構元気だったヨハンは歩かされることになったが。


馬車はゆっくり進むので、ルヴィアとレクリルは随分時間があった。

アーリマンに付きまとわれているヨハンは全く嬉しくなかったが、2人は互いの戦場のことをたくさん話した。


レクリルが興味津々だったのは、アーリマンの魔導の話である。


まるでおとぎ話のように、とてつもない魔導でビフロンスに攻撃したその様を語るだけで、レクリルは目を輝かせた。


しかし、それよりも特に興奮して聞いていたのが、ルヴィアとヨハン、アーリマンの共闘の部分である。


しきりに「かっこいい!」や、「すごい!」と口にしては、子供のようにはしゃいでいた。


「すごい団員を持って誇らしいよ、ルヴィア。私が団長だと勿体ないけど…」

「ううん。そんなことないわ。貴方じゃなかったら、私もヨハンもきっと集まらなかったもの」

「もしかしてアーリマンさんも仲間になってくれたりして…!」

「ええっと…それは…」


アーリマンがルヴィアとレクリルを邪魔者扱いしていたことを話すと、レクリルはがっくりとうなだれた。


そこへ、馬車の外から声をかけてくる人物がいた。ヨハンである。


「よ、団長。この馬車だろ?」

「ああ、ヨハン。元気?随分アーリマンさんに絡まれたって聞いたよ」

「ほんと、参っちまったよ。だが説得して、引いてもらった」

「何か言ってた?」

「あー、いつか絶対手に入れるから待ってなさいとかなんとか」

「あらあら、熱いわね」

「やめてくれよう」


正直なところ、アーリマンがいくら美人でも、組合の戦闘評価10メンバーなんぞと結婚でもしたら、どんな怖いことになるか…とはヨハン談である。


なるほど、正論かもしれない。


「お、馬車だとあんまり外見えないよな。帝都が見えてきたぞ」

「ほんと?」

「ようやくね」


帝都ではきっと、凱旋が待っているだろう。

しかし期待に反し、冬空は雲に覆われて、怪しく重い空気を纏っていた。



36



帝都はなんだか沈んでいた。

勇士たちを迎える凱旋もなく、どこか冷たい空気だけがそこにはあった。

馬車の群れをビフロンス討伐隊のものと知ってから、人々はようやく歓声をあげる。


ねぎらいの言葉や喜びの言葉で溢れるが、明らかにその勢いは静かだった。


「なにかあったのかしら…」

「うーん…」


レクリルは耳を澄まし、声を聞き分け始めた。


景気はどうなることやら…


しかしあの領地の頭はすげ替えられるらしい…


野菜買っていかないかい…


会話はそこかしこから聞こえ、関係のなさそうな話もあった。

しかし、皆口を揃えて言った。


アルゴン皇帝が死んだ。


戴天党が来た。


ここはどうなる。


「こ、皇帝が殺された…!?」

「え!?…そ、それは本当なの?レクリル」

「皆がそう言ってるけど…本当かどうか…」


レクリルが漏らした言葉によって、討伐隊の中にも噂が広がっていく。

皇帝が死んだ。

アルゴン帝国はどうなる。


不安が渦巻く討伐隊の馬車は、帝都一の広場に辿り着いた。

以前はなかった高い演説塔が設置されており、その頂点に、見覚えのある男がいた。


「良くぞ帰られた!討伐隊の諸君!突然だが、アルゴン帝国は滅んだ!本日をもってこの国の名はサンダリヨン!サンダリヨン共和国だ!諸君の帰還を同時に祝うことで、この新たな国の、祝福されし門出としよう!」


彼の背後で、演出の爆発が起きる。

演説したのはカーマルクスだった。


「怪我人の治療が終わり次第、参加者全員を宴に招待しよう!」


カーマルクスがそう宣言すると、討伐隊は打って変わって歓声をあげた。

宴と聞けば騒ぎたくなるのがこの荒くれ者達である。酒を呑み、美味い飯を食い、贅沢を満喫する。


しかしルヴィアはとても盛り上がる気にはなれなかった。

戴天党の目的が何にせよ、どこか引っかかりを覚える組織なのだ。


「でも、いい機会ね」

「ふぇ…?」


戴天党とは一度じっくりと話してみなければならない。

宴にはきっと彼らも現れるはずだから、近寄るチャンスである。

特にルヴィアが気にしているのは、最高指導者の"天意"である。


もしかすれば"天意"も宴に現れるかもしれない。と、期待を寄せていた。

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