10~12〈ハーリオン〉

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丘陵地帯は思ったより賑やかだった。

様々な隊と数十分毎にすれ違ったり、追い越したりすることがある。

ハーリオンがお祭り状態になる故の交通量だ。


それだけ、人々がビフロンスの討伐に期待を寄せているということであり、討伐に参加する人間や特需を狙う商人が集まっているのだ。


レクリルらもハーリオン行きの護衛に混ざって行こうか迷ったのだが、依頼の選定に時間がかかることや、お金の問題も少ないことから、3人での行進である。

幸い、レクリルの活躍で余計な荷物はない。

軽い足取りで、ハーリオンに向かうことが出来た。


そしてその道中、特に一行の心に残った出来事は、只人を1人も含まない旅団と夜を明かした事だ。

己らを金の亡者だと言って憚らない彼らと、食事を共にすることになった。

話してみればどの人物も気が良い者ばかりで、彼らを追い抜き進む際には、見えなくなるまで手を振ってくれさえした。

レクリルの団に入りたいなどという声こそなかったが、意外に馬が合うものである。

ハーリオンに来るとの事だったので、また出会うだろう。


さらに、空の遥か彼方に龍の姿を見た。

雲に陰を差して飛ぶ巨大な何か。

決して降りて姿を見せたりしないそれを、人は龍と呼ぶ。実際に間近でそれを見たものは誰もいないが、あれを神として奉る地域もあるらしい。

世界にどれだけいるのかも分かっていないうえ、あまり目にするものでは無い。

とても珍しい出来事だった。


そうして3人は16日の旅程を歩ききった。

感動して余りある素晴らしい旅だと言えた。


そこにいよいよ見えてきたハーリオンは、信じられない大きさだった。

向こう側が霞んで見える城下は、人口2万を超え、最奥には山のような城が建っている。圧倒的な景色だ。

丘陵地帯が少し高い上、この首都があるのは広い盆地であるため、出入口から2000歩も歩いて昇っていけば、全貌が望める。


「やべーな…ウズウズしてきたぜ」

「楽しみだね!」

「急いで列に並ぶべきかしら」

「うん!走ろうよっ!」

「うっしゃ!俺が一番乗りだっ!」

「あっ!ずるい!!まってよー」


ヨハンもレクリルも、はしゃいで門に走っていった。

その後を、ルヴィアは落ち着いて追いかけていった。



11



門のすぐそこまで近付くと、そこではなにやら騒ぎが起きていた。

どうやらどこかの商隊が、税金のことで駄々を捏ねているらしい。

割って入ったりしても仕方が無いので、列の後ろに並んで様子を見ることにした。


順番を待つ間、レクリル達はアストン商会から貰った娯楽用品で暇を潰していたが、2の時が経っても列はなかなか進まず、虫の居所も悪くなってきた。


「流石に皇帝の居る都とあってか、時間がかかるなぁ」

「そうね。待ってるのも退屈だし」

「あっ、私上がり!」

「うそっ!やるわねレクリル」

「またレクリルの勝ちかぁ〜。もう一回だもう一回」

「何度やっても負けないよーーだ」


結局ゲームが盛り上がってきて、腹立たしさも退屈さも薄れていったが。

それからは待っている間に昼になり、その場で昼食を摂ることになった。

メニューはアストン商会で購入した、アーゴ鳥なる家畜の卵を焼き、パンに野菜と乗せたものだ。

この卵が濃厚で、非常に美味だった。


その後も時間の経過をただひたすら待ち、ようやく彼女らが街に入れたのは、日がかなり傾いた頃だった。おおよそ3の時である。

結局、彼女らの後ろに並んでいた者たちは殆どが明日の受付になるだろう。間もなく扉は閉じられ、門の前で夜を明かさねばならないのだ。


そう思えば、待たされたとはいえ今日中に入れたのは幸運だった。

しかし幸いばかりではなく不運もあった。

宿が見つからないのである。


今ハーリオンは大変に盛りあがっており、訪れる者が多いのは当然だ。

すると宿が埋まってしまうのも、やはり当然だ。

最悪は馬小屋でも借りるしかないと話し合っていた一行に、声をかけるものがあった。


「こんばんわ!おにーさんたち!もしかして、宿をお探し?」


快活な笑みでヨハンを呼んだのは、給仕の服を身にまとった少女であった。

どう見てもどこかの宿の看板娘とかなのである。


「良かったら、ウチの宿に泊まっていかない?」

「ほう。まだ空きがあるのか。えーと…一人部屋と二人部屋なんだが」


こちらに目線で確認したヨハンが、部屋の割り当てを口にする。


「うん。大丈夫だよ!着いてきて!」


即答し、彼女は路地に入っていった。

宿は表通りの店ではないらしい。

全員が、おいおい大丈夫か。というような表情をうかべて、その後を追った。



12



「さ、着いたよ!なめくじ亭にようこそ!」


辿り着いた宿は、なかなか小綺麗な外観をしていた。まぁ、周囲に比べればという意味ではあるが。

そしてその宿の名前である。

仮にも宿泊客を招く場所なのだから、もっと何とかならなかったのだろうか。


宿で出される料理に、文字通りのものが隠し味で入れられたりしていないか不安になる。


「ああ……うん。いい宿ね…」

「そ、そうだね…」

「ほら、遠慮しないでよ!さぁどうぞ!」


無理矢理中に引き込まれると、魔女のような老婆が居たので焦ってしまった。

彼女がこの宿を切り盛りしているという。

少女は老婆の孫なのだという。


話を聞いてみると、宿泊料は相場の半分も安かったうえ、今から別の宿も見つからないだろうということから、レクリル達はここに泊まることに決めた。


そしてレクリルの虚空庫にはまだ食べ物が入っているし、妙なものが入っていないか不安だったので、食事は断った。


流石に失礼だったとは思うが、宿の安さが余計に怖い。

それに、案内された部屋は値段からすれば随分立派だったので、さらに怖くなってしまったのもある。


何はともあれ、その夜一行は、無事身体を休めることができた。

レクリルは部屋で写しを眺め、大きく息をつく。

ビフロンス討伐作戦の日は、5日後に迫っていた。

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