31~33〈悪霊退散〉
31
いきなりビフロンスの前に飛び出したが、ルヴィアは無鉄砲では無かった。
解決の糸口を、既に掴んでいたのである。
「さっきの技、もう一度使える?」
「規模が小さくなるけれど、少しすれば…ってなんで私が言う事聞かなきゃならないのよっ!」
「お願い!あれでないと、奴は倒せないわ!」
話している間に、ビフロンスの雰囲気が変わる。それにいち早く気づいたルヴィアは、素早く魔導を詠唱した。
「《
ただし、いつもより遥かに多い魔力を込める。こうせねば、たとえ一瞬でもビフロンスを止めることは出来ない。
「あれは、こうしてやれば逃げられない!ビフロンスは、奴の能力は、空気になり空気を操ることよ!」
魔導で邪魔をした所に、ルヴィアが斬り掛かる。ビフロンスは切りつけられながら、手を突き出す。
それを弾き、攻撃を逸らす。
「ばらばらになって逃げられたら、並大抵の魔導じゃ倒せない!異様に硬くて剣も通らない!貴方の力が必要なのっ!《
「くっ!な、なら、ちょっと待ちなさい!一度安全なところまで…きゃっ」
ルヴィアの後ろに庇われるアーリマンを、追い付いたヨハンが担いで連れ出した。
「ちょっ!あんた!誰の許可を得て触ってるわけ!降ろしなさいよ!」
「悪ぃがそいつは無理だ!死なれちゃ困るってのに、まさか怪我したままちんたら歩いて逃げてもらうわけにゃ行かないぜ」
「ヨハン!お願い!時間は稼ぐ!」
「任せたっ!」
ヨハンは戦いの余波が届きづらいところまで走り、アーリマンを降ろす。
万が一にも追撃が来ないように、仁王立ちで彼女を守りに入った。
「どれくらいかかる!?」
「め、瞑想すれば、すぐ…」
「なら、頼む!瞑想にゃ集中が必要だろうが、俺が守る。じっくり集中してくれ!」
魔力は心を落ち着かせ、集中することで早く回復する。しかし戦場ではあまりそのような余裕はない。だが、ヨハンが仁王立ちで守るのならば話も多少は変わってくるだろう。
「う…わ、分かったわよ!」
ヨハンの真剣な様子に思わず素直に返事をしてしまい、後に引けない。
仕方なく瞑想を始めることにしたが…
「(お、俺が守る!って…よくも堂々と、そんなこと…!…もうっ!なによこれ!…そ、そう!不快だわ!腹が立つってやつよ!)」
内心はそこまで冷静では居られなかった。
そして、心を乱すそれが本当に不快感や腹立たしさなのか、なぜかいつものようには判断がつかなかった。
とはいえ、一刻を争うのは確かだ。
20秒もしないうちに、アーリマンは瞑想に入った。
32
アーリマンの奥義、《
そんな科学的なことをわかっていてやっている訳では無いが、物質の消滅と引力による加速によって、ビフロンスが身体の一部を消滅、さらに焼け落ちるという傷を負ったのは確かだ。
ビフロンスが自身を含む空気で構成していた空間は、蜃気楼のように幻影の景色を映すこともでき、さらにその中で密度の小さい自分を出現させ続けることで、不死身の戦闘能力を持っていた。
しかし、やはり不死身では無い。
アーリマンから受けた傷によって、一時戦闘能力を喪失したからこそ、被害の確認含め肉体を再集結させた。それが、箱庭の崩壊だったのだ。
さらに肉体の分散や集結は、常に流動的に行われる訳では無いと分析した。
より大きな箱庭を作ろうとして一度消えたことや、分身を破壊した後、すぐには現れないことなどがその証拠だ。
常に流動的に動き回り、その上補充できるなら、本当の不死身である。少しダメージをおった所でいちいち被害に拘るわけが無い。
そう考えると、ビフロンスは本当に特別な存在だ。幽鬼なのに少しは考える力もあるのだから。
だからこそ、ルヴィアの攻撃を掻い潜り再び分散しようと目論む。
その度に、
「《
ルヴィアもそれを阻止する。
分散を阻止されながら切り掛かられ、それに対応しなければならない。なにより、攻撃されてしまえば、幽鬼の本能が反撃による排除を優先しようとしてしまう。
多少頭が良くとも、もともと本能的な魔獣の一種である故に、自分がそうすることに疑問も持たず反撃するのだ。
「───ッ!」
ルヴィアの頬を、ビフロンスの空気砲が掠める。血がはね服の上に落ちるが、それどころでは無い。決してビフロンスから目を離さない。
「《三日月》っ!《
ビフロンスの腕を弾く。分散を阻止する。
攻撃の一部が後方に飛んでいくが、距離を経て弱まった空気砲は、ヨハンが容易く吹き飛ばした。流石に連続で飛んでいけばキツそうだが、そんなミスはない。
しかし、ルヴィアもそろそろ魔力が限界に近づいていた。
だが、終わりの時もまた、近づいている。
33
そしてアーリマンが瞑想から覚醒した。
奥義を放つのに充分な魔力を生成できたのだ。
「準備!できたわ!」
「おお!早いな!いや、ルヴィアの方はぎりぎりだが、とにかく間に合った!」
ヨハンはアーリマンに手を差し出す。
「な、なんのつもり!?」
「いや、お前は靴を履いてないじゃないか。いつもは飛んで移動してるかもしれないが、今はそんな魔力も勿体ないだろう!俺が連れていく!」
「つ、連れて…っ!…え、ええじゃあ、そうしてちょうだい」
アーリマンはたじろぎながらも手を差し出す。ヨハンはアーリマンを担ぎあげ、肩に乗せ走り出した。
「準備できたぞぉ───っ!!!」
「了解っ!チャンスを作るわ!」
飛んでくる空気砲をなぎ払いながら、ヨハンが肩をせり出させる。アーリマンから敵がよく見えるように、そして落ちないように支えながら。
「ここ、だぁっ!!はぁあ!!《望月》っ!」
ルヴィアは大きく回転しながらビフロンスの両手を上に弾く。そのまま踵を返し、射線上から逃げた。
「《
最後に、ありったけの魔力を注いだ、全力の魔導をけしかける。ビフロンスはびたりと止まり、隙だらけの姿を晒す。
「こんどこそ!くたばれぇ──っ!《
先程より小さな暗黒、あるいは虹色がビフロンスに向かって放たれる。
いや、正確には違う。
ビフロンスはその光に吸い込まれ始めた。
「うおあああああ!!!!」
アーリマンは魔力を注ぎ続ける。
その光が、ビフロンスのただ一欠片すら残さずに吸い込むまで、その力を緩めなかった。
────ゴオオォォォォォ…………
音が止む。
ビフロンスが、大地の表面が、森の一部が食い尽くされ、そしてようやく視覚が戻ってくる。目の前にはビフロンスの痕跡など何も残っていなかった。
そしてようやくといった様子でアーリマンが声を絞り出す。
「……も…むりよ、流石に…疲れたわ…はぁ…はぁ…」
いや、俺達もだ。ヨハンはそう言ったつもりだったが、果たして口からそれが出きったかどうかも分からぬまま、3人ともが力尽きてその場に寝転がった。
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