28~30〈箱庭〉
28
「…やった…!ビフロンスを!アーリマンがビフロンスをやったぞー!」
隠れて戦闘を見ていた誰かがそう叫ぶ。
一瞬あって、その喜びが伝播し、次々に歓声が巻き起こり、辺りはアーリマンを讃える声が埋めつくされた。
「アーリマン!」
「アーリマン!」
その上誰も彼もが、武器をあらぬ方に投げたり靴を脱いだりではしゃぎまくりある。
気を良くしたアーリマンは、プラチナブロンドの長髪を掻き揚げて、高笑いをあげる。
「ふふ…ふふふふ…あーハッハッハっ!そう!この私、極彩潰しのアーリマンが、とうとうやったわ!!」
誰かが、「これからは"悪霊殺し"のアーリマンだ!」と持て囃す。すると今度は別の誰かが、「いや、四帝の一体ですら重力魔導で潰して見せたんだ!"四帝潰し"のアーリマンでも言い過ぎなものか!」と言い出した。
戦勝ムードは感染症のように、その場のもの全てに伝わっていく。
そして"歪んだ光のせいでそこにあると分かる"ドーム。その中に囚われた彼女らの様子を見ている者達がいた。
ルヴィアとヨハン。そして"それ"から逃れた他の参加者である。
────何が起きている?
確かにアーリマンはビフロンスを叩き潰したはずだった。
あのドームの中で。
だがどうしたことだろう。
アーリマンが対峙していたはずのビフロンスの圧力は、未だあの辺りから放たれている。
「ま…ずい…」
ヨハンが微かに言った。
──直後、ドームが消えて無くなる。
戦いの痕が。ビフロンスの傷が。ドームの消滅と同じように消え去った。
初めからそこに何も無かったかのように。
「あっはははは…は……。あら?」
アーリマンも、その周りのものたちもさすがに異変に気付いた。
「な、何が…!」
混乱した戦場に、暗黒色のローブを纏った幽鬼が舞い降りる。
間違いなく、先程死んだように見えたビフロンスだった。
「──ッ!《
驚きつつも、アーリマンは再び魔導による一撃を放つ。
周りの被害すら気にせず打ち込んだ岩の竜巻が、ビフロンスを襲った。
ズタズタに引き裂かれ、消滅するビフロンス。
──そして背後に、再び舞い降りる。
「!!…なにそれ……ありえ…」
アーリマンすら狼狽える、異常事態。
当然そこにいた人間全員に、戦慄が走った。
「消えたんじゃない……大きくなった…?………」
「さては…まいった、もう巻き込まれちまったなっ!?」
ドームは消えたのではなかった。先程より、遥かに大きく作り直されたのだ。そしてあっけなく全員が囚われた。
決して
29
ここは幻影の箱庭で、中で起きたこと全てが無かったことになる。
…そのはずだが、アーリマンは明らかに消耗していた。
「《
どれだけ叩きつけても、砕いても、引き裂いても、ビフロンスは蘇った。
箱庭の中。思うがままのここにあっては、ビフロンスは本物の不死身であった。
「ぐ!ああああくそっ!!」
アーリマンがビフロンスの放つ攻撃を避け損なう。衝撃に襲われ、魔導で立て直すも確実にダメージを負った。
「ちくしょう!」
「だめね…!」
ルヴィアとヨハンも、箱庭を破る糸口を探そうとしていたが、不死身のビフロンスとアーリマンの戦いが激化し、必死で離れるしか無かった。
他の参加者も同様で、彼女の戦いを中心に放射状に逃げ出している。
「走り続ければ、ドームの外に出られるか!?」
「わからない!でも、出られなきゃどうしようもない!」
ビフロンス攻略の鍵は外にあると信じ、ひた走る2人。しかし、なかなか境目と思しき場所にはたどり着かない。
周りの被害など気にも止めないと評判のアーリマンだったが、実際には噂と違って彼女なりに手加減していたのだろうか。討伐班の人員が距離を取ったのを確認すると、さらに攻撃が激しくなる。
「星の力に砕かれろ、《
彼女の周りの地形が、激しく破壊されて飛び交う。空間すら歪んで見える強力な重力で、ビフロンスを捉えてすり潰す。
そうやって何度殺しても、ビフロンスは現れる。
とうとう隙をついたビフロンスは、アーリマンのすぐ側まで迫って彼女を殴りつけた。
「きゃあああああ!!」
高慢な態度からは思いもよらない叫び声をあげ、吹き飛ばされるアーリマン。
地面に落下し、ぼろぼろの様子で立ち上がろうとする。
「…はぁ…はぁ…絶対に…許さない…!ぶっ殺す!」
アーリマンがこれまでの一撃に使ってきた魔力を遥かに上回る魔力を練り上げる。
それに先んじようとしたビフロンスが、アーリマンに突撃した。
その拳が、アーリマンに触れようとする直前、アーリマンの最強の切り札が炸裂した。
「静謐なる理を下し、時空をも在るがままに砕け…《
唱えられると同時、虹色にも、暗黒にも見える光が、周囲全てを飲み込んだ。
30
視覚が若干失われてから数秒後。光が徐々に収まると、やがて戦場の全貌が見えてきた。
アーリマンは息も絶え絶えに、自身が作り出した破壊痕を見渡している。
彼女の奥義は、扇状に地面が抉れ、地下深くまでが露出している程の威力だった。
そして天に、森に亀裂が入っている。
その場所を構成する空間そのものが、崩れかかっているかのようだった。
「はぁ…は……あっははははは!どうかしら!今度こそひとたまりもなかったようね!…ぜぇ…」
らしい台詞を口にしたアーリマンの目の前で、この場所を覆っていた幻影が砕け散り、通常の景色が戻る。
それと同時、身体の至る所が焦げ落ちたビフロンスが目の前に現れた。
「なるほど……空間そのものが、あんたの身体の一部だったわけね…ぜぇ……くそ…」
プライドの高いアーリマンも認めざるを得ない。もう、これにとどめをさせる魔力は残っていない。
しかしビフロンスは違った。
ゆらりと立ち上がると、魔力を練り始める。
「ああ…最悪ね…」
アーリマンは助けを求めるようなことはしない。内心で、「ミスったな」と思うだけだ。
死にたくはないが、力が及ばなかったのだから仕方がない。
アーリマンの立場に逆転し、とどめをさしにかかるビフロンス。その魔力が頂点に達しようとしたその時──
「──ヨハーンッ!」
「ま、か、せ、ろ、おぉぉぉ!!!」
全身鎧の大男。──ヨハンが、女を投げる。
豪速球のごとき速度でビフロンスに迫ったのは、美しい白髪をたなびかせるルヴィアだった。
「そこまでよっ!!」
ビフロンスの腕に、下から剣を振り抜く。
その硬さは異常の一言で、切り落とすことこそ出来なかったものの、ビフロンスが構えていた攻撃は上空に向かって弾け飛ぶ。
「なに!あんたたち!」
「助ける!ビフロンスをここまで追い詰めた英雄を、みすみす死なせるわけないでしょうっ!」
ルヴィアはビフロンスに立ち向かい、剣を向ける。
「ここからは私が相手よっ!」
白銀に輝く剣が、きらりと光を放った。
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