22~24 〈重力〉

22



ルーガルーの腕がレクリルの頬を掠り、

ぴっと血が滲み、傷が走る。

レクリルはすれ違いに胴を切りつけ、脇をすり抜けた。


ルーガルーはさらに体をひねりながら、右拳でレクリルを殴りつけた。

それを咄嗟に身を屈めることで避けたレクリルは、1度距離をとり、再び剣を構える。


グルルルルル…


唸るルーガルーが、低い姿勢でレクリルに突撃した。固めた体に隙がなく、切りつけながらすり抜けることは困難だ。

直ぐに判断したレクリルは左手を前に突き出す。


「《虚空庫ガード》っ!」


広く大きく出現させた渦が、視界を覆った。

ルーガルーは全身でぶつかり、虚空庫の特性のために一瞬止まる。

レクリルはその隙に右に逃れ、虚空庫が消えた瞬間、ルーガルーはそのまま前へ出た。

そして横に逃れたレクリルに気づき、右腕を振るった。


その拳を回避しながら、再び切りつける。

ルーガルーの手首からは大きく血が吹き出し、たまらず甲高い悲鳴をあげた。


「やあぁぁっ!」


その隙を的確に捉え、ルーガルーの喉に剣をつぎ込んだ。


グブッ、ギギェ…!


溢れ出した赤い血が、貫かれた喉から滝となって流れる。ルーガルーは声すら出なくなり、ビクビクと頭を震わせた。


「うっ!」


しかし最後の抵抗か、その両手でレクリルに掴みかかった。そしてその限界まで開いた両手で、頭部を鷲掴みにする。


「あああっ!」


悲鳴をあげるレクリルに、ルーガルーは尚も力を込め続ける。徐々に目の光が失われていくが、腕の力は弱まる気配がない。


「うああっ!!」


レクリルは無我夢中で背中に携えたウルナハトを引き抜き、ルーガルーの頭部に叩きつけた。グググという呻き声と同時、ゴリッと鈍い音が鳴り、ルーガルーの両手に込められた力が抜ける。目は生気を失い、割れた額から血が流れでる。その一撃で命が絶たれたのは明らかだった。


獣が倒れる勢いのままに、レクリルも地面に投げ出される。

どさりと転がりながらも、どうにか受身をとり、立ち上がった。

残心。

戦いが終わったあとも、油断してはならないとルヴィアとヨハンが教えた。


辺りを見渡してみるも、魔獣はそれで最後だった。


「や、やったよ…ルヴィア…ヨハン…」


ようやく安堵したレクリルは、仰向けに倒れ込んで気を失った。



23



魔獣を退けつつある討伐班の前に、異様な圧力を持つ幽鬼が躍り出た。

ローブ姿の幽鬼である。身長は2歩半を超え、細身の体にとてつもない魔力を纏っている。

ルヴィアとヨハンはその姿に見覚えがあった。


それはいつかの村で見た、雰囲気の違う幽鬼である。


「(やはり、あれがビフロンス…?)」


彼らがその姿に釘付けとなったその時、幽鬼が強大な魔力を練り上げる。


「ビフロンスだぁーーーっ!!!避けろぉぉおおお!!!!」


誰かが叫ぶ。

そしてビフロンスが両手を前に伸ばした。


その瞬間、手の射線上にあったものが瞬く間になぎ倒される。巻き込まれた討伐班の者達も、一斉に吹き飛んでいく。


圧倒的な力の奔流が、戦場を飲み込んだ。


「やべぇな」

「ええ。あたったらタダじゃ済まなそうね」


ルヴィアとヨハンがそう口にする間も、ビフロンスは再び魔力を集めている。


まずい、とルヴィアらが思った瞬間、討伐班とビフロンスとの間に、赤い人影が割り込んだ。


まるで魔力の塊のようなその存在が、一言唱える。


「《反重力アンチグラヴィティ》」



───とてつもない衝撃が辺りを襲った。

大地が抉られ、空に昇っていく。

いや、それはまるで空に落ちていくかのようだった。ビフロンスもそれに巻き込まれ、宙に向かって落ちていった。

そこへさらに、追い打ちがかけられる。


「《超重力落下フォールオブスーパーグラヴィティ》」


空に浮かべられた全てが勢い良く抉られた大地に叩きつけられた。その衝突が地震を産み、多くの人間、魔獣がまともに立っていられないほどの揺れとなる。


「な、なんだありゃぁ!」


思わずヨハンも混乱の声を上げる。

でたらめな現象が起きたのだから、その反応も当然だった。


しかしもっとでたらめなのは、それだけの攻撃を受けながらも生き残り、岩となって降りかかった地面を打ち砕きながら脱出したビフロンスである。


「ふふふ。まぁ、初撃で死ぬほど弱くないわよね!」


紅いコートをたなびかせ宙に浮くアーリマンは、不敵に笑った。


「かかってきなさい。粉々にしてあげる」


戦場に再び魔力がほとばしった。



24



「《重力嵐グラビティストーム》!」


アーリマンの魔導によって、瓦礫とビフロンスが浮き上がり、激しく渦巻いた。

ビフロンスを四方八方の瓦礫に叩きつけながら、まるで岩でできた竜巻のように暴れ回る。


はじめ、ビフロンスも成すがままかと思われたが、一転。先程放った一撃を両手から放ち、瓦礫を全て吹き飛ばした。

重力に囚われ宙をまい続けるものの、瓦礫がなくなってしまった嵐の中では、ダメージが与えられる様子はない。


「ちっ!なら、押し潰してやる!《超重力スーパーウェイトグラヴィティ》っ!」


ビフロンスはガクンと地面にぬいつけられた。しかし、ほんの5秒後には片膝を立てて起き上がり、アーリマンに向き直る。


「うざったいわねぇ!!これだから小さいのは!」


ただ重力を大きくしても、体重が軽いのに力があるタイプの敵には効きにくいのだ。

範囲を絞ればかけられる重力は大きくなるが、それでは相手に当たらない。


ビフロンスは大きく跳躍する。

先程の技を後ろ手で放ち、推進力を得て、一気にアーリマンとの距離を詰めた。


「近寄んじゃ、ないわよ!《反重力アンチグラヴィティ》!!」


その1発で、ビフロンスは空高く打ち上げられた。それでもなお、爆発的な力を放ってアーリマンの元へ向かおうとした。


「隙だらけよ。消えてなくなりなさい」


一直線で飛ぶビフロンスに、莫大な魔力を練り上げたアーリマンが究極の一撃を放った。


「星の力に砕かれろ、《重力の顎グラヴィティバイト》っ!」


空を進んでいたはずのビフロンスが何かに捕まり、ピタリと動きを止める。もがいて抜けようとするが、しだいに身体が動かなくなっていく。


そしてぎりぎりと硬い音がしたあと、




べしゃん!




ビフロンスがぺしゃんこになった。

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