13~15〈討伐作戦〉

13



その5日間は怒涛の日々であった。

暇な時間は殆どを訓練に充て、いつの間にか日が落ちている時もあった。


もちろん訓練にはレクリルも参加した。

相変わらず剣の稽古を続けたが、レクリルが最も才を示したのは護りの剣だった。


呼吸を学ぶ度に、ルヴィアの剣で一本取られるまでが長くなっていった。

いざとなれば、剣だけでなく回避もあるのでそうそう喰らわない。

これだけの時間攻撃を打ち払い続けられるのであれば、疲れた相手に一撃を入れたり、他の誰かが来るまで持ちこたえたりは十分にできるだろう。しかも稽古相手はあのルヴィアなのだから、それをしのぎ続ける技は相当の腕だ。つまり彼女はルヴィアが心配するような弱さでは無くなったのだ。

もはや討伐に参加することに、なんの不安もない。


そしてルヴィアとヨハンも切磋琢磨は忘れなかった。

ルヴィアの剣は益々研ぎ澄まされ、まるで以前までの自分を思い出すかのように、技が冴えていった。

それに追いつこうと、ヨハンも一層強く稽古に打ち込んだ。

お互い怪我をさせるつもりであったなら、もっと高みを目指せただろう。しかし治癒の魔導は高くつくので、本気で模擬戦を行う訳にもいかなかった。せいぜいレクリルが用意した湿布で治せる程度の怪我までしか許容できい。

