25~27〈陥落〉
25
グラトの森では激しい戦いが起こっており、それは帝都ハーリオンでも聞こえていた。
「凄い音だねぇアルゲイン」
そして皇帝の居る城の前に、とある2人がやって来ていた。金縁に深緑の軍服、片方は包帯でぐるぐる巻き。
"煌公"と"顔無"である。
『随分とたくさん居るな』
「ああ。兵士を全部出すって言うのは嘘だったんだね。まさか僕らをおびき出すためだけに、
『おびき寄せたと言うよりは、こうなることが分かっていたから戦力を用意したということだろう』
城の中には一人もいないどころか、平時より多い人の気配があった。
かねてよりハーリオンの兵士が出陣するという情報があったが、どうやらそれは嘘だったようだ。
1度帝都を出た兵士群は回れ右で帝都の裏側に行き、山側に隠された帝城直通の門から警備に入ったのだろう。
「全く。やってくれたね」
『面倒だな』
「主上は何と?」
『…最上の結果を期待すると』
最上。
彼らの主にとっての最上は、罪なき者は殺さず、この城を落とせということだ。
普通ならば、全く無理なことである。
「…なるほど。過分な期待に胸が高鳴って仕方がないよ」
『待ちきれんようだな。はじめるか?』
「ああ。いつでも」
そう答えたカーマルクスは、右手に魔力を集める。十分に魔導が熟し、それを爆炎として解き放った。
「《
城を守る城門が、白い光に包まれる。
溶け、焦げ、焼けた匂いが辺りを覆った。
「敵襲ーーーーッ!!敵襲ーーーーッ!」
誰かが声を上げる。
その呼び声が、城中に蔓延していく。
「うむ!いよいよ始まったって感じだね!」
『出てくるぞ』
城門の熱が冷めてくると、大量の兵士が奥から現れ、2人に突撃してきた。
「任せても?」
『任せてもらおう』
アルゲインは腰を落とし、拳を握りしめる。
それを腰だめに構え、兵士の大軍に向かい突き出した。
『《覇衝》!』
その衝撃が大きな通路をびりびりと駆け抜ける。そして突然、射線上にいた兵士達が次々に倒れ出す。どの兵士も、白目を剥いて伸びていた。
アルゲインの繰り出したたった一撃で、兵士の殆どが気絶してしまったのだ。それ見て、残った兵士も蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまう。
「流石だねぇ」
『なに。お前より向いていると言うだけの話だ。事実、お前は私よりも優れているさ』
「全く。器もでっかいんだから」
2人は敵の居なくなった通路を、他愛ない様子で悠々と抜けていった。
26
「いやあ驚いた。
「あんたら2人の相手は俺たちにゃ荷が重そうなんだが」
帝城の中を進むカーマルクスとアルゲインの前に、ゾンダとヨーグが立ちはだかった。
しかし2人は彼らの力を見て、少し怖気付いていた。
「おい、あんたらさえよけりゃ、どっちかだけで挑んできてもらいたいんだが」
「もう一方はそのまんま通ってもらって、奥の騎士様たちの相手をしてやってくれよ」
へらへらしながら、仕事に対する真面目さの無い提案をする2人。
カーマルクスは面白くなさそうな顔でアルゲインに言う。
「うーん。アルゲイン。悪いけどここをお願いするよ。通して貰えるらしいし、僕は一足先に皇帝の所へ行く」
『ああ。こやつらを始末したら直ぐに向かおう』
そしてカーマルクスはゾンダらの横を通り過ぎる。彼らは約束通りカーマルクスのことを素通りさせ、アルゲインに向き直った。
「さあて、始めるぜ」
『良かろう。先ずは──』
パシッ
アルゲインは顔目掛けて撃たれた矢を掴み取る。それは不意打ちで空穿ちのヨーグが放ったものだった。
『ふん』
こともなげにそれを投げ捨てるアルゲイン。既に彼らのやり方を理解し、くだらない相手だと分かったのである。
そしてそこへ2つ影が迫る。
アルゲインはそれをしっかりと捉え、両方をたたき落とした。
龍の髭のゾンダが使う、2つの鞭の先端だった。
「ば、かな…!先は見えないほど早いはず…!それどころか、テメーは目が見えてないだろうが…!」
「や、矢も掴み取りやがったぞ!」
『速攻と不意打ちが貴様らのやり方だな?もう分かった。そしてそれを防がれた程度で動揺しすぎだ。《
アルゲインはその手を2人に向け、魔導を放つ。特に攻撃されたと思わなかったゾンダとヨーグだが、既に身体が動かなくなっていることに気付く。
「う、嘘だ!そんなにも少ない魔力量で、何故支配系魔導が俺たちに効く!」
「どんなカラクリだ!」
『…魔力量など関係ない。そういうものだ。…この世界は貴様らの知りえないことばかりで出来ている。そしてわざわざ教えてやることも無い』
アルゲインは2人の頭を掴み、首を捻じ折った。彼らがあまりにも"正しくない"ことを知っていた彼は、容赦なく処刑した。
『強姦に脅迫。全く、愚かにも程がある。主上も言っていた。皇帝と、貴様らだけは殺せとな』
27
「ここを通すわけにはいかん!」
「賊め!去ね!」
カーマルクスは広い部屋にたどり着き、そこに36人の騎士が居ることを確認した。
騎士とは幼少の頃より才能あるものを育て、皇帝直々にその称号を与えたものである。
基本的には帝都におり、名のある貴族も大抵は何人か本物の騎士を手元に与えられている。さすが帝都とあって、騎士の数も多く、強さも粒ぞろいだ。
団長という役職そのものに着いているのは1人であるが、騎士団長クラスと呼べる者は5人は居るようだった。
「熱烈な歓迎痛み入るよ。皇帝の所へ行きたいんだけど、まさか通してはくれないよね?」
「当然だ!」
「ふふふふ…はははは!なら、止めてみせるがいい。もっとも、こちらは君らを殺してはいけないんだ。とんだハンデ戦だね」
「ほざけ!!」
騎士が一斉に斬りかかった。
ある者は魔導をも使い、炎に風、礫を飛ばすなどしてカーマルクスに迫る。
「《
それらの全てが、一言で吹き飛ばされる。
赤とも白ともつかない爆炎が、部屋を飲み込んだ。
その衝撃で、騎士の何人かは広い部屋の端まで飛んでいってしまう。
しかし彼らは呻きながらも動く。未だ誰も戦闘不能には陥っていないようだ。
「さて、ここからは一瞬だ。これでも先を急いでいる身でね」
「貴様ァッ!舐めるな!」
騎士達は起き上がり、再び一斉に攻撃を仕掛ける。しかし、カーマルクスが魔導を唱え終わるのが先んじた。
「刹那よ我を運べ、《
───ドンッ!
と凄まじい音がした瞬間、立っているのはカーマルクスだけとなった。
倒れた全ての騎士の頭部の兜にはへこみが出来ており、それらはカーマルクスのブーツに仕込まれた金属が叩きつけられた跡だ。
彼は本当に刹那の一瞬で、36人の騎士全ての頭部を蹴り飛ばし、気絶させたのである。
「うむ。上々だ。主上もお喜びになるだろう」
彼は上機嫌で、先に進んで行く。
その後をアルゲインが追いかけて行った。
もはや2人を邪魔する存在は、この城に存在しない。
──そしてこの日、アルゴン帝国は滅びることになる。
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