7~9〈出立〉
7
カウンターに現れた山の民の女性は、この店の女店主だった。
彼女は店の工房で武具を打っている主人の妻で、店舗側の切り盛りをしているという。
ヨハンは早速、彼女に短剣のことを聞き始めた。
刃渡りはどんなのだとか、柄の太さはこのくらいだとか。
その間、レクリルは店の隅を見つめていた。
気になったルヴィアは、レクリルに声をかけた。
「レクリル。何か買う?」
「あっ…ううん。ただ、少し気になっちゃって」
レクリルは隅に立てかけられたそれを指さす。
そこには、全身が赤色に錆び、1割ほどがなくなってしまったような片手剣があった。
なぜ、こんなものが置いてあるのだろう。
「おや、それが気になるのかい?」
そこへ女店主が声をかけてくる。
ヨハンは彼女が提示したいくつかの短剣をじっくり見ているようだった。
「は、はい…なんでこんな所にあるんだろう?って思って」
「うんうん。私の目から見ても、ゴミみたいに見えるしね」
「ご、ゴミ…」
続けて彼女は、あなたたちは魔剣を知っている?と聞いてきた。
「え、あ、はいっ。剣自体に、色んな能力があるものですよね?」
「その通り。魔導で特殊な力を込められた物を魔道具なんていうけど、その中でも、剣に力が込められた物は魔剣と呼ぶことが多いわね」
「例えば?」
「そうね。ここにも幾つかあるけれど、火を噴いたり、切りつけた箇所の痛みを数倍にしたりっていうものね。あとは共通して、折れたりかけたりはするけど、錆びたりしないっていう特徴もあるわ。それだけで十分高価なものだから、簡単には盗めない物だけれど店には並べてないわ」
「簡単には盗めない?」
「あら、そっちはしらないの?魔剣は触ったり持ったりする人間を選ぶのよ。盗もうとか、そういう邪なことを考える欲深い人間は、触れることすら出来ないのよ」
「へえ!すごい!」
「ところで、魔剣とこの錆びた剣に関係が?」
「じつはね。これは魔剣なの」
「ええ!?」
ただ壁に立てかけられているだけのなまくらが、魔剣だという。
「でも、魔剣は錆びないんじゃ?」
「そのはずなんだけれどねぇ。ほら、店員が持とうとしただけで」
彼女がそのなまくらに手を伸ばすと、見えない何かに弾かれてしまった。
なるほど。
錆びてはいるが、たしかに魔剣なのかもしれない。
「でも、どうして錆びてるんです?」
「それが分からないのよ〜。魔道具を調べられる魔導を使える知人に頼んでも、何も分からないし。そもそも、何代も前からここに置きっぱなしなの」
たしかに、錆びた魔剣はかなりほこりを被っていた。
8
「正直、ここにあっても邪魔くさいから、どこかに持って行って欲しいんだけれどねぇ。どう?試してみない?」
「うーん…」
あまり気は乗らないが、ルヴィアは一応手を伸ばしてみる。
その手は見えない何かに弾かれてしまった。
「ダメみたいね」
「あら、ダメね」
「じゃあ、わたしもやってみるよ」
レクリルも、その魔剣の柄に手を伸ばした。
そして彼女はなににも遮られることなく、魔剣の柄を握りしめられた。
「えっ!?」
「あらっ!?」
「!?」
三者三様に驚き、それを掴みあげたレクリルすら、大きな驚きで目を見開いた。
「あ…………取れちゃった」
ぽかーんとした顔で、剣を片手に振り向いたレクリル。
残りのふたりは、──特に女店主は、しばらくの間ピクリとも動かなかった。
やがて目を見開くと、興奮した様子で口走る。
「あ!あなたすごいわっ!!!やったわ!この魔剣をどかせられるなんて!」
「えっ、あの、お、落ち着いて…!」
「これが落ち着いていられるもんですかっ!」
「よしっ!俺はこの短剣を買わせてもらうぜ!って、なにしてるんだ」
ようやく短剣を選び終わったヨハンが声をかけてきたが、短剣もなまくらも持たされたまま店を追い出された。
「今日はみせじまいよっ!それはお礼に持ってお行きなさい」
「ええっ!!?」
そう言うと、女店主はぴしゃりと扉を閉めてしまった。
「いや、えっと何が起きたんだ?」
すっかり会話の外にいたヨハンに、事情を説明する。
それを聞いたヨハンも、試しに魔剣を持とうとして、弾かれてしまう。
「なるほどなぁ。売れない上に片付けることも出来ないもんが無くなって。それであんなに喜んでたのか」
「短剣が貰えたのはよかったけど、この魔剣はちょっと…」
「確かに、これじゃあ何も切れなそうだものね…」
剣のはずなのに、振っただけで柄以外がどこかにいきそうなほどボロい。
「魔剣なのに錆びてるんですって言ったら、好事家に売れたりしないかなぁ」
「飾っておくにしても見栄えが悪すぎて、珍しさだけじゃ売れないわねきっと」
「赤茶色で地味だしな」
柄まで錆色の物体など、もはや剣ではなく鉄塊である。
「………ううん。やっぱり自分で持っておく」
「そのなまくらを?」
「これでも高価なはずの魔剣だし、それに…」
この魔剣は私を選んでくれたから。
「だから、きっと役に立つ日が来るの。だから、この剣は私の剣」
「そうだな。なまくらとはいえ魔剣。それに選ばれたんだ。英雄譚のプロローグになってもおかしくねぇすごいことだ!」
「うんっ!よろしくね。"ウルナハト"」
レクリルは魔剣に"ウルナハト"と名付けた。
そして、虚空庫の黒渦をすり抜けてしまうウルナハトを布にくるみ、背負袋にしまった。
9
明くる日から、ルヴィア達に加えて、レクリルも訓練を始めた。
もともと体力作り的な訓練は行っていたが、ルヴィアとヨハンに、稽古をつけてもらいたいと願い出た。
魔道具や魔剣は、その作り方が失伝したものだ。今や古代の遺跡などから出土するのみの貴重品である。
ものによっては、国が宝物庫にしまい込むほどの宝もある。
錆び付いた剣とはいえ、そんな貴重な魔剣に気に入られた様子のレクリルは、もっともっと強くなろうとやる気を出したようだ。
これまでは、とにかく避ける技術ばかりを磨いていたが、積極的に打って出る方法をどんどんルヴィアらから吸収した。
ウルナハトは振るうことは出来ないだろうが、普通の剣を持てばそれなりの戦士になれるまで、そう時間はかからなかった。
ルヴィアとヨハンも、グラウルフ一体くらいなら勝てると太鼓判を押すほどの強さだ。
そう評されても、これからも訓練をしたいと言ったレクリルに、2人もとことん付き合うと約束した。
そうして、休養の期間は瞬く間に過ぎた。
換金も終え、鍛錬も終え、以前よりさらに強くなった3人が、ハーリオンに向けて、出立する日である。
「あああ、緊張するぅ」
匂い袋として使っている例の布袋を嗅ぎながら、レクリルは言った。
「まだ始まってもいないぜ?さぁ、出発するぞ!」
「レクリル、行こう」
「うんっ!」
目指すは首都ハーリオン。
そしてカイゼルの北の丘陵を抜ける街道を、彼女らは進み始めた。
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