あと数日で討伐作戦に参加するのだから、無茶をすることは禁物なので当然なのだが。


最後に、討伐作戦に参加する者は、連日広場で行われている署名会に並び、名を記す必要があった。そのためレクリル達も、作戦の前日には休養をとり署名をしに行った。

一統の名を記す欄もあったが、暫定でレクリルの団とした。


「ちらっと見えたけど、有名な人の名前もいっぱいあったよ!凄かった!」

「有名な人?」

「そうか。ルヴィアは分からないか。有名なっつっても、魔獣討伐で大きな功績があったりしたやつが結構いたみたいだぜ」


なるほど。レクリルは1度見聞きしたことをそうそう忘れない。そういった有名な人物も一通り覚えているのだろう。


「まぁ、さすがにそんな連中でも、単独ではビフロンスを倒せやしない。でなきゃとっくの昔に討伐されてるからな。取り巻きを倒す役が必要なんだよ」

「でも、頼りになるよね」

「そうね」

「いや、それがなぁ…」


ヨハンが言うには、こういった突出した強者は我が強く、自己満足的な性格をしているらしい。いうなれば、我儘ということだ。

レクリルは、彼らが残した功績のことしか耳に入っておらず、彼らのそういう面を聞いて、酷く驚いていた。



14



極彩潰しのアーリマン。

アーリマン・リ・ベルト。


重力を操る魔導を使うという魔女である。

彼女は卓越した腕で、常に魔導を発生させる術を会得しており、寝る時ですら体を浮遊させることが出来る。

だからなのか、彼女は靴を履いていない。

いくら浮けるといっても普通は靴を履くだろうから、なるほど、彼女も変人の類だろう。


彼女はある時、別名空の王とよばれた極彩鳥という魔獣を重力を操って大地に落とし、そのまますり潰したという。字名の”極彩潰し”の由来である。


そしてこの日、アーリマンはその場に集められた者を見て、舌打ちした。


部屋にはテーブルと椅子が3脚用意され、そのうち2つには、彼女が毛嫌いしているギルドメンバーが座っていたのだ。


龍の髭のゾンダという男と、空穿ちのヨーグという男である。

アーリマンは単独で戦闘評価10であるが、彼らは2人で揃ったときに戦闘評価10扱いを受ける、2人のみで構成された一統である。


「ようアーリマン。来たのか」

「てっきり来ないかと」

「ゾンダとヨーグがいると知ってたら来なかった!」


アーリマンは怒鳴りつける。

扉の外にスタンバイしているとある人物は、ぶるりと肩を震わせた。

しかしアーリマンは、怒りに身を任せて魔導を使うこともある。放っておいて良いことは何も無いので、意を決して部屋に入った。


「3人ともよく来てくれた」

「やぁ組合長」

「会いたくなかったよ」

「ヴァンダム!!!!どうしてこいつらがいるの!!!」


アーリマンは組合長ヴァンダムの胸ぐらを掴み、がくがくと揺すった。

元々は彼も評価10メンバーの1人であったが、前線を引いたのは15年前。齢は60といくつかだ。訓練などもしていないため、とてもアーリマンに勝てる気はしない。


「ビフロンス討伐に参加する評価10は君と彼らなんだ。毛嫌いしてるのは知ってるが、今回ばかりは仲良くやってくれないか」

「絶対に無理!」


アーリマンがここまで拒否するのには理由がある。

実はこの2人、実力あるギルドメンバーであるのをいいことに、街の女性や新人のギルドメンバーに手を出しまくっているのである。あまりに節操が無い上、嫌がる相手も無理やり連れ込んだりする下種の類なのだ。


しかし実力は本物。とても除名など出来ないし、素行に注意警告はしているが、改善の兆しも無い。


「分かった分かった!落ち着けアーリマン!」

「…」

「ゾンダとヨーグには、帝都の城を守ってもらうことにする。討伐に向かうのは君1人にしよう」

「おいおい組合長」

「俺らもワクワクするような戦いがしたいんだけど」


ゾンダとヨーグも戦闘に狂った男だ。

ただの護衛では納得できないのだろう。


「まぁまてゾンダ、ヨーグ。依頼中に知り合った女性と後日どうなってもいいと、陛下は仰られた」

「なに?」

「そいつは本当かよ!」

「おい依頼の後日だからな!依頼中にてを出すなよ?あと姫さんなんかに手を出すのも厳禁だ!」


話を聞いているのか居ないのか、ゾンダとヨーグは既に2人のみで盛り上がっている。

やれ城なら侍女のレベルも高いそうだだの、メイドとはいちどやってみたかっただのである。

その2人に、アーリマンは呆れた視線を向けた。



15



「こいつらと一緒に行動しなくていいなら言うことはないわ。でも、城に組合員の守りなんて要るの?」

「今回の作戦には、帝都の兵士をほとんど送り込むつもりのようでな。さすがにそれは危険だからと、組合の方から護衛を出すことにした。評価10メンバーであれば、兵士が100や500いるよりも余程安全だ。…しかも2人だ。通常の戦力でいえば1000はくだらないだろう」


アーリマンは面白くなさそうな顔をした。

ヴァンダムは慌てて言葉を紡ぐ。


「も、もちろんアーリマンであれば5000や10000はくだらないだろうな!いやぁ頼りにしているぞ!」

「ふん!そこまで言うならこっちも聞いてあげる。作戦を教えなさい」


この小娘が…!

と、ヴァンダムは額に青筋を浮かべながらも、なんとか平静を装うことが出来た。

現在評価10メンバーに登録されている者は皆若すぎる。

これほどの才能を持ちながら未だ20を過ぎた程度のアーリマンに、30になるゾンダとヨーグ。

ヴァンダムの心労も当然の事だった。


「いいか、ビフロンスは幽鬼系やその他の魔獣をグラト全域から集めている。わしらの討伐作戦の空気を感じ取って身を守ろうとでもしているのだろう。その群れには、兵士と討伐作戦参加者をぶつける」

「あら、私の魔導でまとめて踏み潰せばいいじゃない」

「たしかに君なら余裕だろう。しかし最後に待ち受けるのはビフロンス。君もそうだが相手も比較不可級だ。不測の事態が無いように、君には万全な状態で対峙してもらいたい」

「ふーん」


アーリマンは不満は言わなかった。

万全な状態でいてもらいたいと言うのは彼女の力を信用していないからではなく、万全なら相手がかのビフロンスでも勝てるだろうという信用だと知っていたからだ。

実際、余裕があるときには放てる奥の手もあるので、アーリマンとしては温存できた方が良い。


「ビフロンスまで道を切り開くことが出来たとき、もしくはビフロンスが前線に出てきたときには、君にでてもらう」

「まぁ、任せなさい」


彼女は自信家であり、勝てることを疑っていない顔つきだった。


「あとは敗走する可能性を考慮した作戦だが…」

「はぁ?」


アーリマンは冷たい殺気を滲ませた。


「ありえないわ。天と地がひっくり返ってもね。私は負けないわよ」


その言葉を発する彼女の顔は、微笑に満ちていた。

そこで会議は終わりだ。もう話すことは無い。


最後にアーリマンにちょっかいをかけようとしたゾンダとヨーグは、頭から地面に埋められた。

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